第26回──RIETI政策シンポジウム「中小企業のライフサイクルと日本経済の活性化」直前企画

起業家活動の活性化に必要な取り組みとは?

安田 武彦
ファカルティフェロー

RIETI政策シンポジウム「中小企業のライフサイクルと日本経済の活性化」では、日本の中小企業における参入、退出・再生、事業承継というライフサイクルに着目し、これまで用いられていなかった企業レベルのデータを基に、この過程を実証的に明らかにすることを通じて、活力のある中小企業の創出に向けた道筋を示します。本コーナーではシンポジウム開催直前企画として、安田武彦ファカルティフェロー・東洋大学経済学部教授に、日本の創業活動をいかにして上げるか、シンポジウムの見どころ等についてお話を伺いました。

RIETI編集部:
2002年から2004年まで中小企業庁において「中小企業白書」をとりまとめられたそうですが、この時期の中小企業にとっての最も大きな課題は何だったのでしょうか。

安田:
2001年に小泉内閣が発足して、構造改革の一環として最初に取り組んだ課題は金融機関の不良債権処理でしたが、中小企業にとって最大の課題は2つありました。ひとつは、金融機関が不良債権の処理を進めていく中で、金融の多くを銀行に依存している中小企業への影響ができるだけ少なくなるようにしていかなくてはいけないということです。もうひとつは、構造改革によって一時的に経済全体が少し縮む方向にいくわけですから、その中で能力のある中小企業が力を発揮できないで倒れていくようなことがないようにすることだったと思います。

RIETI編集部:
中小企業に相応しい金融システムの構築は現在どの程度進んでいるのでしょうか。

安田:
確かに金融機関の中で、まだ十分とはいえないものの新しい動きがこの1~2年でかなり出てきていると思います。たとえば大手の銀行について言いますと、中小企業向けの特別の融資商品を作り出してきています。やり方としては、大手銀行は非常に多くの企業と取引を結んでいますから、そうした企業のデータに基づいて、消費者金融や住宅ローンなどの手法を参考にしながら即時に融資の審査を行う、そして融資を決定するというシステムが登場しています。また地域の企業と密接に関連した信用金庫、地方銀行について見ていくと、リレーションシップ・バンキングという形で個別の企業との深く、長く広い関係の中から企業の情報を得ていき、そしてそれに基づいて融資を行うということにかなり努力をしてきていると思います。

RIETI編集部:
日本の創業活動が他国と比較して低調なのは、起業家を育てる土壌がまだ不十分なことにひとつの要因があると思いますが、この点についてどのような取り組みが必要でしょうか。

安田:
やはり教育、起業家教育のようなことを推し進めていかなければならないと思います。ただ、それと共に起業で成功していった人たちのいわゆるロールモデルが広くいろいろな人に知れ渡ることが重要です。「ホリエモン事件」というのがありましたが、彼のように事業に乗り出すことによって成功している人たちが広く認知されるということが起業家活動を活性化するひとつの方策だと思います。

大学で教えてみてつくづく思うのですが、教育というのは吸収する側がどれくらい吸収するのに熱心かということが重要で、起業家教育をやりましたということで必ず起業が盛んになるということではありません。起業をやってみようという意欲の方が大事です。そうするとロールモデルのようなものが出てきて、そのような人たちの活動が広く認知されるということが最初にあると思います。

RIETI編集部:
日本における開業率の現状を把握するため、税務統計の効果的な活用についての見直しを提言なさっていますが(2004年8月3日コラム「開業率の把握の現状と課題」)、実際にそれが可能になると創業支援策の方向性を定めるためのどのような研究に活かされるのでしょうか。

安田:
税務統計を使うことの意味はいくつかあります。ひとつには、開業活動を正確に把握できるということです。開業の多くは、いわば泡沫的なものであり、最も把握し難い活動ですが、低いコストで把握できます。開業活動について広範に調査することになると莫大な費用がかかります。しかしながら、税務統計であれば現状にあるものの見せ方を少し変えるだけで、あまり多くのコストをかけないで把握できます。この方法は財政当局にとっても、日本経済にとっても、非常に重要で、安上がりな情報収集の手段であるということがいえます。

また、税務統計であれば、去年、今年とどういう分野で創業が伸び、その企業がその後どうなっているのかといった、統計的にはパネルデータと呼びますが、そうしたデータを整備することが可能となり、企業の創業後の展開を把握することが可能となります。

RIETI編集部:
今月23日に開催されるRIETI政策シンポジウム「中小企業のライフサイクルと日本経済の活性化」の新しい試み、あるいは見どころについてお聞かせください。

安田:
中小企業の研究というと、従来は中小企業をひとつのマス、グループとして捉え、それがどういう動きをしていくのかという形で行われる研究が多かったのです。たとえば、ある産業の中小企業が相対的に縮んでいく、あるいは伸びていく、また、ある産業集積の中小企業群がどのように動いていくかという研究が代表的でありました。

また別のもうひとつの方法として、事例を用いて、ケーススタディで数社の中小企業を研究し、そこから何かインプリケーションを引き出すという形の研究が見られました。前者についていうと、マスの中の個別の中小企業の動きというのはなかなか捉えにくいという問題がありましたし、後者についていうと、2、3の中小企業の事例からより一般的なインプリケーションを出すことは困難であるという問題がありました。今回の政策シンポジウムで発表される論文は、どれも数千、あるいはそれ以上の、大量の個別企業のデータをアンケートで収集して、それに基づいて統計的な処理を行い、普遍的な何かを導こうとしています。いわば医学で言えば疫学的な分析という面があります。ここから見えてくる話は個別企業の話に比べるとはるかに一般的なインプリケーションといえると思いますし、それからマスとして中小企業を捉えるような研究に比べると個別の中小企業が何をすればいいのかということが見えてくると思います。政策的にも旧・中小企業基本法の時代には中小企業を群として捉えてきましたが、現在では新・中小企業基本法の下でやる気と能力のある中小企業、つまり個別の企業をターゲットにして支援を行っています。そうした政策的な方向とRIETIの研究の姿勢は方向が一致していると考えています。

取材・文/RIETIウェブ編集部 木村貴子 2005年6月10日

2005年6月10日掲載

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