中島厚志のフェローに聞く

第6回「中国の国際貿易の今後―貿易自由化の影響は」

本シリーズは、RIETI理事長中島厚志が研究内容や成果、今後の課題などについてRIETIフェローにたずねます。

シリーズ第6回目は、中国出身で国際貿易が専門の張 紅咏研究員を迎えて、中国を中心とする国際貿易のお話や、今後の研究の方向性などについて聞きました。

中国企業と輸出・直接投資

中島 厚志理事長 写真中島 厚志 (理事長):
張さんは国際貿易が専門ですし、中国のご出身なので、どのような中国企業や外資系企業が中国で貿易や投資を行っているかから伺っていきたいと思います。

ちょうど、張さんは「企業の所有形態と輸出・直接投資:中国企業の実証分析」(12-E-058)というディスカッションペーパーを書かれています。中国企業に焦点を当てた論文ですが、どういう分析をされたのでしょうか。

張 紅咏研究員 写真張 紅咏 (研究員):
RIETIの研究主幹である若杉隆平先生との共著論文で、分析の対象は中国企業の国際化です。中国企業の国際化に関しては、これまで輸出の観点から多くの分析がなされてきましたが、中国企業のFDI(対外直接投資)を決定する要因については、十分に分析されていませんでした。

2000年以降、国際貿易についての関心は国・産業レベルから、企業レベルの分析に深まっています。Melitzモデルをはじめとした今までとは異質な企業モデルが提唱され、生産性の高い企業ほど輸出とFDIを行うといわれてきました。確かにアメリカや日本の企業は、生産性が高いところほど輸出やFDIを行っています。しかし、中国企業のFDIに関しては、まだ理論的・実証的な枠組みでの分析はされていません。特に中国企業の場合は地場企業、国有企業、民間企業、外資系企業など、所有形態がさまざまですので、その違いが企業の国際化に与える影響について分析を行いました。

中島:
分析結果はどうでしたか。

張:
まず、国有企業は、生産性は最も低いのですが、優遇措置を享受しているため、国内市場に参入することはできます。しかし、実際に輸出やFDIを行うとなると、国際市場に参入して競争しなければならないので、やはり高い生産性が要求されます。これは民間企業についても同じことが言えます。民間企業は国有企業よりも生産性は高いですが、外資系企業よりも低いわけです。それに対して、外資系企業はもともと海外での販売ネットワーク、輸出の知識、ノウハウを持っているので、生産性が低くても輸出とFDIを行うことができるというのが主な結論です。

中島:
既に海外展開していて中国に入ってきた外資系企業は、必ずしも生産性が高いところばかりではないという結果ですが、どうしてそのような企業が中国から輸出やFDIをしているのでしょうか。このFDIというのは、対中ですか、対外ですか。

張:
まず、輸出の場合では、加工貿易に特化した外資系企業が結構多いですね。それらの企業の生産性は、現地販売を目的とした外資系企業のそれより低いことが先行研究によって明らかにされました。なぜなら、外資系企業にとって、輸出の固定費用は中国市場参入の固定費用より低いからです。ここでのFDIは対外です。FDIの場合だと少し複雑で、いつくかのパターンが考えられますが、たとえば、いったん中国に入ってからまた外に出るという形のものですが、実際は周遊型投資である可能性もあります。中国資本がいったん香港やタックスヘイヴンに出て登記し、外資系企業となって対中投資を行い、外資系企業に対する優遇政策を目当てにしているのかもしれません。

中島:
今、中国市場では外資系企業が輸出の半分を担っており、そのプレゼンスは大きいのですが、人件費も高くなってきていて、必ずしも輸出のプラットフォームとしてのみ中国を活用する状況ではなくなってきています。こうした動きは、理論と整合的なのでしょうか。それとも、中国では違う動きやFDIが起きているのでしょうか。

張:
おっしゃっる通り、確かに人件費の高騰により生産拠点を中国から東南アジアへ移転した外資系企業も出てきました。こうした動きは理論と矛盾はしません。理論からいえば、FDIが水平的FDI(貿易障壁の回避や輸送費用の削減を目的)、垂直的FDI(生産コストの削減を目的)、輸出プラットフォーム型FDIなどに分類されていますので、中国国内市場の拡大によって、水平的FDI、つまり中国の消費者に財の提供を目的とするFDIが増えています。また、対外FDIの場合では、サンプル数が少ないので一概には言えませんが、中国に投資した外資系企業が、いったん中国にアジアの拠点をつくり、カンボジアやベトナムなどに投資して、そこからまた他の国へ輸出している可能性はあります。実際、繊維産業などの労働集約型産業では、民間企業と国有企業は、ベトナムやカンボジア、アフリカなどに投資して、そこからアメリカやヨーロッパに再輸出しています。アフリカやカンボジアに対するアメリカの輸入割当を利用することを狙って進出した企業もあります。

