世界の視点から

知識経済に移行する南アフリカ

Mohau PHEKO 駐日南アフリカ共和国大使

南アフリカ共和国と聞いて多くの人がまず思い浮かべるのは、美味しいワイン、金、プラチナ、ダイヤモンド、そして世界的に尊敬を受けるネルソン・マンデラ氏だろう。科学技術分野における革新的な国として南アを思い浮かべる人はほとんどいない。

世界で最も革新性にすぐれた人材の何人かは南アの出身者である。実際、南アの人々にとってイノベーションはごく自然なものといえるかもしれない。今後10年間、南アは天然資源主導型経済から知識経済への移行に取り組む。科学技術は南ア変革の重要な原動力であると強く認識されている。科学技術を原動力とする変化は持続可能であるばかりか、その勢いは増しており、南アが知識経済という目標に到達する上で重要な推進力になっている。

アフリカ大陸は、気候変動によるかつてない圧力にさらされている。また、急速に都市化が進んでおり、世界の経済成長率トップ10のうち6カ国をアフリカの国が占める。このようなアフリカへの重圧を軽減し、持続可能な開発を実現すべく、南アは科学技術国家戦略の具体的な目標を設定している。この戦略においては、南アが現実的で具体的な取り組みに基づいたグリーン経済を推進し、資源効率が高く、低炭素かつ雇用促進的な成長路線にシフトすべき、との認識が示されている。強靱な低炭素経済への移行は、わが国の国家開発計画の重要なポイントである。

この目標の達成は容易ではない。気候変動はグローバルな解決策が必要なグローバルな問題であり、国際的気候変動政策をめぐる現実を踏まえると、わが国が「ビジョン2030」で打ち出した、雇用創出、貧困対策、国際競争力の高い経済への発展といった重要な目標を犠牲にせずに炭素排出量を削減するという公約は、実現が非常に困難だろう。つまり、わが国は経済成長と都市化への野心と、環境の持続可能性との調和をとる必要がある。グリーン経済への移行によって、柔軟性を短中期的には残しつつ、長期的には常に炭素排出量目標を意識するという、新しい革新的な政策アプローチが必要になる。

南アが、アフリカ大陸内外でイノベーションの拠点になり得ることをどう示せばよいだろうか?

CTスキャンの開発者の出身地、世界中のクリケット場で使われている「スピードガン」のメーカー、もしくは世界初の石炭液化精製所はどこにあるかご存じだろうか?(注1

CTスキャンはEMI研究所の南アフリカ人物理学者、Allan CormackとGodfrey Hounsfieldによって開発された。この業績を称えられ、1979年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。

Sasol社は世界初にして最大の石炭液化精製所である。南アフリカのサソールバーグに位置し、わが国の燃料の40%を供給している。世界初の心臓移植手術は1967年12月3日にケープタウンで医師のChris Barnardの執刀で行われた。

Pratley社製の接着剤は南アから唯一、月に持って行かれた発明品である。このパテは1969年にアポロ11号の月着陸船イーグルの部品の接着に使用された。

南アは裸眼の10億倍も敏感に光を捉えることのできる、南半球最大かつ最強の可視光/赤外線望遠鏡、南アフリカ大天体望遠鏡(SALT)、通称「アフリカの巨大な目」を設置・運営している。

科学技術分野のプロジェクトはその一例を見ても、バイオテクノロジー、IT、製造技術、天然資源技術、貧困削減技術など、目覚ましく、多岐に渡るものである。

南アは、燃料電池用セパレーター製造において重要な素材である、チタン資源に豊富に恵まれている。科学産業研究評議会(CSIR)によって開発された新技術である粉末状チタン製造など、チタン・コンピタンス・センターを通じて多くの事業者が、南アにおいて有望なチタン産業確立に向け、基盤となる広範な技術開発に取り組んでいる。

この分野におけるさらに川下の技術開発活動には、チタンを使用した航空宇宙・防衛産業向けの新しいハイブリッド素材が含まれる。南アは昨年初めにチタンの積層造形プロジェクトを立ち上げ、Aerosud イノベーション・センターの第2フェーズを開始した。チタンの高速切削加工などの分野で能力が向上した結果、わが国はエアバス社など、世界的な航空機メーカー向けの高付加価値の部品を製造できるようになるだろう。わが国は、2020年までにチタンを中心に競争力の高い新産業を構築し、何千もの雇用機会を生み出すという目標に向って急速に前進している。

Time誌は、CSIRと国連児童基金(UNICEF)が共同で開発したデジタル・ドラムを2011年の発明品トップ50に選んだ。デジタル・ドラムはドラム缶を作業台に見立て、2台のパソコンを背中合わせになるように設置し、健康や教育等の関連情報の提供を目的としている。デジタル・ドラムのコンセプトは南アフリカ政府が資金援助するCSIRのDigital Doorway構想に端を発している。Digital Doorwayはコンピュータ操作の独学促進を目的とした、頑丈な独立型コンピュータ・システムである。

