第38回

開発援助の直接投資誘因効果-重力モデルによる推計

木村 秀美
研究員

開発援助の効果に関するさまざまな研究が行われている中、木村秀美研究員は、東京大学新領域創生科学研究科准教授(前・青山学院大学国際政治経済学部助教授)戸堂康之氏と共に、開発援助の直接投資促進に果たす役割に焦点を絞り、実証分析を進めてこられました。この研究成果は、2007年3月に発表されたディスカッションペーパー「開発援助は直接投資の先兵か? 重力モデルによる推計」(英文オリジナル"Is Foreign Aid a Vanguard of FDI? A Gravity-Equation Approach")にまとめられています。RIETI 編集部では、この研究の背景、推計結果、日本の援助政策への含意などについて木村研究員に伺いました。

RIETI編集部:
今回のご研究では開発援助が直接投資に与えるインパクトに関して、それらの先行研究を拡張し、新たな分析を提起しておられますね。この研究の背景についてお聞かせください。

木村:
国の成長には、資金フローが非常に大切です。開発援助も直接投資も開発途上国にとって重要な資金フローです。しかし、開発援助が数十年にわたって、莫大な金額の規模で行われているにも関わらず、経済成長に直接的に与える効果ははっきりとわかっていません。計量経済学的にはさまざまな研究が行われていますが、明確な効果が見いだせないということです。開発援助が経済成長に与える直接的な効果が明らかではない一方で、国内投資、物理的なインフラ投資、あるいは海外直接投資を誘引することにより開発援助は間接的に被援助国の経済成長を高める可能性があります。そこでもう1つの資金フローである直接投資についてみてみると、直接投資は、投資相手先国の教育レベルや技術レベルなどの条件に依存しますが、経済成長に正の効果を与えるという実証分析が多く出されています。したがって、経済成長に正の効果を与える直接投資を呼び込むことがわかれば、開発援助は成長に対して間接的に正の効果をもたらすといえるのではないかと考えました。

同じアイデアに基づいて先行研究が行われていましたが、受け入れ国毎にすべての援助とすべての直接投資のデータを合算していました。そして、結果は援助が直接投資を呼び込むかどうかはわからないというものでした。しかし、直感的にそれは違うのではないかと思いました。情報などの伝達や政府間関係の構築などにより、あるドナー国からの援助は、第3国からの直接投資よりも、そのドナー国からの直接投資をより呼び込むと考えたほうが自然だからです。具体的には、日本の援助と直接投資を考えてみると、日本の援助は日本の直接投資を呼び込むかもしれないが、ドイツの直接投資を呼び込むとは限らないと思ったのです。ですから先行研究ではっきりした結果が出ないのは、データを合算していることにあるのではないかと考え、私たちはこれを分解することにより、新しい試みを行ってみようと思ったのです。そして計量分析の結果によれば、私達の直感は、すべての国にあてはまるものではなく、日本にのみあてはまるということがわかりました。

RIETI編集部:
この論文の最も大きな貢献は何でしょうか。また、日本の開発援助には、他の援助国には見られない効果、「先兵(バンガード)効果」があることが論じられていますが、図2(主要5援助国のセクター別援助の割合)[PDF:440KB]で明らかなように、日本は経済インフラ向けの援助が他国より多くなっています。これらの差異は援助効果の違いにどのように結びついていますか。

木村:
先行研究では、すべての援助国からの総援助額をインフラ向け援助とノンインフラ向け援助の2つに分解し、その効果をインフラ効果とレントシーキング効果に区別するところまではなされています。本稿では、3つめの効果としてのバンガード効果の有無について検証するために、同じ出し手と受け手の国のペアのデータを使用することにより、ある特定の援助国からの開発援助が同じ国からの直接投資に与える効果を推定しています。よって本稿の主要な貢献は、開発援助の直接投資に対する3つの効果を分解したことにあります。

私たちはまず、援助の直接投資促進効果に関し、援助国別の違いはないと仮定した上で推計を行いました。その推計結果を要約すれば、一般的には、援助は相手国の経済・社会インフラを提供することにより直接投資を促進することはなく(すなわち、インフラ効果はない)、相手国のビジネス環境についての情報を提供することにより直接投資を促進することもなく(バンガード効果はない)、また、非生産的なレントシーキング活動を活発化させることにより直接投資を減退させることもありません(レントシーキング効果はない)。

しかし、援助の目的、方法、資金の出し方は援助国によってかなり異なるため、この仮定が成立しない可能性があります。そこで、次のステップとしてこの仮定を緩め、ある特定の援助国の援助には他国からの援助とは異なるインフラ効果、レントシーキング効果、バンガード効果があるのかを検証しました。インフラ効果、レントシーキング効果については、いずれの援助国からの援助も直接投資に対して5%有意水準では有意な効果を持たないことがわかりました。経済インフラ向けの援助が多い日本の援助が、もしインフラの整備という理由で民間企業の直接投資の呼び水となっているとすれば、日本からの直接投資だけではなく、その他の国からの直接投資も呼び込むはずです。しかしそのような効果は計測されませんでした。そして、私たちはさらに絞り込み、主要5援助国からの援助がそれぞれの国からの直接投資を促進する効果(バンガード効果)について推計したところ、日本のインフラ向け援助には正のバンガード効果があることがわかりました。つまり、日本からのインフラ向け援助は日本からの直接投資を促進する一方、その他の国からの直接投資には効果を持たないという結果が得られました。