中島:
そうすると、中国企業のFDIは、アメリカやヨーロッパ、日本への投資よりも、アジアの他の国やアフリカに投資する流れの方が大きいのですか。

張:
流れとしては両方あります。産業の特性によって、電子産業や機械産業は、先進技術の獲得を目的としてアメリカやヨーロッパに直接投資します。これは、いわゆるtechnology-seekingのようなFDIですし、繊維産業だとカンボジアやベトナム、あるいはアフリカに投資します。

中島:
繊維産業は、そこを拠点に現地で売るのですか。それとも世界に売るのですか。

張:
両方考えられますが、どちらかと言うと第三国への輸出が多い気がします。

中島:
ほかにも、中国企業のFDIの特徴として分析されていることはありますか。

張:
国際貿易の分野ではLearning by Exporting(FDI)、つまり輸出による学習効果という仮説があって、Learning by Exportingに関しては中国企業についても既に研究がありますが、FDIによって中国企業の生産性やパフォーマンスが向上したかはまだ十分に検証されていないので、それを検証する余地はあると考えています。

中国経済の人・物・金の流れ

中島:
中国企業の貿易、FDIについて聞きましたが、眼を転じて中国のサービス貿易についてはどのように見ていますか。

張:
統計によると、中国の財の貿易は世界第1位で、サービス貿易は2011年時点で世界第5位と、結構多いのです。第1位はアメリカでその次はドイツ、日本は第6位か7位ぐらいです。もちろん財の貿易の中に一部のサービス貿易も含まれていますが、財を輸送するとサービス貿易が発生するので、自ずとサービス貿易の量も大きくなるのです。

中島:
中国のサービス貿易は財の貿易に付随しているものが多いのですか。

張:
それも多いですが、財の貿易に付随していないものとしては観光や、日本企業をはじめ先進国の企業へ支払う特許権の使用料(ロイヤリティ)が結構多いです。

中島:
人の移動はどのように見ていますか。

張:
ここ数年、国際貿易分野において、人の移動は非常に重要になってきています。これまでも財は国境を越えて取引されていましたが、サービスを含む貿易の自由化に従って、これからは人の移動、つまり労働の国際移動も盛んになっていきます。労働力の一部分は、貿易と直接投資に追随して移動します。たとえば、財を輸出すると、現地で販売あるいはアフターサービスの提供に当たる労働者が移動します。これは直接投資も同じです。

中島:
どういう分野の人たちが移動しているのですか。IT、繊維、システムなどでしょうか。

張:
そうですね。日本の場合、在留資格には技術、研究、教育などたくさんありますが、2013年末には技術関連、理学や工学といった自然科学分野の従事者だけで外国人が約4万人いました。

中島:
それには企業の技術研修生も入っているのですか。

張:
入っていません。研究者も入っていません。4万人のうち、中国は約半分の48%を占めていて、インドは3000人ほどです。

中島:
中国の方々が多く従事されている分野は分かるのですか。

張:
詳細は分かりませんが、日本の場合、自然科学の技術者は欧米人よりも多いです。

中島:
そういう方々は、研究者も同じですが、中国に戻る人も多いわけですよね。特にアメリカから中国に戻る人が多いと思いますが、そういう人たちが今の中国企業の研究分野、あるいは大学での研究活動などを支えているのでしょうか。

張:
そうですね。研究分野だけではなく、企業家としてビジネスを起こして、貿易や直接投資にも貢献しています。実際、中国人の国際的なネットワークが国際貿易と対中直接投資の拡大にも寄与していることを実証的に示した論文もあります。

国際貿易の流れ

中島 厚志理事長 写真中島:
ここまで中国の貿易、FDIやサービス貿易の話を聞いてきましたが、国際貿易を理論的に調べている立場から、世界貿易全体の現状の動きをどのように見ていますか。

