Special Report

韓国大統領選挙と反米~試練の米韓関係

YOO, Michael
リサーチアソシエイト

民主党の盧武鉉候補「Noといえる大統領」 韓国の大統領選挙がようやく本格的に始まった。12月19日に予定されている第16代大統領選挙は、与党である民主党の候補が選挙からわずか3週間前にようやく決まる、という異常事態にある。1997年に行われた選挙の時は、既にその1年前から選挙キャンペーンが始まっていたことを考えると、今回の異例の事態は、今後の選挙キャンペーンが既存のものとは異なるスタイルになることを意味する。

国民の関心を集める政策やビジョンを有権者に本格的に宣伝する期間がほんの3週間しかないという状況で、候補者はどのような選挙キャンペーンが行えるのか。
様々な世論調査によると、野党であるハンナラ党の李會昌候補と与党の盧武鉉候補は、お互いに僅差で戦っている。この状況を考慮すると、候補者は「驚天動地の材料」に目をつけなければならない。

だが、残念なことに現在、韓国民の心をとらえる魅力的なテーマはほとんどない。北朝鮮の核問題やIMF体制下での新しい形の経済危機など、山積みの問題は多い。しかし、韓国国民は答えを探す気にもなれないほど、疲れている状態だ。第15代大統領選挙で威力を発揮した「地域主義」も二人の候補者を差別化する要素ではない。そのため、今回は候補者にとっては不運にも(?)、地域主義は有効ではない。

このような微妙な状況下であるが、11月20日から急に韓国メディアのトップを占め始めた事件がある。6月13日に京畿道の陽州で軍事訓練中だった米軍装甲車の事故で亡くなった女子中学生の事件だ。この事件が急にホットイシューとして登場した理由は、過失致死の疑いで起訴された二人の米兵に無罪の判決が下されたからだ。判決は、米韓行政協定(SOFA)によって、駐韓米第八軍司令部の軍事裁判所で処理され、韓国司法部は全く蚊帳の外であった。

ハンナラ党の李會昌候補「米軍に対する裁判権の韓国移管、ブッシュ大統領の謝罪を公式的に要求」 「被害者はいるのに、加害者がいない事件」に対して韓国国民は即時に反発した。SOFA協定廃棄のための凡国民協議会が結成されたり、ホワイトハウス前でのデモ計画がインターネットを通じて全国的に配信されるなどの動きが起こった。反米デモは大学生の米軍部隊奇襲攻撃に女子中学生さえ参加する、という先例のない状況にまで盛り上がった。中高大学生を中心に米国製品不買運動も展開されている。目を引くのは米国製品と関連し、現在アメリカで上映されている、映画007シリーズの最新作「The Another Day」(日本では来年3月公開予定)の不買運動まで起きていることだ。理由は、映画に登場するソウル市のシーンがあまりにも惨めなものであり、また全体の内容も韓国を見下しているということだ。反米世論が沸き上がる中、米国第二軍師団は外出や外泊を制限し、夜間通行止め令を発令した。

盧武鉉候補がライバル鄭夢準候補を押さえ、与党の候補者の座を手にしたのは、女子中学生死亡事件の米兵に無罪判決が下る24時間前だった。世論が大統領候補者の米軍裁判に対する考えに大きく影響を与えたことは当然の状況だった。

比較的、親米派で知られる野党の李會昌候補は11月26日にテレビ討論会で、米軍に対する裁判権の韓国移管、SOFA改訂、ブッシュ大統領の謝罪を公式に言及し、世論の反応に敏感に対応した。一方、反米・嫌米論者として知られる与党の盧武鉉候補は、素早い対応をしなかった。盧武鉉候補が女子中学生死亡事件について発言したのは、去る9月11日の大学生とのフォーラムにまでさかのぼり、またそれ以降の発言はない。「(訓練という)公務中に起きた事件にはアメリカが裁判権を持つ。NATOや日本でもそうだ。その点を(韓国人は)誤解している」。
盧武鉉候補は自ら「反米という立場でもいい」とし、若い層には反米主義者として受け入れられている。しかし女子中学生死亡事件に関しては、予想に反して盧武鉉候補は沈黙の姿勢を貫いている。

韓国の女子中学生死亡事件はSOFA改定という次元を越えた、幅広い反米の雰囲気を醸成している。「幅広い次元の力」というのは「米軍の朝鮮半島駐留反対」というセンシティブな問題も含む。このような状況下、ついに11月25日には駐韓アメリカ大使が謝罪声明を発表し、翌11月26日にはブッシュ大統領の謝罪声明が発表された。しかし、米軍犯罪処罰委員会という名の市民団体は、謝罪を受け入れなかった。2000年に日本で起きた米兵による女子中学生暴行事件の時のクリントン大統領から当時の森首相への謝罪に比べると、ブッシュ大統領の謝罪は、時期的に遅く、また内容も弱いというのが反発の理由である。

女子中学生死亡事件はブッシュ大統領の謝罪で一段落するように見えるが、大統領選挙が目前に迫っているという点で、予想外の方向へ向かう可能性が出てきた。女子中学生死亡事件は「驚天動地の材料」になりうる。女子中学生死亡事件問題を大統領選挙の争点にするかどうかは、未だアメリカを一度も訪問したことがないことを自慢する、盧武鉉候補が決めることになる。盧武鉉候補は、これまでアメリカを訪問しなかった理由として「アメリカに行かないと反米主義者と言われるのか。クリントンは韓国へ来なかったのに大統領になったし、小泉も韓国へ来たことがないのに首相になった」と、堂々と(?)言い放った。

謝罪声明を発表している在韓アメリカ大使。韓国のテレビで謝罪内容が全部放送された。 盧武鉉候補は自分が望むかどうかは別にして、韓国の若い層からは国家的自尊心を満たしてくれる、アメリカに対してNOと言える政治家とみなされている。今は何も話さない盧武鉉候補であるが、女子中学生死亡事件について韓国国民の反米感情が強ければ強いほど、彼への国民的支持が広がる可能性が高い。

韓国国民の反米感情を直接刺激する女子中学生死亡事件という極端なケースが発端ではあったが、この問題は結局、北朝鮮の核問題と南北統一問題、米軍駐留問題にまでつながる。与党の金大中大統領の近衛兵と言われる数々の市民団体は、女子中学生死亡事件を全国的な争点に掲げ、反米感情を拡大再生産する。20、30代の若い世代に支えられる市民団体のほとんどは、進歩的な盧武鉉候補を支持している。

結局、これといった争点になる材料がない状態で12月19日の大統領選挙のホットイシューとなるのは、反米感情しかない。反米感情を基礎とする反米運動が効果的に有権者たちにアピールするかどうかが選挙の行方を決める。一部メディアは、目前の大統領選挙の争点に反米感情が浮上していることから、昨年のベネズエラ大統領選の再来になる可能性が高いのではないかと心配している。韓国の日刊紙、朝鮮日報は11月28日の「ブッシュ謝罪と韓米同盟」と題する社説の中で「(政治家と政府の指導者が)刺激的な発言と衝動で米韓関係全体を揺さぶってはいけない」と警告した。1950年に始まった朝鮮戦争以後、半世紀以上の歴史を積み重ねてきた米韓同盟関係は、焦点探しが困難な大統領選挙で試練と危機に陥る可能性がある。

2002年11月29日

2002年11月29日掲載

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