世界の視点から

日本銀行を後戻りさせてはならない

浜田 宏一 エール大学経済学部教授

新日本銀行法が1998年に施行されてこのかた、日本経済は世界各国の中でほとんど最悪といっていいマクロ経済のパフォーマンスを続けてきた。この主たる原因は日本銀行の金融政策が過去15年余りにおいてデフレ、超円高をもたらすような緊縮的な政策をとってきたことによる。

さすがに、最近の円高、不況に対する国民、政治からの批判に耐え切れなかったのであろう。また米国連邦準備制度理事会 (FRB) がインフレ目標(ないしゴール)に踏み切ったこともあり、2月14日に日本銀行は1%のインフレを「目途」とする政策に踏み切った。

FRBのインフレ・ゴール設定を受けて日本銀行によって採られた政策は、英訳版を見れば分かるとおり、インフレ「ゴール」の設定に他ならない(「目途」はゴールや目的と違うといった詭弁的な議論は日銀の得意とするところであるが、巻き込まれないでよい)。目標値が2%でなくて1%だという中途半端な点は残るが、「金融政策だけではデフレも円高も阻めない」という世界孤高の日銀理論から、経済学が200年以上の歴史で営々と築いてきた正しい金融理論に基づく政策を採ったことは素直に喜びたい。

国民生活に今多大の辛苦をもたらしているのは、デフレと円高である。デフレは円という通貨の財に対する相対価格、円高は外国通貨に対する相対価格であり、すぐれて貨幣的な問題である。したがって、それはもっぱら金融政策で解消できるものであり、また金融政策で対処するのが日本銀行の責務である。私は白川方明総裁に、総裁自身が以前論文に書いていた正しい経済学にかえってくれと、つまり「正しい歌を歌ってくれ」と懇願した(『伝説の教授に学べ!本当の経済学がわかる本』(浜田宏一、若田部昌澄、勝間和代共著、東洋経済新報社)参照)。今回のバレンタイン・デーの政策変更に至るまでそれは聞き入れられなかった。

日本経済にも詳しいハーバード大のデール・ジョルゲンソン教授は、日本銀行が新たな政策を発表するたびに、「コーイチ、今度の政策でお前は合格点を与えるか?」と問いただしてくる。今までは、「ノー、少なすぎる、遅すぎる」と答えるしかなかった。しかし今回は、日銀理論を捨てかねるという総裁の海外講演等に疑念は残るが、とにかく標準的な経済学の地平に日本銀行が歩みだしたことを積極的に評価したい。「1%という」小声で、しかもためらいながらではあっても、日銀はバレンタイン・デーには正しい歌を歌ったのである。国民をデフレの淵まで連れて行こうとしていた日銀が、ともかく自らの行動で、方向転換の兆しを示したことはうれしいことである。

「論より証拠」、正しい歌の効果は直ちに現れた。日銀の新政策で日経ダウ指数は一時的にせよ1万円を上回った。円安も1ドル80円を超えて進んだ。明らかに、日銀自身が主張し、そして多くのエコノミストや学者の主張していた、金融政策は効かないという見解が明白に反証されたのである。

強調すれば、さまざまな経済要因の中で、過去数年間に、日本銀行の(中途半端ではあっても)今回のインフレ・ゴールの宣言以外、かくも株価や為替レートに影響を受けたものがあっただろうか? 日銀の度重なる否定にもかかわらず、インフレ・ゴールと買いオペに対する積極的姿勢の表明が、株価、為替レートに対して明白に効くこと(国際金融論の最初の一時間目に学部生に対して教えること)が市場によって如実に示されたのである(日本銀行のある高官は、貨幣供給の増加の予想が株高をもたらすという資産選択論の基本をも理解しないか、理解しようともしなかった)。

長期成長経路を改善するには、たしかに人口成長率や生産性上昇率を高めることも有要であるし、政府の構造改革も必要であろう。しかしそのような変化は、一朝一夕には達成できない。現在我々に必要なのは、成長の潜在経路からはるかに下のところで日本経済が運営されているのをすぐ止めることである。このためには、2月14日(バレンタイ・デー)に示したような勇気ある金融政策が即効性を持つ。2月14日の政策変更がなぜこれだけ効いたかというと、経済に対する量の変化だけでなく、それが予想に直ちに働きかけたからである。