張 紅咏研究員 写真張:
財の貿易に関しては、関税はもう結構低い水準になってきているので、関税削減による貿易の拡大は限界に来ていると思います。ですから、今後はTPPをはじめとするハイレベルな自由貿易協定の締結、非関税障壁の撤廃、貿易ルールの統一などの努力が必要でしょう。それから、観光や教育などのサービス貿易が増え、知的財産権の保護により知的財産権取引がもっと盛んになると考えています。

中島:
物の貿易は物の貿易で広がってほしいのだけれども、日本の場合にはサービス貿易の拡大や非関税障壁を減らすことによる貿易拡大の可能性が、まだまだ見込めると考えられているように聞こえます。そういう見方でいいのでしょうか。

張:
そうですね。たとえば昨年、中国では上海自由貿易試験区が設けられ、貿易の自由化だけではなく、人や金の移動が全て自由化されました。そのような規制緩和あるいは経済特区の措置は必要だと思います。日本に関しても、同じようなことが言えるのではないかと考えています。

中島:
今、日本でも国家戦略特区を指定してビザの発給要件を緩和し、もっと自由に多くの海外の人が特区に来られるようにしようとしています。また、非関税障壁をなるべく下げて、高度な人材が日本に来られるようにしたり、金融ビジネスなどをもっと広げられるようにしたりするという話が一部動きだしています。それは国際貿易あるいは世界貿易の動きの中で、十分に有効なやり方だと言えますか。

張:
政策の効果を見るには時期尚早かと思いますが、第一歩としてはいいのではないかと思います。財の貿易と金や人の移動は全部つながっているので、一体化して進めていくことが大事だと考えます。

中島:
専門の立場から見ると、まだまだ日本はバリアが大きいですか。また、気になるバリアはありますか。

張:
そうですね。日本市場は先進国の中ではまだまだバリアが高い方だと思います。日本は、ビザの審査や人の移動に関して厳しいですね。また、法人税率が他の先進国よりも少し高いです。

今後の研究について

中島:
いろいろ伺ってきましたが、最後に張さんのこれからの研究について伺います。今どのような方向での研究に関心があるのか、教えてください。

張:
国際貿易の中で中国は大きなシェアを占めているので、中国のデータを用いて貿易と直接投資の分析をさらに進めていこうと考えています。特に、世界貿易の中での中日貿易、中米貿易に関連した分析を進めていきます。

中島:
日本で研究されていて、中国に関連するデータは十分に集まるのでしょうか。

張:
最近、中国製造業の企業レベルデータ、通関データなども利用できるようになりましたので、10年前と比べると格段に研究環境は良くなりました。日本の場合はいまだに通関データは使えませんが、中国の場合、企業がどの国にどの財をどんな価格で実際に輸出しているかが全て分かります。

中島:
日本の貿易統計は、個票は閲覧できないのですが、むしろ中国の方が統計データが使いやすいということでしょうか。

張:
日本の場合、企業かつ財レベルの貿易統計は公表されておらず、内部使用もできません。財レベルまで分かりませんが、経済産業省『企業活動基本調査』および『海外事業活動基本調査』の個票データは、日本企業の輸出入とFDIを分析するには大変有用です。

中島:
張さんには、サービス貿易の進展や障害などに関して、中国についてだけではなく、日本についても同じように研究を広げてもらえればと思うのですが。

張:
そうですね。今のところは中国の研究に重点を置いていますが、できるだけ中国と日本、中国と外国のつながりに注意を払いながら、分析を進めていきたいと思います。

中島:
ところで、張さんはもともとどういうきっかけで国際貿易の研究を始められたのですか。

張:
私は中国の大学を卒業後、日系企業の現地事務所で4年間ほど働いていました。そのときに日本の商社の貿易実務に携わって興味が湧いて、留学して大学院で国際貿易の研究をしようと思ったのです。

中島:
張さんは実務経験もあって、研究もしていて、理論も分かっていて、しかも中国のデータはもちろん日本のデータも十分に処理できるということで、鬼に金棒ですね。今後は日中間あるいは中国の国際貿易関係についての分析を進め、日本にも研究の枠を広げて、日中両方に関係する貿易分野をさらに深めていくというような感じですか。

張:
そうですね。

中島:
今後の研究を大いに期待しています。どうもありがとうございました。

全体写真
2014年9月11日開催
2014年10月16日掲載

2014年10月16日掲載