CSIRのナノ医療研究プログラムはAfrican Networkにより、医薬品・診断法イノベーションの分野で表彰された。このプログラムではナノテクノロジーを用いて、結核など貧困に起因する疾患用の既存の医薬品をリパッケージし、効能を高めることに重点的に取り組んでいる。

南アの研究者は、自然状態を保持すべき河川と湿地帯を示す、淡水生態系の水資源地図を新たに作成した。地図にはデータと南アの淡水生態学的群衆に関する現地の知識がまとめられ、1000人年以上の集合的経験知が反映されている。

知識集約型経済は、拡大を続ける国際的な研究・協力のネットワークを通じて結び付いている。わが国は国際間の連携を緊密化することにより、我々の新しい知識への探求を強化する一方で、技術移転を促進させる環境作りを目指す。

南アにとって日本は引き続きアジアで最も重要な商業上のパートナーである。両国の関係は教育、文化、産業交流のさまざまなプログラムを通じて緊密化している。南アにとって科学技術分野における両国間の交流の目的は、過去の研究開発投資からの脱却を図り、未来志向型に切り替えていくことである。

科学技術分野において、これまでの3大目標は、国防、鉱業(および関連する川下産業)、農業における自給自足であった。現在、わが国は新産業・新技術に重点をおき、研究開発の重点分野として、バイオテクノロジー、IT、製造技術、再生可能エネルギー、宇宙科学・天文学が選択された。

わが国は以上のイノベーション分野を決定する上で日本から重要な教訓を得た。日本はかつて後発国であり、長い年月をかけて米国に追い付き、成功を収めた。米国から国家的なイノベーション・システム強化について学んだのである。日本はイノベーション・システム強化の上で、次の3分野に重点をおくことを学んだのである。
1. 安定的な基礎研究予算拡大
2. 産学提携の強化
3. 特にリスクの高い先端分野における知的財産権保護の強化

日本に見習い、わが国の基礎研究予算は過去10年間で大幅に引き上げられた。もはや南アの大学は産業や地域社会から隔離された象牙の塔ではない。最近、大学の知的財産権を保護・促進を目的とした機関が設立された。産学提携については日本から学ぶことは多い。これまで南アの大学と政府は、スピンオフ企業や技術移転契約、特許の推進の分野で遅れをとってきた。

わが国は自国の科学者に自信を持っているが、生み出される知的財産の推進と商業化では遅れをとっている。多くの途上国同様、南アは重要な技能の拡充と、技能をめぐる競争への取り組みに直面している。

南アフリカでは、とりわけ科学技術分野における人的資源開発、つまり、大学院生の入学・卒業者数の増加、留学生受け入れの拡大、高等教育機関における研究者の正規雇用拡大に重点を置いている。科学技術が経済成長、気候変動、食糧安全保障に関わる困難な問題の解決に不可欠というのは南ア・日本の共通認識である。

国際的に見れば、南アのバイオテクノロジー産業は駆け出しで小規模に過ぎない。しかし、国の調査によってバイオテクノロジー産業は成長と投資の「巨大な潜在力」を持つことが明らかになった。

生命科学とバイオテクノロジー分野全般において、南アは世界レベルの専門知識と卓越性を備えている。わが国には、潜在的、あるいはすでに起業したバイオ起業家が多く存在するが、起業家が活躍できるよう、事業環境改善に取り組む必要がある。課題の1つが資金調達である。起業家は自分のアイデアに十分な資金源を得られなければ、成功を収められないからである。

これを踏まえ技術イノベーション機関(TIA)は、起業家による開発・イノベーションのうち、初段階、あるいはリスクの高い案件を支援している。

現在、わが国はバイオ経済戦略策定作業の最終段階にある。その目的は活力があり、急速に成熟できるイノベーション・システムの開発支援である。バイオ起業家を指導、支援し、助言する仕組みが設けられる。

バイオテクノロジーのようにリスクが高く、長期的な分野に国として投資すべきかについては疑問の声も多かったが、これに対する回答はもちろん「イエス」である。チャンス、ニーズともに非常に大きい。取り残されてはいけない。

今年に限っても医療バイオテクノロジー分野では、特にマラリア治療薬の開発とHIV感染症への抗体活性を理解する上で画期的な成果があった。農業バイオテクノロジー分野においては、南アは遺伝子組み換え作物を商業的に認可した最初の途上国の1つである。今日、南アの農家は新技術を取り入れており、綿、トウモロコシ、大豆などの作物における新技術の急速な普及がこれを示している。

わが国の研究機関・高等教育機関ではバイオテクノロジー分野の研究・試験開発が広く行われている。南アのバイオテクノロジーに内在する価値を引き出す鍵を握っているのはバイオ起業家である。

