夏休み特別企画:フェローが薦めるこの1冊'08

『半島』

白石 重明 顔写真

白石 重明(上席研究員)

研究分野 主な関心領域:国際経済、エネルギー、公共政策論、等

このフェローの他のコンテンツを読む

『半島』松浦寿輝、文春文庫 (2007)

『半島』表紙 40歳を超えた男がいる。商社勤めをわけあって辞め、その後縁あって大学教授となるが、それも辞めて半島の先に橋一つでつながる島にやってくる。そして。

後は読んでいただく方がよろしい。読んでいただくほかはない。筆者が「あとがき」で述べているところを引用すると、この小説は

かいつまんで要領良く説明するといったことはどうにも不可能なのだ。男が迷い、惑いつづけているうちに、現実と非現実のあわいでさまざまな出来事が起こり、さまざまな人物との出会いと別れがあり、そして迷いも惑いも何一つ解決されないまま、物語のテンポはしだいにアレグロになってコーダに突入し、男が思いがけない場所で立ち竦むところで、いきなり中絶するところで終わる。

不思議な小説である。しかし、わかるのだ。再び、筆者の言葉を引用しよう。

現実の地名が出てこない「半島」は、いわば中年という人生の一時期をめぐる一種の寓話のようなものであるかもしれない。青春期に始めたことを曲がりなりにも一通りやり終えたとき、達成感とは別のある空しさに襲われて、ふと後ろを振り返っては溜息をつき、また前に向き直って足が竦むのを感じ、この先いったいどうしたらいいものかと途方に暮れる年齢があるものだ。そんな悲壮感は表立っては現れていないが、わたしはこれを、自分の人生のある危機―複数の危機―を乗り越えるために書いたのだと思う。

だから、この小説は、年輪を重ねた「大人」の方に読んでいただきたいと思う。おそらく、いい悪いではなく、30歳台ではまだ早い。

文庫本の解説において山内昌之は、どんな人間が松浦の小説を読むのだろうかと関心を示している。おそらく、松浦の小説はいろいろな読み方が可能であり、だから若い読者もいよう。実際にもさまざまな読み方をされており、たとえば村上春樹の書く奇譚と同じ趣向の小説だという評もあるようだ。しかし、両者は人生に対する姿勢という点において正反対に位置する。こうした機微を受け止めて「半島」を読むには、やはり「大人」がふさわしい。

ちなみに、文庫本のカバーの装画は、デンマークの画家ヴィルヘルム・ハメルショイ(1864-1916)の作品によっている。その幻想的な雰囲気は、「半島」という小説によくあっている。 単行本より文庫本をお薦めする。できれば、ポケットに「半島」の文庫本をつっこんで、ぶらりとあてのない一人旅をしたいところだ。忙しい日々から抜け出して、人生との向き合い方を見つめなおすために。もちろん、そんな大仰なことをいわずとも、夏休みに小説でもという方にも、気楽に読めるかどうかは別として、「半島」は小説の力を感じさせてくれる作品としてお薦めである。

2008年8月26日