中島厚志のフェローに聞く

第5回「社会保障財政の将来――RIETIの研究でできることは」

本シリーズは、RIETI理事長中島厚志が研究内容や成果、今後の課題などについてRIETIフェローにたずねます。

シリーズ第5回目は、RIETIの「くらしと健康の調査(JSTAR)」でも中心となって調査・研究を行っている中田大悟研究員を迎えて、社会保障の問題点、今後の研究の方向性などについて聞きました。

社会保障財政に興味を持った経緯

中島 厚志理事長 写真中島 厚志 (理事長):
中田さんは今、社会保障財政や貧困化の研究をしていますが、ここに研究の焦点を当てられた経緯と、具体的にどういう研究をやっていらっしゃるのか教えてください。

中田 大悟研究員 写真中田 大悟 (研究員):
随分昔の話になりますが、経済学をやり始めた大学院生の時期は、内生的経済成長理論がはやっていたので、マクロ経済の理論に興味を持って勉強していました。しかし、経済学というのはやはり政策科学ですから、もっと政策に現実的な応用が示されたような研究をしたいなと思い、厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所に突然飛び込んで、手伝わせてくれとお願いして、そこから社会保障財政の研究を始めました。

社会保障は論争の的でしたし、理論の世界で勉強しながらも、もう少し人間の生活に密着した分野を研究したいという気持ちがあったので、社会保障制度を1からまた勉強し直しました。

当時もいろいろな経済学者が、年金改革に関して提言をしていましたが、現行の制度やこれからなされようとする改革の内容を批判する経済学者が多かったのです。しかし、良い点も見えてきたので、経済学のツールを使い、冷静に分析できればと思い始めて、この世界にどっぷり漬かっていきました。

賦課方式と積立方式

中島:
経済学の視点から社会保障や年金を見たときに、唯一これが正しいというものがあるのでしょうか。それとも、それは組み合わせの問題で、少子高齢化などの社会の人口動態に応じて違うのでしょうか。

現状の日本の年金制度は賦課方式ですが、積立方式にしなければ持たないのではないかという議論もあります。あるいは、最低保障年金のような形で、スウェーデンのような改革を志向するのか。その中で「これが正しい」と言えるものは何か出てきますか。

中田:
社会保障制度において、唯一無二の最善の回答というものはないと思います。ただ、原則として、こういう社会保障制度にはこういう効果・影響があるということは、経済学で明確に言えると思います。たとえば、積立方式の年金は資本深化につながり、それが長期的な経済成長・厚生に寄与するという考え方は、理論的には非常に明確だと思います。

ただ、経済学による社会保障の分析では、気を付けなければいけないことがあります。われわれ経済学者は、白地に絵を描くような改革案や制度案をつい考えがちです。モデル分析をする際には、物事を可能な限り単純化し、効果を明確に描き出すことが経済学の作法ですが、現実の制度改革の議論では、リソースの制限や制度的な制約の中で解を見つけ出すという作業が必要になります。その間のギャップは常に考えて議論しなければいけないと思っています。

中島:
日本の年金は賦課方式でありながら、今、払っている保険料は自分に返るのではなく、今、年金を受給している人たちに資金として渡っていくにもかかわらず、大変巨額な準備金があります。そのやり方は、今の状況ではそれほどおかしくなかったといえるのでしょうか。

中田:
日本の年金制度は、現実との妥協と適応の中で生まれてきた修正積立方式なのです。もともと日本の年金は、戦前の1941年に政府の戦費調達のために積立方式でスタートしました。積立方式の場合、制度導入後すぐに給付は発生しないので、戦費調達には良かったのだろうとは思いますが、戦後それが崩壊し、徐々に賦課方式へと移行していくわけです。その過程において、完全な賦課方式よりも少し高い保険料を課していたので、積立金が積み上がったのです。

今から思えば、もっと速いペースで保険料を上げ積立金を積み上げれば、将来の負担がより軽減されたという考えもあるかもしれませんが、高度経済成長期、日本がまだそれほど豊かでなかった時代に高い保険料を課すのは、政治的になかなか難しかったのです。それでも少しずつ高い保険料を課してきたので、今の積立金があるということです。

