夏休み特別企画:フェローが薦めるこの1冊'05

"The End of Poverty; How we can make it happen in our lifetime"、"Collapse"

後藤 晃顔写真

後藤 晃(ファカルティフェロー)

研究分野 主な関心領域:技術革新の経済分析、競争政策の経済分析;近年は、ナショナルイノベーションシステム、知的財産権、産学連携、技術革新と競争政策のかかわり、などについて研究している。

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"The End of Poverty; How we can make it happen in our lifetime"Jeffery Sachs, Penguin Books(2005)

今年の5月に、21世紀におけるキャッチアップを考える小さな研究会がコロンビア大学で行なわれた。「今日の世界の状況は日本を始めアジアの国々が次々にキャッチアップした20世紀とは異なっており、あらたな戦略が必要であろう。これからそれを考えよう」というのが研究会の目的である。オーガナイザーの一人であったサックスからもらったのが、本書である。もらった義理で宣伝しているわけではない。本書では、63億人の人類のうち、極度の貧困から抜け出せないでいる13億人を、我々の世代で、2025年までに、もうひとつ上のレベルまで引き上げよう、という提案がなされている。

第1章~4章は一般的な世界の経済発展、取り残された地域、人々の現状と分析からなっている。この部分は成長論の優れた、平易な入門書としても多いに推奨できる。その後の章は各論的にボリビア、ポーランド、ロシア、中国、インド、アフリカについて検討し、最後の8つの章で全体的な考察と提案を行っている。分析、提案はきわめてオーソドックスなものである。叙述はきわめて平易で、理論を背景にした分析は明瞭で、実態の説明は心にひびく。warm heart and cool head という言葉を思い出せられる。

サックスと一緒にアフリカの農村などをまわっているサックスのバディのボノの序文もわるくない。サックスもロシア、東欧の市場経済への移行に関わって以降、天才少年が一皮向けたという感じで、今後の活躍が期待される。

この本はぜひ、世界や人類、国の将来を、そして自分に何が出来るかを真剣に考えている志のある若い人々に読んでいただきたい。

"Collapse"Jared Diamond, Viking(2005)

ダイアモンドのこの新しい本は、米国ではすでに書評で取り上げられている話題の書である。著者はかって"Guns, Germs and Steel"というこれもまた話題をよんだきわめて興味深い本を書いている。今回の本は、巨大な石像、モアイ(ちなみにモアイは海を向いて立っているのかと思っていたら内陸の、テリトリーのほうを向いて立っているそうだ)で知られるイースター島の文明がなぜ絶滅したかという謎を解き明かした本として取り上げられたこともあった。それは本書の一部であり、全体としては、エコロジカルに維持可能ではない文明が短期間に崩壊する例を丹念にあげ、我々に考えることを迫る本である。評者にはグリーンランドのノースの例が大変におもしろかった。この部分が本書の中心といってよい。グリーンランドにスカンジナビアの人々(ノース)が5世紀にわたって住みついた後に忽然と姿を消した。グリーンランドの環境には適合的ではない生活をしたノースの人々とは対照的に、イヌイットの人々は今日に至るまでグリーンランドで生活している。また同じように過酷な気象条件のアイスランドは今日世界でもっとも豊かな国となっている。本書の時代と世界をかけめぐる議論をよむと、内生的成長論などによる「なぜある国は成長し別の国は成長しないか」をきわめて単純な計量分析で説明しようとする経済学者の研究が極めて矮小に見えてくる。

文明崩壊の最初のケースとしてとりあげられているのは、著者がずっと夏をすごしているモンタナのビタールート・バレー(ロバート・レッドフォードが映画にした"River runs through it"の舞台となった場所)であり、環境と文明の維持可能性の問題はエキゾティックな世界の話ではなく、モンタナのように自然が豊かな美しい地域すらも含めて、まさに我々がいま直面している問題であることを強く訴えている。