世界の視点から

ユーロ圏の回復力の強化に向けて:直ちにすべきこと、長期的に取り組むべき課題

Resiliency Authors

著者一覧:
Richard Baldwin, Charlie Bean, Thorsten Beck, Agnès Bénassy-Quéré, Olivier Blanchard, Peter Bofinger, Paul De Grauwe, Wouter den Haan, Barry Eichengreen, Lars Feld, Marcel Fratzscher, Francesco Giavazzi, Pierre-Olivier Gourinchas, Daniel Gros, Patrick Honohan, Sebnem Kalemli-Ozcan, Tommaso Monacelli, Elias Papaioannou, Paolo Pesenti, Christopher Pissarides, Guido Tabellini, Beatrice Weder di Mauro, Guntram Wolf, and Charles Wyplosz

英国は国民投票でEU離脱(Brexit)を決定した。これは英国のみならず、ユーロ圏全域にとっても大きな打撃である。英国のEU離脱はあらゆるショックを引き起こし、政治不安が雪だるま式に広がる恐れがある。今こそユーロ圏の回復力を強化すべきである。今のところ絶望的な状況ではないが、迅速な対応が求められる。今回のVoxEUコラムは多数の著名な経済学者の賛同をもとに、今すぐにすべきこと、また市場に耐性があれば時間をかけて是正すべき点を取り上げた。

我々は英国がEU離脱を選択したことは歴史的な誤りと考えるが、すでに決まったことである。今後は、特にユーロに対するダメージコントロールを重視すべきである。

ユーロ圏は徐々にではあるが拡大を続けている。すべて予想通りに進めば、いずれ経済は回復し、失業率は低下、周縁国は競争力を取り戻すであろう。

ただし、先週の国民投票の結果によって思い知らされたように、物事が予想通りに運ぶことはまずない。英国の離脱はEUに厳しい状況を突きつけた、最新のショックである(むろん、これが最後ではない)。

問題は、数カ月もしくは数年先に直面することになるであろうショックに耐えられる底力がユーロ圏にあるかという点である。

これに対し、多くの専門家は「ノー」と答え、次なるショックを乗り切るためにEUは金融統合の抜本的な改革と政治統合のさらなる深化を実現する必要があると述べている。しかし、現在の政治状況では統合深化の実現は困難を極めるため、悲観論が広がっている。

我々は別の見方をしている。ユーロ圏の構築は確かに複雑なプロセスであったが、今や基本的な枠組みは整備されている。むろん、ユーロ圏の枠組みを堅固にするための措置は必要であり、従来よりも大胆な手段によってさらに回復力は向上するだろうが、政治的な現状を打破できなければ、実現は難しいだろう。

本稿の目的は、直ちに実行すべき事項と、実行することは望ましいが時間のかかる事項を特定することである。ユーロ圏改革の議論の内容は細部重視で退屈なケースが多いが、そうならないために要点だけを述べる
(具体的な改革案については、今後、詳細な文書を公開する予定)。

銀行と金融システムについて

将来的に起こりうる深刻なショックに対処すべく、2つの主要目標(1.銀行のデフォルトリスクの軽減、2.デフォルト発生時に経済全体への影響を抑制)を達成できるような、ユーロ圏における望ましい金融の枠組みを考えてみたい。

金融の枠組みはおおむね整っており、監督・規制はほぼ一元化されている。監督体制は引き続き改善されており、ストレステストの信頼性は回を追うごとに高まっている。単一破綻処理メカニズム(SRM)が整備され、民間部門のベイルインに関するルールも明確に定義されている。単一破綻処理基金(SRF)は、必要とあれば資本増強に向けた資金を提供するが、規模が不十分な場合には、欧州安定メカニズム(ESM)がマクロ経済調整プログラムの枠組みの中で追加資金を提供する。長期的には、共通預金保険制度によって回復力は向上すると考えられるが、実現には時間を要する。

この他に直ちに取り組むべき課題は、たいていは適切なルールが適用可能であることを確認することである。イタリアは2つの面で適例である。まず、不良債権は着実に増加しており、簿価が時価を大幅に上回っている。次に、イタリア政府はベイルイン・ルールの導入に極めて消極的であり、ルールの信頼性が大きく損なわれている。ルールを適用するか、きちんとした修正を行うべきである。

実施されることは望ましいが、先送りできる対策とはどのようなものか?