中島:
ただ、近年その積立金は取り崩されています。少子高齢化が進んでいく中において、今の保険料では十分ではないのでしょうか。

中田:
これは2004年改革のときのフレームワークで決まっていることですが、積立金の取り崩しには、想定内の部分もあります。団塊世代への給付が始まれば、給付額が急激に伸びていくことは事前に分かっていたからです。ただ、そのペースが少し速いのではないかという危惧は当然持ってもいいと思います。ペースが速まった理由には、運用収入の乱高下が非常に激しかったことや、雇用の枠組みが非正規の方に非常に偏ったことなどがあり、その分を想定に織り込んでいなかったのではないかという危惧は持つべきだと思いますが、ある部分までは想定内だと思います。2004年の改革では、積立金はもう少し積み上がる計画になっていますが、その計画にうまく乗せることが大事だと思います。

最低保障年金をどう見るか

中島:
最低保障年金の考え方も出てきていますが、これと生活保護は、結果として高齢者がお金をもらうという意味では違いはないにしても、制度としては違います。最低保障年金についてはどのように考えていますか。

中田:
私は、制度の歴史的経緯に依存して、最低保障年金制度を選択できるかが決まると思っています。たとえば、全額国庫負担の基礎年金を導入していた国は、最低保障年金に移行しやすいので、無理のない話だと思っています。

中島:
日本は基礎年金の国庫負担を3分の1から2分の1にしたところですね。

中田:
そうですね。ただ、基本的には基礎年金(国民年金)は社会保険としての年金制度ですので、これを最低保障年金に転換するには、移行期間にかなり余裕を持たなければいけません。社会保険の年金給付は拠出の対価ですから、財産権の発生を伴います。そのため、財政が厳しくなったという理由で、政府が事後的に給付をカットすることは容易ではありません。従って、過去に払ってもらった保険料に対応する年金は、今後も給付し続けなければなりません。今20歳の人たちが払った保険料に対応する給付は、その後60年程先まで続くわけですから、そこから先でないと、真っさらな形で全額税方式の最低保障年金に移るのは難しいのです。

中島:
今のところは、基礎年金給付の半分は保険料拠出に対応したものなので、年金受給年齢になったときに所得が相対的に高いという理由で給付額がカットされるのは、理屈に合いにくいところがあるということですか。

中田:
そうです。ただ、税制でそこに対応することはできると思います。年金課税は今随分緩やかな制度になっていますが、高額所得者の方もしくは資産のある方に、給付した後で何らかの形の税で回収するやり方があると思います。税制との一体改革を考えたときには、むしろその方が議論しやすいのではないかと思います。

中島:
ただ、基礎年金を全部税金で負担すれば、色合いとしては生活保護とあまり違いませんよね。

中田:
理屈はかなり近寄っていきます。だからこそ、現行の社会保険としての基礎年金給付と税の給付は、性質がかなり異なるものだということは、改革の中で議論しなければいけません。モデルの中では社会保険料も税も変わらないので、経済学者はそこを混同しがちですが、制度としてはやはり違うと考えなければいけないと思います。

将来の財政を見通す

中島 厚志理事長 写真中島:
社会保障については、どのような研究をしているのでしょうか。

中田:
いろいろなことを手広くやっています。1つは社会保障財政の将来のプロジェクションです。これは厚生労働省が本来やっていることですが、経済学者の立場からも、もっと多様なシナリオを描いて、将来の社会保障の財政面を見通すということです。

中島:
それは経済モデルを作ってシミュレーションするのですか。

中田:
2通りあります。厚生労働省がやっているような保険数理、年金数理のようなやり方で将来をプロジェクションするもの。もう1つは経済学のモデルを使うもので、たとえば世代重複モデルのような一般均衡モデルを使ってシミュレーションするものです。

これには一長一短あります。前者は複雑な制度をモデル内に反映させて推計できますが、制度が変わると人や企業の行動が変わるというインタラクションは反映しにくいという欠点があります。後者はそういう面が反映できますが、デメリットとして、本来は複雑な制度を簡単にしてモデルの中に入れるしかなくなるので、そこから導かれるインプリケーションの解釈では、そのことを常に意識しなければいけません。

中島:
要するに、前者は、ある負担のもとでどのような給付が可能となるか、もしくはその負担をどのような給付に結びつけることができるのかという制度の具体的な仕組みが示しやすく、後者は、少子高齢化や低成長の中で、どのような社会保障の需給状態が考えられるかが見えてくるということですね。

