世界の視点から

金融危機後のリスク(Post-Crisis Risks)

篠原 尚之 IMF副専務理事

Global Challenges, Global Solutions.

これは、近年IMFが年次総会等で掲げているスローガンである。1990年代に起きたアジアやラ米の金融危機は、一国で生じたバブルや政策対応の失敗が、地域の近隣諸国に如何に伝播していくか、金融システムの安定性が如何に重要であるかを示した。2007年以降の今回の金融危機は、欧米諸国のバブル崩壊を契機とし、世界経済全体に想像をはるかに上回る破壊的な影響を与えた。各国の経済や金融市場の世界的統合が如何に急ピッチで進んでいるかを再認識させた。

世界規模の問題には、世界規模の解決策を必要とする。当然のごとく聞こえるが、はたして我々は過去の金融危機の経験から学べたのか、今回の危機にグローバルな対応ができたのか、甚だ心もとない。現在世界経済が抱えるいくつかのリスクについて触れてみたい。

Post-Crisisのリスクとして最初にあげたいのが、金融規制監督システムの不十分な改革から生じる金融安定化へのリスクである。幾つかの大きな進展はあった。しかし、欧州のBanking Unionに向けた遅々とした動きは、破綻銀行処理に係るバックストップの議論の曖昧さを見るまでもなく、欧州各国の足並みが揃っているのか疑念を抱かせ続ける。

ボルカー・ルールは、米国規制当局と民間銀行の間の長い議論を経て、ようやく実施に向けて走り出した。ボルカー・ルールは、リーマンショックで露呈した脆弱性に対応するための大胆な発想に基づくものだが、実はこれにより、各国の金融制度の違いが更に大きくなる。ある国でできることが、他の国ではできないということは、統合されたグローバルな金融市場では、規制逃れの動き等が益々活発になってくる。本来、国際的に活動する銀行には、国際的なルールが適用される必要がある。

バーゼル3関係の諸規制の導入・強化も、当初の想定からかなり遅れている。国際的に活動する金融機関の破綻処理メカニズムの議論もほとんど進んでいない。

シャドー・バンキングへの監視強化も、リーマン後の大きなG20の課題であったが、議論は進んでいない。リーマンショックの主因は、野放図なシャドー・バンキングの拡大にあったといっていい。しかし、金融危機後シャドー・バンキングの規模はまた拡大を続けている。中国の例は有名だが、米国や他の新興国にも、その動きは見られる。

Post-Crisisのリスクの2番目として、世界経済の低成長が長引くおそれを挙げよう。この傾向は、各国で進む所得格差の拡大や若年失業率の高止まりの問題をより先鋭化する。Global Solutionsがあるのだろうか。

米国経済の回復については比較的楽観的に評価できるが、アウトプットギャップが解消するまでにはまだ時間がかかる。一方欧州には、デフレに陥るリスクが引き続きある。多くの国で、法人個人部門の過剰債務処理は終わっておらず、銀行のバランスシートを圧迫する。財政赤字への対応にも時間がかかる。欧州では賃金の上昇と物価の連動性が高いが、その物価上昇率は徐々に抑え込まれているように見える。ユーロ圏コア諸国の成長率は、中期的に1%以下であろう。

更に、新興国の経済成長もここ数年傾向的に鈍化してきている。国によりその背景は異なり、景気循環的な要因と構造的な要因が絡み合っている。中国は、投資へ過度に依存した経済構造からの脱却を図る必要があり、数年前までの10%超の成長は望むべくもない。また、昨年5月米国で非伝統的金融政策からの出口が議論され始めると、財政赤字や対外収支赤字で脆弱性を抱える一部の新興国の金融市場が大きく揺さぶられた。グローバルな超金融緩和が徐々に正常化に向かうにつれ、新興国は海外からの安価な資金を享受することは難しくなり、新興国の政策運営もより規律が求められる。

最後に、Post-Crisisのリスクとして、先進国により非伝統的金融政策からの出口が市場のボラティリティを高める可能性である。非伝統的金融政策は、その当初において、金融市場の安定性を取り戻すには大きな効果があったが、景気回復にどの程度の直接的効果があるかについては議論が分かれている。一方で、大量の流動性は、資金のリスク感応度を弱めるし、財政赤字の中銀ファイナンスになる(財政規律へのダメージ)などの副作用も大きいので、いずれ巻き戻されなければならない。去る12月の出口第一弾は、FRBの巧みな市場との対話もあり、市場は冷静に受け止めた。しかし出口戦略への期待の変化は、思わぬ影響を世界金融市場のさまざまなセグメントに与え続けるだろう。

2014年1月10日掲載

2014年1月10日掲載

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