世界の視点から

東アジアの産業の将来に関する考察

金道薫
韓国産業研究院院長

東アジア(本稿においては主に日本、中国、韓国の3カ国を指す)の産業競争力の強さはよく知られている。主要な製造業を見れば、世界市場における東アジアの優位性は一目瞭然である。従来型の製造業では造船、鉄鋼、自動車など、またIT関連分野では半導体、LCD(液晶表示)パネル、コンピュータ、携帯電話など、東アジアが競争優位を誇る産業は数多く存在する。

世界市場における東アジアの優位性はこの数十年続いているが、各産業における東アジア各国の位置付けは徐々に変化を遂げてきた。1990年代までは、日本が世界市場におけるこの地域の優位性を牽引した。韓国がその後を追い、2000年代に入ると一部の産業で日本に代わり主導権を握るようになった。最後に中国が台頭し、自動車や半導体といった一部の分野を除き、多くの産業分野で主導的地位を占めるようになった(ただし、これは世界市場における企業国籍別シェアの話であり、国別生産量で見ると、中国は自動車や半導体などにおいてもすでに首位に立っている)。こうした東アジアの優位は世界の他の地域から妬みを招き、日中韓3カ国は、特に米国や欧州連合といった先進諸国・地域から幾度となく商業的圧力をかけられてきた。途上国も、日中韓3カ国の産業発展の歴史を自国の産業発展のための見本としながらも、折に触れて、その圧倒的な優位性に懸念を表明してきた。

しかし、最近、東アジアの産業は強い逆風にさらされているようである。最も厳しい逆風となっているのは、世界経済の回復の遅れである。2015年以降、3カ国とも工業品輸出が大きく落ち込んでいる。世界経済の低迷が主な要因であるが、特に主要先進国における需要落ち込みが大きく響いている。さらに、石油をはじめとする一次産品の価格暴落に苦しむ多くの新興諸国においても、東アジアの工業製品に対する需要が減少している。東アジア地域が優位を誇る上記産業のほとんどは、その規模の拡大と効率性の向上を図る上で、世界中の市場からもたらされる外需に大きく依存しており、世界的な需要の落ち込みは、この地域の持続可能な発展を危うくする。日中韓3カ国では、これまで競争的拡大戦略を展開してきたこともあり、多くの産業が過剰生産設備を抱えているが、そのことが状況悪化の要因となっていることはいうまでもない。このため、東アジアの主要産業はかつて経験したことがないような構造調整を余儀なくさせられている。

ここでも再び日本が先陣を切った。ここ10年間、日本企業は多くの産業で韓国企業や中国企業に対する競争力の低下に苦しんできたが、こうした中、日本政府は「産業再生」の名の下に積極的に産業調整を促す政策に舵を切り、日本企業は製造部門中心の従来型の製造業からサービスなどソフト面を組み合わせた新たな製造業へと事業構造を転換させはじめた。韓国と中国は、やや遅ればせながらほぼ同時に、構造調整に乗り出さざるを得ない状況に追い込まれたようである。習近平政権は「新常態(ニューノーマル)」という新たな構想を打ち出し、企業に思い切った合理化や事業再編を迫っている。韓国政府もこのほど、日本の産業再生策に倣い「企業再生」の名の下に民間企業の構造改革を促す法律を成立させた。

国内で産業構造改革の圧力が高まるなか、企業には2つの選択肢があると思われる。第1の選択肢は海外移転である。製造拠点を海外に移す一方、少なくとも経営レベルまたは技術レベルの管理機能を国内に残すことで、産業上の優位性を維持する。中国は、過去数十年にわたり、多くの日本企業や韓国企業から理想的な海外投資先とみなされてきたが、近年では、多くの中国企業が製造拠点を他の途上国に移転せざるを得なくなっている。こうした動きは、インドやインドネシア、ベトナムといった近隣新興工業大国の工業力のさらなる強化につながっているようである。日中韓3カ国のみならず欧米先進国からの産業活動の移転も進んでいるからである。さらにもう1つ予期せぬ結果がもたらされたようである。すなわち、これらの新興工業大国がより短期間で技術的キャッチアップを果たすというリスクである。

そこで、第2の選択肢が真剣に検討されている。韓国では「製造業革新3.0」戦略、中国では「中国製造2025」計画という概念の下、多くの製造業種でドイツの第4次産業革命「インダストリー4.0(Industrie 4.0)」に類似した取り組みが行われている。製造企業は、国内製造設備にモノのインターネット(IoT)、ビッグデータ、3Dプリンティング、ロボティクスといった新たなIT関連技術を導入することが強く求められている。さらに、そうすることで各企業が競争力の最大化に努めることが期待されている。しかし、日本企業のみならず韓国、中国の企業にとっても、これは困難を伴う作業のようである。効率性向上のための革新的技術をある程度導入済みの大企業は別として、資金も人材も十分に持ち合わせていない大半の中小企業にとって、そうした技術を導入するのは至難の業である。新たなイノベーションを活用するにあたり適切な支援を提供してくれるパートナー探しも容易ではない。