中田:
そうですね。いずれの手法でも改革の方向性を検討することができます。ですが、これはお互いに補完しながらやり合うものだと思います。また、保険数理や年金数理のモデルの分析は、RIETIで研究するメリットだと思います。厚生労働省はやはり行政として責任のある立場ですから、不用意に議論を巻き起こすような推計結果は、心情としてなかなか出しにくいものがあると思います。しかし、われわれは学術的な面から見て、多様なシナリオを国民に提示することができるので、果敢に柔軟な視点から推計結果を出すことができます。そこがわれわれのメリットだと思います。

年金受給者の貧困率が高いのはなぜか

中島:
なるほど。では、貧困の方はどういう関心で研究されているのでしょうか。

中田:
実は今、日本の相対的貧困率は、OECD諸国の中でも非常に高いことが知られています。相対的貧困率というのは、日本の全世帯の所得の中央値のさらに半分以下の所得しかない人たちの割合です。等価処分所得という測り方で、年間約112万円以下の所得の人がそれに当たりますが、人口全体の約15%、高齢者に絞ると20%を超える人たちがその範囲内に入ります。

中島:
OECD諸国といっても、アメリカやドイツなどの先進国以外に、最近入ったメキシコやトルコなどもあります。そうした国々と比べても日本は高いということですか。

中田:
日本の方がもう少し低いのですが、そこに伍するぐらいの高さです。

中島:
所得水準ではなくて、相対的貧困率のパーセンテージが高いということですね。

中田:
そうです。ですが、考えてみれば、高齢者の方は社会保障給付を受ける側ですから、所得再分配の恩恵を受ける側の人たちが現役時代の貧困率よりもさらに高くなっているというのは不思議なことです。

また、高齢者に限らず、一人親世帯では50%以上が貧困世帯といわれます。これはOECDでほぼトップの水準で、アメリカよりも上だといわれています。このような状況は、何かが間違っています。たとえば、GDP比で見れば、日本は高齢者に対してそれなりの給付を行っています。先進国の平均レベル並みです。しかし、貧困率では非常に高い水準なのです。これはなぜだろうというところが、私が貧困の研究を始めた経緯です。

中島:
確かに奇妙ですね。それについて、今どのような見解を持っているのですか。

中田:
まだ研究を始めて間もない段階ですが、日本の年金制度は、貧困の脱却機能はそれなりに果たしてはきたけれども、実は高齢者の自助努力に負うところが非常に大きかったのです。

JSTARのデータ分析からも、高齢者が自助努力で生活を維持しようとされていることが見えてきています。つまり、高齢者であっても労働供給を行う、働くということです。

中島:
これは諸外国でもそれほど違わないような気もするのですが。

中田:
諸外国でもそれなりに見られる現象ではあると思います。ただ、日本では年金給付が貧困に陥らないための資力としてかなり弱いというのは、間違いなくあると思います。これは日本の年金制度の過去の経緯に由来しますが、1986年に国民年金を基礎年金という形に改めました。そのときに、国民年金は国民の老後の生活の基礎的な支出を賄うものだという概念に置き換わりましたが、そもそも国民年金は厚生年金と対等な関係で作られた年金だったので、今でも、低所得で保険料が減額・免除された国民年金の加入者は、それに相応して給付も減額されるシステムになっています。

中島:
所得がなくて年金保険料が減額や免除になることは悪いことではないのですが、同時に受給額も少なくなってしまうということですね。当然といえば当然でしょうが、このことを意識していない人々も多いのではないでしょうか。

中田:
そうです。たとえ夫婦2人そろって国民年金を受給したとしても、現役時代に免除や未納の期間があれば、その分、国民年金はしっかり減るので、基礎的な生活を賄う財源としては、はなはだ心もとないものになります。

日本の家庭向け給付は最低レベル

中島:
ところで、一人親世帯の貧困率が高いというのは、どういう背景なのですか。

中田:
現物給付も現金給付も手薄だからだと思っています。まず、保育の面が不足しています。前政権では、月額2万6000円の子ども手当を払う約束をしていましたが、それが頓挫して児童手当に戻り減額されています。本来であれば教育バウチャー(補助金)がそこに充てられてもいいはずですが、それも非常に手薄であるという面が非常に影響しています。