RIETI編集部:
開発援助と直接投資をそれぞれ出し手と受け手の国のペアにして推計なさっている点に関連してお尋ねします。分析の対象となっている1995年から2002年は、日本からの開発援助および直接投資の受け手には東アジアの国々が多く、ドイツ、フランス、英国、米国の受け手には中南米、アフリカ諸国もかなり含まれています。これらの地域間の直接投資の伸びに関する相違は分析結果に影響しているのでしょうか。

木村:
分析の対象としているのは1995年から2002年ですが、元々のデータは1985年から2002年までをストック化して用いています。1985年からのFDI(外国直接投資)の地域別傾向を見てみると、東アジア向けも増加していますが、ラテンアメリカや中・東欧などへの投資も増えており、また本稿の分析には関係ありませんが、先進国間でも物凄い勢いで増加しています。このようにこの時期の直接投資は、全世界的な増加傾向だったことがわかります。また97年のアジア危機以降、アジアへの投資は減少していますが、これはアジア地域に限ったことではなくその他地域もともに減少しています。また2001年以降はサブサハラアフリカ向けの投資が急激に増えました。このような状況から考えると、地域による違いが特に大きいとは思えません。参考までに、主要援助ドナー国7カ国(日米英独仏蘭スウェーデン)からの発展途上国向け直接投資の地域別グラフをご覧ください。

主要援助ドナー国7カ国(日米英独仏蘭スウェーデン)からの発展途上国向け直接投資の地域別グラフ

データ:出典はOECD Direct Investment Statistics、計算は筆者による。
地域は世銀による分類:EAP(東アジア、太平洋)、EUCA(東欧、中央アジア)、LTA(ラテンアメリカ)、MDA(中東、北アフリカ)、SA(南アジア)、SSA(サブサハラアフリカ)

この推計では、二国間の貿易に関する計量分析にしばしば用いられる重力モデルを採用しています。具体的には、投資国と投資相手国の経済規模、相対的技術レベル、地理的距離など直接投資に強い影響を及ぼすとされている変数を含めて分析を行っています。また、援助とGDPなど互いに相関していると思われる変数を同時に説明変数として使う際には、その内生性を取り除くことが大切で(この内生性がある限り分析にはバイアスがかかります)、システムGMMという手法を用いることにより、内生性を除去しています。

RIETI編集部:
このご研究の成果が日本の援助政策にどのように反映されることをお望みでしょうか。

木村:
私たちの実証結果は、その他の国の援助と比較して日本の援助には際立った特徴があることを強調しています。ここで残る疑問点は、なぜ日本の援助は特殊なのかという点です。日本の援助の特徴に関するいくつかの議論を紹介すると、日本は貿易国家として、貿易相手国、とりわけアジア諸国の経済発展を促進する一助となることが日本自身の利益であるという考え方や、日本は官と民の間に緊密な協調関係があり、1980年代半ばから日本の援助の主要な目的は日本の直接投資の促進にあったという議論、そして被援助国の経済を発展させるために日本の直接投資と貿易およびODAを結びつける「三位一体型」ODAを提唱する経済官庁と民間セクターの連携などがあります。

私たちは、援助のバンガード効果は主に、(1)官と民の間の情報交換による被援助国のローカルな状況の伝達、(2)日本政府が援助を提供するという事実そのものが、民間企業が主体的に判断する被援助国のカントリーリスクを低める、つまり「準政府保証(quasi government guarantee)」のようなもの、(3)まず援助により日本の規格やビジネスルールを持ち込み、民間の直接投資が行われやすいようにすることなどによりもたらされるのではないかと考えていますが、これに限らず他にもあるかもしれません。

最初に述べたように開発援助は何十年にもわたって、莫大な金額の規模で行われているにも関わらず、経済成長に与える直接的効果ははっきりとわかっていません。また、グローバリゼーションの進展や、海外からの直接投資を多く受け入れた中国やインドが急速な成長を遂げていることから、最近の議論では開発途上国に対する民間資金フローの重要性が認識されています。その点からすると、日本の援助は、経済成長につながる可能性のより高い民間資金を呼び込むことにおいては「よい援助」といえるでしょう。ただ、これが開発途上国の貧困削減のためではなく、日本の民間企業および日本経済のための援助であると解釈される可能性があり、それは日本にとってはあまり好ましいことではありません。その点について、日本政府はより直接的な貧困削減に通じる援助も同時に行い、それを積極的に伝えていくことが大切になるでしょう。経済成長と貧困削減が同時に達成されることが非常に重要だからです。本論文では、日本の援助が日本の直接投資を呼び込むことは検証できましたが、残念ながらその直接投資が経済成長につながることまでは実証されていません。この点については、将来の研究課題として残されています。

取材・文/RIETIウェブ編集部 木村貴子 2007年4月10日

2007年4月10日掲載

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