ムーンショット型研究開発プロジェクト 科学者インタビュー

第1回「サイバネティック・アバターという『もう1つの身体』を通じて豊かな人生を送れる未来社会を目指して」

南澤 孝太
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授

インタビュイー

池内 健太
上席研究員(政策エコノミスト)

インタビュアー

第1回となる今回は、ムーンショット型研究開発事業の目標1「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」において、サイバネティック・アバターという自分の肉体とは別の身体を通して人々が自身の能力を最大限に発揮し、多様な人々の多彩な技能・経験を共有できる社会づくりを目指す「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」プロジェクトの南澤孝太プロジェクトマネージャー(慶應義塾大学大学院教授)から、プロジェクトの概要と研究に懸ける思いを伺うとともに、サイバネティック・アバターの普及によって社会はどのように変わるのか、展望を語ってもらった。

図1:コロナ禍前の信用力高低 vs. 延滞確率
プロジェクトの概要は下記リンクの資料をご参照ください。
https://www.jst.go.jp/moonshot/news/pdf/MS1_MinamizawaPM.pdf
プロジェクト:https://cybernetic-being.org

研究開発プロジェクトの概要

池内:
南澤先生の研究開発プロジェクトでは、どういったことに取り組まれていますか。

南澤:
Cybernetic beingという概念のもと、人がデジタルテクノロジーとつながることで、肉体に縛られた活動だけでなく、自身の能力を高め、キャラクターを変化させられる、もう1つの身体(サイバネティック・アバター)を持つ未来社会をつくることを目指しています。

触覚というのは人と人とのコミュニケーションや人と外の世界とのインタラクションにとって重要な感覚です。私は触覚から始まって身体全体に興味を持つようになり、現在は私たちが体で感じるようなさまざまな経験をデジタル技術で他人と共有したり、全くゼロから創造したり、人の体をさらに拡張したりするような体験をつくることに取り組んでいます。

テレイグジスタンスといって、自らの分身ロボットと感覚を共有することで、離れた場所で活動できる技術をわれわれは研究しています。テレイグジスタンス技術に始まるロボットアバターの世界はこの2、3年で一気に広がりました。例えば、介護施設に入所している高齢者がアバターを使って孫の結婚式に出席できたり、コロナ禍の中でも高齢者施設で面会できたり、子どもの出産に立ち会えたり、障がいを持っている人が分身ロボットカフェなどで働けたりと、新しい可能性が大きく見えてきました。

われわれがサイバネティック・アバターの研究で最も着目していることは、自分以外の自分になれるということです。例えばSNSでは、特に若い世代が人格や性格を変えて投稿していますし、いろいろなコミュニティに所属するときもあえて自分の特性を切り替えています。つまり、1人の人間は1つの存在ではなく、場所によって自分自身を変化させるようになります。それをアバターによって実現しようとしているのです。そうすると、もともとの自分とは違う自己を発現できたり、他の人との新しいつながり方が生まれるなど、個人の人生経験の多様性が広がると考えています。

そういった社会をつくることがムーンショット事業の目標であり、それを実現するために6つのグループが現在動いています。

1つ目が認知拡張のグループです。例えばアインシュタインのアバターでテストを受けると成績が実際に上がったり、黒人と白人を入れ替え白人が黒人の立場で差別を受けると、黒人に対する自分の価値観のゆがみに気付いたりするといった、自分とは違った行為を体験することで心が変わるという現象が起き始めています。このことは、これからのアバターのデザインを考えるに当たって大きなファクターになるでしょう。

2つ目が経験共有のグループです。1人が複数のアバターを同時に使うことで自身を同時に複数の場所に存在させることができます。そのときに、複数の身体で得た経験を自分の経験として統合するために、複数の身体感覚をパラレルに扱えるようにする技術の開発を試みています。

3つ目は技能融合のグループです。1つのアバターに複数人が入ることもできるので、例えば宇宙空間で1体のロボットに任務を課すときに、1人の人間で行うのではなく、複数の専門家が同時に入れば実現できることは増えるはずです。そうした多様な経験や技能をもつ人を集めることで、個人の限界を超えた技能を発揮することを目指しています。

他にも、身体的共創を実現するためのサイバネティック・アバター基盤を研究するグループや、アバター技術で障がいや高齢化などの社会課題に対するソリューションを共創するグループ、人々の身体が拡張されたときに必要となる社会制度や倫理観を検討するグループも現在動いています。われわれはサイバネティック・アバター技術を使って、多様な経験と技能を自在に流通・享受し、一生分をはるかに超える豊かな人生経験が得られる未来社会を構築して、2030年ごろにはコミュニティの在り方や働き方、生活の仕方を変えていくことを目指しています。

