世界の視点から

購買力平価再考:大都市の生活は本当に割高なのか?

Jessie HANDBURY
ペンシルバニア大学ウォートンスクール講師

David E. WEINSTEIN
コロンビア大学教授

一般に、大都市での生活はお金がかかると思われている。本稿では、各都市の物価の違いの大部分は、従来型の物価指数の欠陥によりもたらされていることを議論する。標準的手法の第1の問題は、類似しているが同一ではない財の価格を比較している点である。第2の問題は、ほとんどの物価指数が各地域における財の入手可能性を調整していないということである。この2点を修正すると、食料品の物価はむしろ大都市のほうが低いということが示される。

大都市での生活にはお金がかかるというのが共通認識である。ニューヨークのような大都市では、アイオワ州デモインのような小さな町と比較して、名目賃金は平均で40%高い一方で、生計費は一般的に倍以上もすると言われている。それではどうして大都市から小さな町への大移住は起きないのだろうか?

新しいエビデンス

よく言われるのは、大都市のほうが快適な生活環境が整っているということである(Glaeser and Kerr, 2008)。私たちは、近刊予定の論文で(Handbury and Weinstein, 2014)、この矛盾をもっと簡単に説明している。すなわち、標準的な物価指数が間違っているのである。私たちは、米国各都市で販売されたバーコード付き食料品の価格を調査し、各都市の物価差の大部分は、地域間の価格比較に用いられるデータ上の欠陥に原因がありうるとの結論に達した。

  • 分析の結果、正しく測定されるとき、各都市の物価差は実際のところほとんどないことが示唆される。

私達はバーコード付き食料品の分析に集中することとする。その理由は,たとえば、12オンスの缶入りコカコーラの価格を各都市で比較する場合、寝室が2部屋あるアパートの価格を比較する場合と比べ、観測不能な品質の差をあまり気にしなくてすむためである。しかし、このような種類の財でさえも、経済研究や賃金決定の指針として広く使われている従来型の物価指数で見た場合、都市間において非常に大きな物価差が生じうる。従来型の物価指数で見ると、都市間において食料品物価に75%以上の差が生じることも珍しくない。

現在の手法におけるバイアス

従来型指数の第1の問題は、類似しているが同一ではない財の価格を比較しているということである。卵やチーズ、牛乳などの商品は選ぶ種類によって価格が大きく異なる点が問題の一因である。たとえば、半ガロンの成分無調整牛乳の場合、同じ店舗でもブランドによって価格が倍以上も違う。そのため、牛乳の価格を単純に地域間で比較した場合、他の地域で別の種類の牛乳が選ばれていると、誤った結論が導き出される可能性がある。裕福な消費者ほど大都市に集まる傾向があるため、裕福な消費者が同じ商品分類の中から価格の高い種類を好む傾向があれば、大都市では物価が高いとの誤解を招きかねない。

  • 私たちは最初の問題を「製品の異質性バイアス」と呼んでいる。消費者が類似した製品に異なる評価をし、様々な財に対して様々な価格を支払う意思があるとき、このバイアスが生じる。
  • 2つ目の重要なバイアスの原因は、財が買われている場所について慎重に調整がなされていないことから生じる。

たとえば、裕福な人がより良いサービスを提供する高級店で買い物をするのは当然である。消費者は、高級店ではより高い価格を支払うとわかっていて買い物をしているのであり、高級店における財の価格と大衆向け食料品店の財の価格を比較すべきではない。むしろ、各店舗の異質性を調整し、同じタイプの店舗で購入される同一財の価格を比較しなければならない。

図1は、全米49都市の食料品物価指数を示したもので、製品と店舗の異質性バイアスの両方を修正した場合の効果を示している。図が示すように、平均的な都市規模とニールセンのスキャナデータより従来型手法を用いて作成された物価指数の間には明確な上方への相関がみられるが、この正の関係は、製品と店舗の異質性バイアスを修正すると、ほぼ完全に消滅する。さらに、これらの異質性バイアスを調整した後では、各都市間の物価における分散もほとんど消滅することがわかる。平均的には、食料品の物価は、全米のすべての都市でほぼ同一になっているのである。

図1:調整後の食料品物価指数と従来型の食料品物価指数
図1:調整後の食料品物価指数と従来型の食料品物価指数
注:ニールセン・ホームスキャン・データを使い、従来型の手法を用いて作成された食料品物価指数と都市規模との間には正の関係がみられる。製品と店舗の異質性バイアスを調整すると正の関係は消滅する。

地域間の物価水準の比較で使われている物価指数の第2の問題は、様々な地域における財の入手可能性の調整を行っていないことである。現行の物価指数は一般に入手可能な財の物価を地域間で比較しているが、大都市では小さな町よりもずっと多種多様な財が存在する。たとえば、私たちの推計によると,デモインのような小さな町と比べ、ニューヨークにおける食料品の種類は4倍にも上る。都会の住民が小さな町でしばしば抱く、「買いたい品物がほとんど見つからない」、という直感的な感覚はこの結果からもうかがえる。実際、ニューヨークのような大都市において膨大な種類の製品を購入できることが,大都市における大きな魅力の1つになっている。

多種多様な財の入手可能性が物価に影響を与えることについてどう捉えるべきだろうか? 経済学者はこれまで長らく、財に多様性がないことと、財に多様性があっても価格が高すぎて誰も買わない状況を消費者は区別していないと考えてきた。このため、従来型の物価指数において財の多様性の違いが無視されると、小さな町における非常に高額な財は事実上、排除されてしまうことになる。私たちの論文では、このバイアスについても修正できる手法を開発している。

図2:全米各都市の精密物価指数 (exact price index)
図2:全米各都市の精密物価指数 (exact price index)
注:精密物価指数 (exact price index, epi)では,価格の比較、製品と店舗の異質性バイアス、および多種多様な財の入手可能性バイアスが適正に調整されている。
  • 図2が示すように、異質性バイアスと多様性バイアスの両方を修正すると、従来の考え方は完全に覆される。つまり、実際には大都市のほうが食料品物価は低いのである。

この結果は、一般に入手できる財の価格は全地域でほぼ同じであるということと、大都市において消費者はより多種多様な財を選べるということから生じている。

まとめ

以上の結果は、購買力平価(PPP)の国際的な違いを理解するうえでも重要な意味を持つ。平均物価の推定値(すなわちPPP)が同一財の比較と多種多様な財の入手可能性の調整から大きく影響を受けるのであれば、富む国と貧しい国の物価水準を比較する場合にもこれらの影響はきわめて重要になりうると考えられる。貧しい地域での生活は、指数で示されているよりはるかにひどいのかもしれない。

本稿は、2014年11月7日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2014年12月12日掲載)を読む

2014年12月22日掲載
文献
  • Glaeser E and W Kerr (2008), "Industrial agglomeration and entrepreneurship", VoxEU.org, 26 November
  • Handbury J and D E Weinstein (2014), "Goods prices and availability in cities", The Review of Economic Studies.

2014年12月22日掲載

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