かつて強大さを誇った製造業の将来が重大な脅威にさらされるなか、東アジアは、産業の成長をもたらす新たな原動力を見出す必要に迫られているのかもしれない。実際、日中韓3カ国はここ数十年間、「次世代の成長エンジン」「未来技術」「未来有望分野」「新たな戦略的新興産業」など、さまざまな呼び名の下に、将来有望な新規産業の開発に取り組んできた。

各国で将来有望な分野として選ばれた産業を見てみると、どちらかというと、既存の主要製造業や技術開発と密接に関連したものが選ばれていることがわかる。3カ国が供給サイドにおける取り組みに力を入れてきたことは不思議なことではない。実際、「カイゼン」という概念の下に漸進的イノベーションを推し進めてきた日本企業の後に続かんとばかりに、東アジアの多くの企業と政府が、既存産業の製品やサービスの質の向上と生産プロセスの改善を図るために、特に研究開発(R&D)投資という面で大変な努力を行ってきた。その努力のたまものとして、東アジアの企業は大半の主要産業において比類なき競争力と世界市場で最大のシェアを獲得したのである。この成功体験に自信を持つ日中韓3カ国は、新しい産業についても、同様の戦略で取り組もうとしているように思われる。

しかし、日々の報道を見ていると、米国のシリコンバレーやバイオクラスターなど、これまでとは異なる傾向の新興産業が紹介されている。これらの産業も主にITやバイオ技術をルーツとするものではあるが、どちらかというと需要サイドに着目し、製造業とサービスや社会文化的要素を融合させることに重きを置いている。ポータル検索エンジンやソーシャルネットワークサービス(SNS)、スマートフォンから、フィンテック事業、シェアードエコノミー、ウェアラブルデバイス、新ヘルスケア事業へと、新興産業の業容はますます拡大しつつある。こうした新興企業の台頭は、多くの場合、主要産業が構築してきた既存の産業秩序をかき乱し、既存産業の競争力に大きな打撃を与えることになるが、問題は、こうした破壊的な新興企業が創業の地として東アジアよりもシリコンバレーやバイオクラスターを選ぶ傾向が見受けられることである。

破壊的な新興企業について言われているのは、求められるのは素早く追随する「ファストフォロワー戦略」ではなく、誰よりも早く行動する「ファーストムーバースピリット」(先手必勝の精神もしくは創造的精神)であるということである。したがって、創造的な人材よりも管理型の人材が重宝される既存の成功企業では得られない新しいアイデアや人材が求められる場合が多い。新しい創造的なアイデアが必要な研究開発を経て商品化に到達するには、エンジェル投資家、ベンチャーキャピタル、シードアクセラレーターによって提供される資金や技術面の支援に加え、既存企業の経験も必須であるが、シリコンバレーには上記のような支援グループが数多く存在し、非常に活発な支援活動が展開されている点において、東アジア3カ国と異なっている。また、アップル、グーグル、フェイスブックといったシリコンバレーの成功企業は、東アジアの成功大手企業に比べて、スタートアップ企業との協力に前向きで、新興企業の買収にも熱心なようである。こうした違いがもたらすより深刻な結果として懸念されるのは、東アジアを含む世界中の有望な新興企業が事業拡大を図ろうとするとき、より有利なビジネス環境が提供されるシリコンバレーにいきなり進出することを目指すようになることである。

興味深いのは、主要製造業の発展が3カ国のうち最も遅かった中国で、北京の中関村や深圳の華強北のようなシリコンバレーに類似した産業エコシステムの構築が日本や韓国に先んじて進んでいることである。ただし、顕著な例として挙げられるアリババ集団を除き、世界レベルで真に破壊的な企業は今のところ現れていない。

こうして東アジアの産業の将来を考えると、2つの大きな懸念を抱かざるを得ない。

1つは、各産業における雇用創出に関する懸念である。既存産業は、海外移転を推し進めることによって、あるいは、雇用抑制型の技術を基盤とする新たな産業イノベーションを通じて、国内雇用の削減を迫られており、東アジアも欧州のような失業問題を抱えることになりはしないだろうか。

もう1つは、新興産業育成に向けた産業戦略に関する懸念である。東アジアはシリコンバレーのような産業エコシステムを提供できるのだろうか。あるいは、従来型製造業に対してかつて行ったように、新興産業に対しても、産業として十分に確立された時点でファストフォロワー戦略を採って、シリコンバレーに追いつくことができるだろうか。

本コラムの原文(英語:2016年2月22日掲載)を読む

2016年3月8日掲載

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