科学技術省とEgoli BIO Life Sciences Incubatorによる調査によると、南アには現在進行中の「研究開発段階にある潜在的な新製品と新プロセス」が存在するという。バイオテクノロジー活動に参加している企業106社を特定し、その内47社をバイオテクノロジー分野に特化する「中核」バイオテクノロジー企業に分類している。

少ない資金にもかかわらず、47社ものバイオテク企業がすでに地位を確立しており、南アがより大きな産業を構築できる基盤があることを示している。

ケープタウンを拠点とするSynexa Life Sciences社は成功を収めたバイオテク・ベンチャーの1つである。同社は「疾病の原因となる細胞の仕組みを解明し、新しい治療法開発の実現化に役立つ複雑な分子ツール」の生産を専門としている。

持続可能な開発にむけたわが国の科学技術研究では、伝統的医薬品の研究、(伝統治療師が使用している原産植物を元に作られた)蚊取りろうそく、HIVワクチン研究、そして養蜂技術やエッセンシャル・オイル精製のような農村ビジネスへの取り組み等の農業研究にも着目されている。

2003年にはAfrican Laser Centreがプレトリアにて設立され、セネガル、エジプト、チュニジア、アルジェリア、ガーナの科学者を集結させ、レーザー技術のアフリカへの移転を促進させている。

レーザー技術は、白内障手術、緑内障・ガン治療、結核菌検出など、アフリカの人々に関わる多くの分野で影響力を持つ。また、レーザーによって、作物収穫量の改善と汚染物質の観点から重要な要因である、植物のストレスレベルが監視できる。

2012年に南アが収めた最大の業績は、Square Kilometre Array(SKA)誘致の成功である。SKAは非常に特殊な超高感度の電波望遠鏡であり、既存のいかなる電波望遠鏡よりもはるかに高感度である。天文学者は、天体が発する電磁波を受動的に検波することで宇宙探査を行うが、SKAの出現により、従来と比べてはるかに効率的に宇宙探査を行えるようになる。この素晴らしいSKAの装置は、天文学者と天体物理学者が抱く、宇宙に関する数々の根本的な問題への答えをみつける役に立つだろう。天文学者は塵に悩まされることなく、天体、銀河、クエーサーの形成と進化を研究できるようになる。銀河の進化を研究し、暗黒物質に関する独自の情報を得られるだろう。また、天文学者は多くの星を対象に同時進行で、地球外知的生命体の探査に従事できるようになる。

SKAはアフリカ全体に科学ルネッサンスをもたらす画期的なできごとである。既にカルーで稼働している7基の電波望遠鏡用パラボラアンテナによるプロトタイプ「KAT-7」は堂々たるものであるが、2013年以降にカルーで建設される電波望遠鏡用パラボラアンテナの数はこれをはるかに上回る。

64基のパラボラアンテナ群による電波望遠鏡「MeerKAT」の建設後、2016年から2019年にかけてSKAの第1フェーズでさらに190基のパラボラアンテナが追加される。2024年までに南アとアフリカの提携8カ国全域に約3000基のパラボラアンテナが設置され、その内約2000基がカルーのSKA中核拠点に設置される。

中核拠点には、直径約60 mの平面中波アンテナも多数設置される。このアンテナは全天調査に使用されるいわゆる「魚眼レンズ」である。64基のMeerKATパラボラアンテナはSKAの第1段階の中核部分を構成する予定だが、これはMeerKATプロジェクトの設計・計画における南アの卓越性と、その先駆となったKAT-7望遠鏡の成功が正しく評価されたことを示している。

世界の一流科学者で構成される検討委員会は、カルーとケープタウンのSKA事務所への最近の訪問で、南アのMeerKATチームの素晴らしい成果に「圧倒された」と述べている。直径約13.5m の新しい「オフセット」設計の最初のMeerKATパラボラアンテナは、2013年末までに設置予定である。新設計のパラボラアンテナは望遠鏡の感度をさらに高めるだろう。このプロジェクトは、アフリカが世界的な科学技術の目標となり、アフリカの地においてアフリカ人の手によって先端科学に取り組むというわが国の夢を実現するものである。SKAの成功により、アフリカにおいて一流の研究者が先端研究に従事するようになり、頭脳流出が頭脳流入に変わりつつある。

SKAは21世紀における優れた科学プロジェクトの1つであり、このプロジェクトでは南アの科学者が各国の科学者と協力し合う。この素晴しい装置の入札に勝つため、南アの応札チームはまるまる10年を費やした。わが国は落札に成功したが、これは素晴しい業績であり、南アに科学を引き寄せる巨大な磁石となるだろう。

「アフリカはこの世に人類をもたらした、そしてそれは決して些細なことではない」そして今、南アは、人類が直面する幾つかの共通の課題に解決策を見出すべく、世界的な取り組みに対し、有意義な貢献を行う覚悟である。

本コラムの原文(英語:2013年2月28日掲載)を読む

2013年3月25日掲載
脚注
  1. ^ Mike Bruton, Great South African Inventions (Cambridge University Press) 2010

2013年3月25日掲載

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