夏休み特別企画:フェローが薦めるこの1冊'05

『債権回収の現場』

植杉 威一郎顔写真

植杉 威一郎(研究員)

研究分野 主な関心領域:金融政策、金融市場(特に短期金融市場)、マクロ経済、企業金融

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『債権回収の現場』岡崎昂裕著 角川oneテーマ21(2002)

『債権回収の現場』表紙 「消費者金融」と聞いて、通常の「金融」という言葉よりも肯定的な響きを感じる方はまだまだ少ないだろう。消費者金融などによる自己破産者の数は多い年で23万人以上に上る。自己破産の予備軍である多重債務者(複数の事業者から多額の借金をしている者のこと)になると、100万人以上との見方もある。こうした状況は、経済苦・生活苦による自殺・家出・夜逃げ・ホームレスの背景ともなっている。
世の中でお金を持っている人がそれを必要とする人に融通するのはごく自然な行為のはずだ。しかし、全体の消費者金融のごく一部であっても、自殺の背景となるような経済活動は何かが異常である。何が問題なのだろうか。今回は、夏の暑さを和らげはしないが、こうした問いへの手がかりを与える本を紹介したい。

著者は、信販会社で債権回収業務に10年以上携わり、取立ての雄と呼ばれるようになる。顧客が2人も立て続けに自殺する事態を乗り越え、さまざまな債務者に向き合う。両親と義絶状態で誰にも頼ることができない夫婦、契約件数を増やすために保険料を代払いし数千万円の借金を抱えた生保会社の管理職、3度目の自己破産に至っても何ら恥じるところのない女性、著者の部下が債務者以外に請求を行ったために大挙してやってきた暴力団関係者などなど。著者の目線は、取扱高を増やそうとする余り、不法行為を行う取引先を見抜くことができない自らの会社にも向けられる。著者は、債務者の生活を維持しつつ、債権の回収を最大限行うという目的を果たすべく、債務者と誠実に向き合い、会社の中で自らの立場を主張する努力を重ねる。彼のような人がお金を貸す側に多くいれば、日本の消費者金融の風景もかなり違ったものになるのではないかと思わせる。やはり、貸し手の態度に改善の余地はありそうだ。

もちろん、貸し手の個々の真摯さや努力だけでは、消費者金融で指摘されている問題が解決するわけではない。著者も、最後は、「貸付を増やすための営業の邪魔をする奴は要らない」といわれ、退職を余儀なくされる。消費者金融全体を見渡すと、他にも、多額の借金を抱える借り手側の救済措置の周知徹底、零細貸金業者における的確な費用・リスク管理といった改善点がありそうである。これらについては、別の本(前者については、宇都宮健児『消費者金融 実態と救済』岩波新書(2002)などを、後者については、全国貸金業協会連合会『貸金業白書』(各年)などを)を読むことが有用である。

そうした点は措いても、生々しい実例を示しつつ、単なる暴露物にはない真面目さが見られる本書は、消費者金融の実態をより詳しく知りたいと思わせる好著である。消費者金融を取り巻く環境を分析し、改善の方策を考えるにとどまらず、多額の借金は他人事ではない落とし穴だと自覚するためにも、また、日本人の借金に対する意識を改めて確認する上でも、有用な本である。一読をお薦めしたい。