世界の視点から

欧州の女性が子供を欲しがらない理由

Matthias DOEPKE
ノースウェスタン大学教授

Fabian KINDERMANN
ボン大学准教授

現在、欧州の多くの国で出生率が急激に下がっており、人口動態は危機的な状況にある。本稿は欧州19カ国を対象とした調査データをもとに、低い出生率の原因は、子供を持つかどうかについての夫婦の意見の不一致にあるということを示した。出生率が低い国では、育児負担のほとんどを女性が担うことが当たり前で、そのため子供を持つことに消極的である。女性の育児負担を軽減する政策が出生率の上昇を促す一方、育児支援の一般的な補助金はほとんど効果がないようである。

欧州の人口動態は危機的状況にある。第二次世界大戦後の数十年間は出生率の高い時代が続き、世帯当たりの子供数は3人もしくはそれ以上だったが、近年では子供の数はせいぜい1人か2人に減り、子供を産まないという選択をする女性も増えてきている。このことから、表 1 が示すように、欧州全域で合計特殊出生率(簡単に言うと、女性1人が出産する子供の平均数)は急激に低下している。人口を一定に保つために必要な合計特殊出生率は2.1前後だが、現在、大半の欧州諸国ではこの水準に達しておらず、はるかに下回っている国も多い。オーストリア、ドイツ、スペインなどでは、合計特殊出生率が20年以上にわたり、1.5を下回っている(Kumo 2010)。このような極端に低い出生率は急激な高齢化や社会保障負担の増加を招き、究極的には人口の急減をもたらすと考えられる。たとえば、ドイツの人口は現在の約8000万人だが、2060年には6800万人程度まで減少すると予測される(注1)。

図1:欧州の合計特殊出生率
図1:欧州の合計特殊出生率
出典:World Development Indicators

出生数を増やすため、すでに政府がさまざまな出産奨励策を打ち出していることを考えると、欧州の低い出生率は驚くべきことである。米国とは異なり、ほとんどの西欧諸国では長期の育児休暇が認められており、子供のいる家庭には充実した税控除や給付金が提供されている(ドイツの児童手当:Kindergeldなど)。また、学費は公費で支払われるため、負担はない。一方、一部の国(ベルギー、フランス、北欧諸国など)では、出産奨励策が望ましい効果を収め、出生率は人口維持に必要な水準(もしくは近い水準)まで戻ったものの(図1参照)、他の国では、出生率の上昇に至っていない。

子どもをめぐる夫婦のバーゲニング

政府が手厚い育児手当を提供していても、出生率が低迷し続けているのはなぜなのか。私たちは最近の研究において、出生率は子育てにかかる総費用だけでなく、夫婦間の子育て分担の割合によって左右されることを示した(Doepke and Kindermann 2016)。生物学上、男と女がいなければ子供は誕生しない。つまり、夫婦そろって子供を持つことを望み、意見が一致しなければ子供は誕生しない。育児の大部分を一方が負担せざるを得ない場合、負担する方は子供を持つことに反対し、夫婦間で意見の相違いが生じる。その結果、児童手当などが支給されても出生率は上昇しない。

私たちの分析によれば、子供を持つことについての夫婦の意見の相違が、欧州における低出生率の背景にある主な要因である。私たちは以下の事実を明確に示した。

  • 多くの夫婦において子供を持つかどうか意見が一致しない。夫婦が合意しなければ子供は誕生しない。
  • 出生率の低い欧州諸国では、男性はほとんど育児に参加せず、女性が主に育児を負担している。
  • 育児の大半を女性が負担している国では、女性が第二子の出産を望まない可能性が高い。
  • 一方、出生率が高い国では男性が積極的に育児に参加しており、第二子以降の子供を持つかどうかについて賛成・反対の立場に性差はみられない。

子供を持つことについての意見の相違に関する新たなエビデンス

私たちの調査結果は欧州の出生率に関する従来の見解と一致している部分もあるが、最近まで、夫婦の意見の相違がどの程度少子化の原因になっているのか、はっきりと示したデータはなかった。私たちの実証分析結果は、欧州19カ国を対象としたアンケート調査「世代とジェンダープログラム(Generations and Gender Programme)」のパネルデータに基づいている。このデータには、これまで得られなかった夫婦間の育児に関する意見の一致・相違についての情報が含まれている。アンケートでは具体的に、それぞれのパートナーが第一子あるいはもう1人子供を望んでいるかという質問があり、私たちはその回答について考察した。