池内:
サイバネティック・アバターとAIロボットはどこが違って、どこが共通しているのでしょうか。

南澤:
一番の根本的な違いは、人にとってAIロボットは第三者で、アバターはあくまでも自分自身だという点です。専門的に言えば、アバターには身体所有感(body ownership)と行為主体性(sense of agency)があり、自分の体であるという感覚と、自分の意思で活動しているということが、アバターがアバターたる部分です。つまり、意思の主体を人間に持たせたいのがアバター的な考え方で、意思を人間から切り離して自律的に活動させたいのがAIロボット的な考え方になります。ですから、アバターを使って得た経験は自分の経験になるので、自分の中に記憶やスキルとして蓄積されます。われわれはその部分に価値を感じています。

池内:
そうすると、身体的な技能や経験の流通のようなものも可能になるのですね。

南澤:
そうですね。自分の経験や感じたこと、触った感覚などをデータ化して活用することで、肉体のスペックを超えたところでの体験が可能になります。そこで経験の流通が起これば、何かを教えたりトレーニングしたりするのにも役立ちますし、人と人との違いを知ることにも役立ちます。そうした技能や経験のデジタル化と流通は、サイバネティック・アバターの先に確実に起こるパラダイムだと思います。

プロジェクトの目標達成に向けて

池内:
目標達成に向けてどのような課題をクリアしていく必要がありますか。

南澤:
身体的な障がいに起因するものはアバターで解決しやすい部分なので、アバターを使うことで働いたり、学んだり、誰かと出会えるようにしたいですね。そして、自分だけではできなくても、別の人がサポーターとして入ればできることもあるので、人と人とのスキルの融合も含めて実現していくと、そういった助け合いがアバター上で可能になるでしょう。

それから、障がいにとどまらず、社会のいろいろなところで誰かの経験が足りないという場面があります。例えば離島で医師が足りないときに、アバターがそこにいれば必要に応じてオンデマンドで人のスキルを送ることができます。人の肉体と技能をあえて切り離すことで、社会全体に経験や技能を最適配分できるようになるのではないかと考えています。

池内:
そうなると、プログラムだけが重要で、生身の人間は要らないということになりませんか。

南澤:
われわれが「共創」という言葉をタイトルにあえて入れているのはそうならないようにするためです。人が人として創造性を発揮するには、アバターの行動を人間から切り離してしまうよりも、アバターを通じて人と人とをプラットフォームがあった方が社会としてのポテンシャルは高くなると考えています。一人ひとりののクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)だったり、社会のインクルーシブネス(包摂性)だったり、コミュニティとしての多様性や人々が協力する価値を最大化する方向をムーンショット事業では目指しています。

池内:
他者との関係性や他者の経験の追体験によって、差別やいじめがなくなるかもしれないというのは面白い視点だと思いました。

南澤:
誰か別の人の視点になるだけで本質的にその人の考え方や経験が分かるようになったり、技能伝承のようなものも職人さんの視点に入ってしまえば、一瞬でいろいろなものが理解できるようになるかもしれません。人同士がアバターによるネットワークでつながれば、経験や技能の流通によって自分ではできないことができるようにもなるでしょう。

実は、人格というものの定義についても議論しています。いろいろな人が一部を集めて1つの新しい人格をつくることも技術的にはできるので、それによって新しい価値観や可能性が生まれるかもしれません。そのときに人格はどうなるのかというのも哲学的な課題として残っています。

人文・社会科学の専門家に期待すること

池内:
プロジェクトの目標実現に向けて、人文・社会科学の専門家に期待することはありますか。

南澤:
サイバネティック・アバターによって人々が複数の身体を持つことによって、現在の社会制度の前提条件が変わる可能性があります。肉体に対する倫理観の変化、アバターの体に対する倫理観の培い方も含めて、我々が今後サイバネティック・アバターをどう扱うか、社会全体として考えていく必要があるので、大きな動きとしていろいろな方と取り組めたらと思います。それから、コミュニティとしての多様性を担保しつつ、アバターを介して繋がった人々が向社会的な意思決定ができるようにするには社会システムとしてどのような支援が必要になるか、アバターを使うことで個々人のもつ社会性やコミュニケーションにおける自己認知など「心」の部分がどう変わっていくのかという議論も、人文的なアプローチも含めてしていく必要があると考えています。

2021年9月30日掲載

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