天岩戸神話にたとえれば、今の状況は岩戸がかすかに(1%だけ)開かれたところである。世間は初めて金融政策が株価にも、円高にも利く薬だということがわかった。下界の人々は日の光を喜んでいる。これは、打ち出の小槌のように何度使ってもよい政策である。インフレになる前に止めさえすればいいのである。ところが日本銀行総裁の談話は「太陽のわらわが顔を出しても世の中は明るくならない」といっているに等しい。

この政策の組み合わせは、期待に対して働きかけ、インフレ率、円レートを通じて成長力以下の経済運営の指標である失業、倒産に直接働きかけることができる。いまや、日銀はともかく行動としては正しい方向に舵を切ったといえるが、かつて間違った方向に進んでいた日銀のいわば護送船団を引き受けていた政治家、学者、そしてエコノミストはこれからどこに行くのだろうか? いまや学者とメディアは日銀より立ち遅れている。無知のためか、記者クラブに操作されたためか分からないが、日銀に盲従していった、彼らのはしごがはずされるときが来ないだろうか?

今後の不安要因は、白川総裁の意識の中にある。内外の講演、談話では、新しい政策は政治的配慮によるものではないと言いながら、金融政策はデフレ解消に効くとは限らないという世界孤高の日銀理論が袖の下にちらつく。理論的にも実証的にも根拠のない人口が(成長の要因であるのは当たり前だが)デフレの要因であるというのは、経済の治療に当たる医者の議論ではない。床屋談義に過ぎない。リーマン危機以後の英米の大胆な金融拡大が世界大不況から人々を救った公算が大であるというのが経済学の現状である。そこで、低金利は企業を脆弱にするという議論は井上準之助時代の「精算主義」の再来を思わせる。

エルピーダの破綻は欧州景気や経営の誤算によるとマスコミは強調するが、基本的な要因は円高に他ならない。リーマン危機以後、円はドルに対して30%も円高になったが、韓国ウォンはドルに対して30%もウォン"安"となった。エルピーダは韓国製品と競争する際、60%円高のハードルを負わされていた。政府得意の「産業政策」や、生産性向上努力では60%のハードルは克服できないのはもちろんである。エルピーダは基本的に円高で破綻したのである。いつでも日本銀行がより拡張的な金融政策で円高を避けることができた。だから、エルピーダの経営破綻は政策で円高防止を怠ってきた日本銀行に責任がある。山本幸三衆院議員(自民党)が言うように「自民党は日銀に潰された」のだとすれば、「エルピーダも日銀に潰された」のである。

毎日のように通勤電車を止める飛込み自殺の一部は経済的要因で説明できるが、日銀政策委員会を傍聴した人によれば、日本銀行には金融政策がたとえば失業者、倒産、そして自殺者を増やすという形で庶民の生活に密着しているという意識がないらしい。

円高政策は弱い企業いじめの政策である。それが、経済の空洞化を推し進める政策であるのはもちろん、同時に地方切捨ての政策である。超円高に、東京は耐えられても、地方はそうは行かない。「大阪維新の会」の支持者が多いのも理由があるのである。これらのメカニズムに気付かない、あるいは気付いても黙っている学者、報道しないマスコミも同罪である。20世紀初頭にかけて足尾鉱害と戦った田中正造が議会で質問したように、「亡國に至るを知らざれば之れすなわち亡國の儀」なのである。(1900年2月17日)

藤原正彦氏は『週刊新潮』の「管見妄語」(2012・2・26)で次のように以上の議論を巧みに要約する。経済学の専門家でない藤原氏に分かることが、どうしてエコノミスト、学者、政治家、マスコミに分からないのであろうか?

「しかし今最も責められるべきは、財務省や財界や政府というより日銀であろう。デフレ不況を十数年も放置してきた責任の大半は日銀にある。リーマン危機以来、アメリカはその貨幣供給量を3倍増やすなど米英中韓その他の主要国の中央銀行は猛然と紙幣を刷り景気を刺激した。日銀は微増させただけで静観を決め込んでいる。この3年間で円がドル、ユーロ、ウォンなどに対して3割から4割も高くなったのは主にこのせいだ。今すべきことは政府が数十兆円の札を刷り国債を買い、政府がその金で震災復興などを大々的に行い名目成長率を上げることだ。札が増えるから円安にもなる。工場の海外移転にも歯止めがかかる。ここ14年間、経済的困窮による自殺者が毎年1万人も出ている。日銀は動かない。」

本コラムの原文(英語:2012年6月15日掲載)を読む

2012年6月15日掲載

2012年6月15日掲載

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