GDP比で見ると明らかですが、日本の家庭向けの給付は、先進国の中で最下位レベルの1%以下です。それしか割り当てられていない現実が影響していると思います。

中島:
それは、財政の制約が大きいので、身動きがなかなか取りにくいことも関係しているのでしょうか。

中田:
財政の制約もあるとは思いますが、むしろ政策の意思決定が高齢者の方に向き過ぎていたのではないかとは思います。家族や子ども、ないしは子育て世帯を社会的に支援するために、政府が積極的に介入して何らかのゆがみを正すというよりも、むしろ右上がりの経済状況の中で、支援の不足分を家族間の扶養や企業内の努力に負わせてしまうところが非常に大きかった。そこに押し付けてしまった結果が、今の少子化にそのままつながっているし、一人親世帯の貧困につながっている。会社内の福利厚生のフレームの中にうまく入った人や、家族が地域内で一緒に住んでくれる状況にとどまれた人は良かったかもしれないけれども、都市部などに単身で移転して、シングルファーザー・シングルマザーになった方などは、何の支えもなくそのまま流されてきたのだと思います。

年金財政の具体的改正案を示す

中島:
社会構造が変わってきたことに、社会保障の仕組みが追い付いていないということですね。社会保障については、しかるべき数字を踏まえて、改革の方向性が検討されなければなりません。

中田 大悟研究員 写真中田:
今まさに社会保障制度改革国民会議が実施されていて、今の政権下で将来的な改革の枠組みを提示することになっていますが、具体的な議論が進められていく段階だと思っています。政策形成に寄与する研究所の中にいる者としては、やはり具体的な改革案に寄与するアウトプットを提示していかなければいけないと思っていますので、年金財政の将来推計を使った具体的な改正案を世の中に示していきたいと思います。

それから、社会保障制度は人々の行動に非常に大きな影響を与えます。当然、われわれ労働者の働き方にも影響を与えますが、同時に企業にとっても非常に重要な要素です。社会保険料の約半額は事業主負担です。つまり人件費ですから、企業もものすごく注目していると思います。ところが、社会保険料の変化や将来の負担の見通しに対応して、企業がどのように行動を変化させるかということは、今まであまり研究されてきませんでした。そうした面に関して、RIETI内に研究プロジェクトを立ち上げて、検討していきたいと思っています。

社会保険料を課すことが、人々の働く場を奪うことになるのか、はたまたそれとは全く無関係に人々の労働する場は確保されるのか、もしくは賃金の圧迫要因になるのかといった面も含めて、包括的に分析したいと思っています。

加えて、やや基礎的な研究になりますが、社会保障セクターが経済の中でどういう役割や機能を果たしているのかをマクロモデルを使って示していきたいと思っています。一般の方は、社会保障は所得再分配の部門であって、それが経済の成長に寄与するとか、人々の経済全体の厚生の拡大にプラスに働くという目で見ているとはなかなか思えません。

中島:
そうですね。社会保障費は100兆円もの支出規模があって少子高齢化も進んでいるので、医療や介護は成長産業だという言い方がよくされる一方で、その増え方は大きく、財政収支の最大の圧迫要因にもなっている。では、そのプラス・マイナスは一体どういう形になるのかというのは大事なところですね。

中田:
はい。その意味で、厳密なマクロモデルを使い、社会保障部門の拡大は、われわれの経済の厚生にとってプラスかマイナスか、その条件は何かを探究するモデルを作りたいと思っています。高齢化すれば当然医療に対する需要は拡大するので、そこにサービスを提供するためのセクターを何らかの形で政府が整備するというのは、直感的には正しいことだと思うので、それをモデルの面から明らかにしたいと思っています。

JSTAR(くらしと健康の調査)整備の意義

中島:
RIETIでは、中田さんも中心の1人となって、JSTAR(くらしと健康の調査)でアンケートによる膨大なデータ蓄積をしています。JSTARという大変大きなデータベースが整備されている意義について教えてください。