データによって示されたことは、子供を持つことについて夫婦間の意見の相違がかなりあること、またその相違の性質は出生率が高い国と低い国では体系的に異なっていることである。下記の図では、少なくとも夫婦のどちらかが第二子を望んでいるケースに注目した。女性は子供を望んでいるが男性は望んでいない夫婦の割合は縦軸(Disagree Male)、逆のケースの割合は横軸(Disagree Female)に示した。図2 は各国の状況を示している(括弧内は出生率)。「赤」で示された国(フランス、ベルギー、ノルウェー)は出生率が人口置換水準に近く、「青」で示された国は出生率が1.5未満の国である。

図2:子供を持つことについての意見の不一致(欧州各国)
図2:子供を持つことについての意見の不一致(欧州各国)

この図では、各国のすべての夫婦が子供を持つかどうか意見が一致する場合、グラフの原点で示される。しかし、実際はこれとは対照的に赤で示した出生率が高い国においてさえも夫婦間の意見の相違は多くみられる。また、夫婦のどちらが子供を持つことに反対するかどうかという点でも赤と青の国では大きな違いがある。出生率が低い国では、第二子を産むことを拒む女性が多い。図 2を見ると、青の国はいずれも45度線を下回ったところに位置しており、第二子以降を産む意志がない女性が多いことを示しているが、赤の国は線上に分布していることから、夫婦間で意見の調和が取れていることがわかる。

たとえばロシアでは、すでに子供が1人いて少なくとも夫婦のどちらかが2人目の子供を望んでいるという100組のうち、夫は望んでいるが妻は反対という夫婦が30組だった。妻が望み、夫が反対という逆のパターンはわずか10組だった。子供が2人以上いる夫婦の場合は、50組対20組とさらに構図ははっきりとしている。

同じデータから、意見の相違とその後の結果を示した。子供が欲しいかどうかの聞き取りを行った夫婦に3年後に同じ質問をし、実際にどの夫婦に子供がいるのかを調査した。結果は、夫婦ともに合意しなければ、出産には至らないというものである。妻が子供を望み、夫が反対の場合にはまだ可能性があるが、夫婦ともに望んでいるケースに比べて出産に至る確率は約1/3である。夫が子供を望み、妻がこれを拒否する場合、夫婦ともに子供を望まないケースと同じく確率はゼロに等しい。したがって、夫が子供を望んでいても妻が望まなければ実現の可能性は低く、自分の望みどおりに子供を持つ妻はいなくはないが、夫婦そろって子供を持ちたいと思うことが重要である。

出生率の交渉モデル

データをもとに、出生率の上昇を目的とした政策が、子供を持つことに関する夫婦の意見の一致・不一致のパターンに左右されるかどうかデータで評価するため、出生行動に関する交渉モデルを作成した。意外と思うかもしれないが、出生行動に関する経済論文の大半は、子供を持つことについての夫婦の意見の相違を捨象している。その代わりに、多くの既存モデルでは、子供を持つことのコストや恩恵がいかに夫婦間で分担されているかは考慮にいれず、夫婦は共同の福祉の最大化を目指していると仮定している(注2)。私たちは、女性と男性がそれぞれ育児についての考え方を持ち、意見の相違も起こり得るというモデルを構築した。

夫婦間の意見の相違は、育児の負担が一方に偏っていること、夫婦間で拘束力を伴う約束ができない結果だと考えられる(注3)。 たとえば、女性は自分が育児をほとんど1人でやらざるを得ないと思うと、独立したキャリアを追求できなくなると考えるだろう。その結果、子供を産めば他の選択の道が閉ざされ、夫に対する交渉力を失うと考える。最終的には、夫が望んだ場合でも、妻は子供を持つことに反対することになる。

