夏休み特別企画:フェローが薦めるこの1冊'07

『〈民主〉と〈愛国〉』/『「世界征服」は可能か?』

白石 重明顔写真

白石 重明(上席研究員)

研究分野 主な関心領域:国際経済、エネルギー、公共政策論、等

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『〈民主〉と〈愛国〉』小熊英二著 (2002)『「世界征服」は可能か?』岡田斗司夫著 (2007)

「薦める1冊」といわれながら、2冊も取り上げるのは反則だろうか?(おまけに締め切りも過ぎているのに)と担当の谷本さんにおそるおそるお伺いを立てたところ、「ご自由に」とのことだったので、夏休みに「がっつり読みたい」という方向きの1冊と、「気楽に読みたい」という方向きの1冊とをご紹介したい。

『〈民主〉と〈愛国〉』表紙 まずは、「がっつり読みたい」という方に、小熊英二著『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社)をお薦めする。
本書は、戦争末期の状況から筆を起こし、1990年代以降にまで及ぶ戦後日本の思想の移ろいを丁寧に叙述した一大叙事詩であり、このところ盛んな「戦後論」について考える基礎を与えてくれる力作である。いまさら丸山眞男や大塚久雄あたりから戦後思想を読み返すことは多くの人には難儀だろう。あるいは、吉本隆明や江藤淳あたりでも、実は最近の人は読む機会はそれほど多くはないのかもしれない。そうしたなか、本書は1000ページ近い浩瀚の書ではあるが、たとえば「戦後民主主義」といわれて何となくわかったような気になっていた議論の奥行きと幅を見取る上でよくまとまった良書である。ちなみに、「小田実って、若かりしころは痩せていたんだなー」とか雑学的知識が増えるという余禄もあります。百聞は一見にしかず。夏休みに3日間ほど腰をすえて読むに値する一冊である。

昨今、「戦後レジームからの脱却」が政権アジェンダとして掲げられ、具体的にも国民投票法が制定されて憲法改正の議論も活発化しているが、さて、こうした議論はこれまで先人たちが議論してきたことをしっかりと踏まえているだろうか?あの戦争を経験してから六十有余年、日本のありようについて、どのような議論や行動があり、それらを現在の位置からどのように評価すべきなのだろうか? 昨今の議論は、私たちの過去をあまりにも軽視してはいないか? 「温故知新」は死語であってよいはずがない。

『「世界征服」は可能か?』表紙 他方、もっと「気楽に読みたい」という方には、岡田斗司夫著『「世界征服」は可能か?』(ちくまプリマー新書)をお薦めしたい。こちらは3時間もあれば読めます。
著者はいわゆるオタク文化の旗手とでもいうべき人物である、という段階で拒絶反応を示す方もあるかもしれないが、本書はいわゆるオタク本ではない。確かに「仮面ライダー」、「宇宙戦艦ヤマト」、「北斗の拳」、「機動戦士ガンダム」などオタクの本領分野を題材にして、「世界征服」の目的や支配者の分類論、そして世界制服の手順などをおもしろおかしく書き連ねており、エンターテインメントとしてもおもしろい本である。仮面ライダー世代、ガッチャマン世代などは、読んでいて電車の中で「そうそう!」と思わずひとり笑ってしまう部分もあろう。しかし、推薦者が着目するのは、あるいは岡田氏の言いたいことの中心ではないかもしれないが、「自由経済とネットの時代である現代では、かつてのイメージである『世界征服』は無意味だ」という部分である(ここから岡田氏は「経済と情報の自由化を否定することが世界征服だ」という結論を導いていくのだが、この部分には賛否があろう)。本書の真髄は、経済の自由化、ネットを中心とする情報流通の自由化の本質を考えさせる上での示唆に富んでいる点にこそある。オタク的エンターテインメントとしての出来も含めて、夏休みのうち3時間を割くのに躊躇する必要はない好著である。

夏休みに「薦める2冊」の紹介をしてみたが、本当は『赤と黒』(スタンダール)とか『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)といった古典を読み返すとか、日本が世界に誇るべき「源氏物語」(紫式部)を原文で読んでみるとか、そういう方が夏休みらしいのかもしれない。そういえば、中学生のころは、夏休みには夏目漱石を読むものだと何となく思っていた。あるいは、思い切り気楽に『東京100発ガール』(小林聡美)とか、伊坂幸太郎のいずれかの作品を読むとか、エンターテインメントに徹した読書も夏にはふさわしいのかもしれない。もちろん、江國香織、唯川恵、大崎善生あたりの恋愛小説に思い切り浸るのもまた一興。さらには、白石一文とか重松清とかを読んで人生について考えてみるのもまたよし。あれあれ、これでは「薦める100冊」になってしまうか。本を薦めるというのは本当に難しく、一種の勇気すら必要なことだが、2冊(+α)も紹介してしまった私としては「夏休みに皆様がたくさん読まれる本の中に、紹介させていただいた本が1冊でも含まれることになれば幸せです」という他はない。読書人の夏休みに幸あれ!

2007年8月10日