中田:
JSTARは、RIETIのファカルティフェローで東京大学教授の市村英彦先生が中心になって進めているプロジェクトです。世界十数カ国で取られているデータと比較可能な姉妹調査として取られているデータです。日本は高齢化の先進国で、世界は日本がこの局面にどう対応するかをつぶさに見たいと思っています。その情報を提供する基礎資料にも使えます。また、今まで日本の社会保障政策でやりたくてもなかなかできなかったことに、エビデンス・ベースドな政策議論がありました。家計の詳細なマイクロデータを取り、しかも追跡調査でフォローし続けることによって、エビデンス・ベースドな給付の改正の在り方を議論することができます。何が原因で貧困に陥っているのか、今までは細かい検討ができず、ある程度類型化して、母子世帯であるから、障害者世帯であるからというタグ貼りをして議論していました。しかし、考えてみれば母子家庭だから、障害者だから、必ずしも貧困になるわけでもありません。そこで、何が原因なのかを細かいデータで検討することで、どういう給付を設計すれば人々が貧困に陥らずに済むのか、という議論の材料になります。

現時点では10都市で7000人弱の方々にご協力いただいています。地元自治体の方にも協力していただいていて、たとえば、医療保険、国民健康保険などの受領履歴なども提供していただいています。

これを2年ごとに同じ方のところへお伺いして、変化をお聞きしています。

浮かび上がる「引退」の実像

中島:
それによって、どういうことが分かってきたのでしょうか。

中田:
蓄積されているのは3回目調査までですが、たとえば、人々の労働の引退の仕方です。入社して定年まで働いて、定年後は引退すると考えられていますが、実はそういう単純な労働の参入退出ではなく、人々は労働の量や質を変化させながら、グラジュアルに引退しようとしているという実像が浮かび上がってきています。

中島:
60歳になったらぴたりと完全に引退してという人は少ないのですか。

中田:
はい。何らかの形で労働を行っています。そういうことは追跡調査をしていかないとなかなか分かりません。徐々に引退されることもあれば、いったん引退された後、また戻ってこられる方もあります。そこにはさまざまな要因があります。

中島:
健康との関係で見ると、60歳を過ぎて働いていらっしゃる人は元気だから働いているような気もするのですが、明らかに何らかの関係はあるのですか。

中田:
過去の分析でも少し見解が分かれているのですが、これからJSTARの蓄積が進むと、より明確になってくると思います。ただ、健康だから働く、そして働くから健康になるという両方のインタラクションがあるのは間違いないと思います。それがどういう人たちに、どういう方向で効いているのかは、もう少しデータの蓄積が必要だと思います。

中島:
2年ごとに同じ人に聞くことにより、何年もたつとそういうことが見えてくるということですね。

中田:
そうですね。単年だけではなかなか見えてきません。相関関係だけを見て、働くと元気ということになってしまいます。

RIETIが果たす役割

中島:
最後に、RIETIでそのデータベースを維持している意義について教えてください。

中田:
JSTARは個人の情報を分析するものなので、営利主体ではなく、公的な主体で情報をしっかり管理しながらデータを蓄積することが大事だと思います。RIETIは独立行政法人なので、その面では皆さんに信用していただけると思います。JSTARの調査項目には、経済的な指標、健康の指標、家族関係などいろいろな指標があります。そういう多様な項目を、これまでの政府統計のような役所の観点からというよりも、分析する側の観点から、アカデミックな議論を踏まえて調査を設計し実行に移せるのは、アカデミズムと政策の橋渡しをしているRIETIだからこそできる話だと思っています。

RIETIは、世界的にも日本の著名な政策研究機関として知られています。われわれは、個人情報が漏れないように、秘匿する形でデータを整理した上で、日本だけでなく海外の研究者にも調査・研究のためにデータを提供しています。今、国内外で80名前後の研究者が研究しています。たとえば、ハーバード大学やペンシルベニア大学、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン、世銀、OECD、NBER(全米経済研究所)といった機関の研究者にもデータを提供して分析していただいています。

中島:
日本の中でわれわれの現状がどう分析されて、どうすれば良くなるのかということだけではなく、世界の主要国との比較においても、どういう点に特徴があるのか、あるいはどういう方向に持っていけばいいのかという視点も出てくるということですね。

中田:
そうです。当然、日本の非常に優秀な研究者の方々も同時に分析を進めてくださっていますが、海外の方と日本の研究者の共通の分析の材料として、お互いにディスカッションできる日本国内の家計データとしては、間違いなくJSTARが初だと思いますので、RIETIも可能な限り継続的に協力していければと思っています。

中島:
今日はどうもありがとうございました。

全体写真
2013年5月24日開催
2013年7月11日掲載

2013年7月11日掲載