育児の負担が一方に偏ることが夫婦間の意見の相違につながっているという私たちの推測は、データにもはっきりと現れている。データにはさまざまな育児のタスク(着替え、寝かしつけ、宿題のサポートなど)を誰が行っているか、詳細な質問が含まれている。このデータに基づき、各国における男性の育児参加の平均的な指標を作成した。すべての国において、男性は子育てタスクの半分も行っていない。しかし、出生率が高いベルギー、フランス、ノルウェーの男性の育児参加率は30〜40%と比較的高く、出生率が低い国では22%である。図3 は男性の育児参加率と、子供を持つことに反対の女性と、同じく反対の男性の差を示したものである。これを見ると、男性の育児参加率が低い国では、男性が子供を持ちたいという希望に女性が反対する傾向が強い。

図3:夫の育児参加率と子供を持つことに関する夫婦の意見の不一致
図3:夫の育児参加率と子供を持つことに関する夫婦の意見の不一致

政策への含意

私たちの調査結果は、欧州における危機的な出生率を解決するためには、出生率の低い国では圧倒的に女性が子供を持つことに反対しているという事実に対応すべきだと示唆している。出生率が低い主な理由は、女性がほとんどの育児を負担していることであり、こうした状況が続く限り、一般的な育児手当による効果は期待できないだろう。

図4:女性と男性への給付金による出生率上昇のコスト
図4:女性と男性への給付金による出生率上昇のコスト

この点を説明するため、出生行動の交渉モデルを用いて出生率上昇のための政策に要するコストを比較した。1つ目の政策は女性の育児負担の軽減(たとえば、母親に代わりに育児を行う公的な保育サービス)、2つ目は父親に対する給付金である。また、すべての子供に関わる費用を軽減する政策と第二子以降の子供に関わる費用を軽減する政策を比較した。図4は、以上の政策によって出生率を0.1ポイント引き上げるために要する、夫婦1組あたりの総費用を示している。結果は、給付金を第二子以降(政策が実施されてもされなくても誕生するであろう子供への給付金の支払いを防ぐ)に限定するとより効果的(出生率を引き上げの相対的コストが低い)であることを示している。さらに重要なのは、母親の育児負担を軽減する政策が、父親への給付金よりもはるかに効果的だという点である。母親への支援を充実すれば、政策に要するコストは約1/3に低下する。

欧州の出生率の行方

私たちの調査結果は、育児負担が母親に偏っている状況を是正する政策を推進することにより、欧州における危機的な出生率の問題は大幅に改善できるということを示している。とはいえ、育児に関しては文化的な側面もある。働く女性が大幅に増えているにもかかわらず、多くの国では男性が育児にはほとんど参加していないということの背景には、文化的な側面や従来型の役割分担がある。男性の間に子育てを分担する意識が広がれば、出生率はおのずと回復するだろう。

本稿は、2016年5月3日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2016年6月9日掲載)を読む

脚注
  1. ^ 出典: Statistisches Bundesamt 2015.
  2. ^ この論文はBeckerとBarro (1988)が初出。最近の研究はAdda、Dustmann、Stevens (2016)、Bick (2016)。
  3. ^ 出生行動に関する役割について最初に提唱したのはRasul (2008)。
文献
  • Adda, J, C Dustmann and K Stevens (2016), "The Career Costs of Children," Journal of Political Economy, forthcoming
  • Becker, G S, and R J Barro (1988), "A Reformulation of the Economic Theory of Fertility," Quarterly Journal of Economics 103 (1), 1-25
  • Bick, A (2016), "The Quantitative Role of Child Care for Female Labor Force Participation and Fertility," Journal of the European Economic Association, forthcoming
  • Doepke, M, and F Kindermann (2016), "Bargaining over Babies: Theory, Evidence, and Policy Implications," CEPR Discussion Paper No. 11158
  • Kazuhiro, K (2010), "Explaining fertility rates in Russia," VOXEU.org
  • Rasul, I (2008), "Household Bargaining over Fertility: Theory and Evidence from Malaysia," Journal of Development Economics 86 (2) 215-241
  • Statistisches Bundesamt (2015), "Bevölkerung Deutschlands bis 2060: 12. koordinierte Bevölkerungsvorausberechnung." Statistisches Bundesamt, Wiesbaden.

2016年7月7日掲載

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