銀行のポートフォリオを分散化させ、銀行が国内ショックに対する回復力を高めることが望ましい。これまで、銀行のポートフォリオに占める国内ソブリン債の割合を小さくすることに重点がおかれてきた。良いことではあるが、そもそも銀行のポートフォリオに占める国内ソブリン債の割合は小さい。国内融資に対する銀行の過度なエクスポージャーを減らすことも、回復力向上への重要な手段である。さらに、銀行救済の責任を各国政府からESMに移管することも1つのアプローチだ、政治的な手段を伴うため、当面の間、実現は難しいだろう。

財政について

当面は低金利のため、返済可能であったとしても、公的債務はかなり高い水準にある。金融システムと同様に、回復力の高い財政の枠組みに必要なのは、1) デフォルトリスクの低減、2) デフォルトが発生してしまった場合には悪影響の抑制である。

ともに、やるべき課題は多い。

デフォルトリスクの低減には、適切なルールと市場規律の組み合わせが最も効果的だが、いずれもまだ整備されていない。ルールが多く、運用しにくいうえ法的拘束力がなく、例外が多すぎる。単純化することは可能であり、またそうすることが必要である。大半の国において最大の問題は赤字ではなく、支出である。支出が多いと増税や財政均衡の実現が難しく、危険な債務ダイナミクスを招くことになる。したがって、債務水準に合わせて支出を削減するルールが最も有望な道筋の1つと考えられる。他方、市場規律については、債権者がデフォルトは発生するのか、いつ発生するのか把握していなければ機能しない。この点を踏まえ、2番目の目的について述べる。

ユーロ圏にはデフォルトに対応する機関、すなわちESMが設置されている。国際通貨基金(IMF)と同様、ESMはプログラムの下で加盟国の再建を支援するが、現行体制には不備な点がいくつかある。第1に、主要加盟国が債務危機に陥り、ショック吸収オペレーションを要請しても、ESMの対応能力は極めて不十分である。第2に、現在の意思決定プロセスでは迅速な対策が取られるのか市場は確信が持てない。ESMが危機に陥っている国を迅速かつ十分に支援するためには、資金あるいはレバレッジの拡大、全会一致の原則から柔軟な決定方針を採用するなど、ガバナンスの変更が必要である。第3に、現行体制では、重大な事象によって公的債務再編が必要になった場合、誰が交渉を行うのかは明確にされていない。明確なプロセスの構築が優先されるべきであり、ESMがふさわしい機関だと考える。

実施されることは望ましいが、先送りできる対策とは?

長年にわたって累積した公的債務への対応策は、ユーロ圏の回復力を強化し、非常に有効であろう。しかし、当面は低金利が続くとみられるため、債務返済は管理可能な範囲で、(深刻なショックが起こらなければ)政府債務の対GDP比は徐々に低下していく見通しである。累積した政府債務に対応する提案には政治的意志が必要だが、現状ではこれを欠いているようであり、将来的に必要になるとしても現実的に「直ちに実行」する項目に加えるのは難しい。

これ以外では、リスク分担体制を強化し、財政移転制度によって国内ショックが自国経済に及ぼす影響を軽減するという対策も考えられる。内容は、ショックに見舞われた国を対象とするユーロ債の発行から政府間財政移転制度まで多岐にわたる。こうした措置はユーロ圏の回復力を高めるために望ましいのかもしれない。しかし一方で、現時点で現実的に想定できる以上に緊密な財政的・政治的統合が必要になるということも明らかである。少なくとも当面は、財政統合を緊密化せずともユーロ圏は機能できると考える。

最後に以下の2点を指摘したい。

支払能力と流動性

銀行にせよ、国家にせよ、支払能力と流動性という2つの問題に対処しなければならない。支払能力の問題については、(公的債務再編のプロセスが整備されている場合)対応に最も適した機関はESMであると述べた。流動性については、銀行のsudden stop(突然の流動性危機)に対応する欧州中央銀行(ECB)の流動性ファシリティに加え、国家が直面するsudden stopに対しては、アウトライト・マネタリー・トランザクション(OMT:Outright Monetary Transactions)が解決に適していると我々は考えている。この2つの機能をどのように組み合わせるか明確にすることは、直ちに着手できる手段の1つである。これによって、ECBの役割を明確にし、ECBとそれ以外のESMなどの機関との役割分担に関する批判の原因を取り除くことができる。透明性が増すことにより、市場や投資家は欧州の通貨同盟が将来のショックに効率よく対処できるという確信を持ちやすくなるだろう。

構造改革

どの国においても、いずれかの時点では成長志向の構造改革・制度改革を行うことが望ましい。ユーロ圏にとっては特に必要なのか。答えは、ある程度「イエス」である。ユーロの制度上の問題は、低成長と人口動態の変化によって悪化している。構造改革と制度改革によって高成長になれば、(分配効果はひとまずおいておくとして)それ自体はEUにとって望ましいことであり、銀行と国家のバランスシートの改善を促進するだろう。

(迅速なコスト調整や再配分を通じた)速やかな競争力調整を可能にする具体的な構造改革は、通貨同盟の機能向上にもつながるだろう。こうした改革の実施には時間を要し、困難を伴うが、それでもやり遂げなければならない。経済連合のより多くの部分が十分に機能しない限り、ユーロ圏は十分に機能する通貨同盟にはなりえない。

直ちに取りかかるべきことと長期的な課題について述べたが、後者についても早急に検討する必要がある。

本稿は、2016年6月25日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2016年6月28日掲載)を読む

2016年7月12日掲載