貿易機関から経済機関への脱皮を考察

『転換期のWTO――非貿易的関心事項の分析』書評

従来道理貿易機関にとどまるのか、それとも対象範囲を拡大して経済機関に脱皮すべきか――。新多角的貿易交渉(新ラウンド)が佳境に入る中、世界貿易機関(WTO)ほどその在り方が問われている国際機関はないだろう。その問題を考える上でカギとなるのが、環境保全や知的財産権など本書が副題に掲げる「非貿易的関心事項」だ。法学、経済学、政治学という3つの側面からそれぞれの専門家が考察を加えている。

本書は、旧通産省・通商産業研究所(現経済産業省・経済産業研究所)が2000年1月に設置した「新時代の通商法研究会」の成果をまとめたもので、編著者ら10人で10章を分担して執筆した。編著者は東大法学部卒業後、東京都立大教授などを経て、現在は東大大学院総合文化研究科教授と経済産業研究所ファカルティフェローを務めている。

「非貿易的関心事項」とは、知的財産権や農業、環境、動植物の保護、安全、文化、人権などを指す。貿易とは一見無関係だが、経済活動のグローバル化に伴い、貿易と切り離すことはできないとして議論の対象として重視されつつある。一方、貿易自由化への反対理由としてあげられることも多く、新ラウンドでは各国の対立の中心となっている。

日本政府は、新ラウンドの中で、食料安全保障の必要性と農業が環境保全で果たす役割を「非貿易的関心事項」に挙げ、コメなど農作物の自由化に慎重な立場をとっている。これに対し、米国やオーストラリア、一部の開発途上国など輸出国は急激な自由化を要求。交渉は暗礁に乗り上げており、農業自由化の大枠(モダリティー)を決める期限の3月末までに合意を得られず、現在も着地点が見いだせないままだ。また、欧州連合(EU)が安全性を理由に遺伝子組み換え食品の輸入を規制しているのは不当だとして、米国がEUをWTOに提訴するなど、「非貿易的関心事項」をめぐる貿易紛争も起きている。

本書は、農業保護の手段として「輸入制限は効率的な政策とは言えない。国内措置で対処するのが効率的だ」と指摘。さらに「ある産業に多面的な機能があったとしても、その産業を輸入から保護する妥当な理由にはならない」と、農業保護の姿勢を崩さない日本政府の立場を厳しく批判している。

さらに本書は、WTOの目的については「米国の攻撃的一方主義を封じること」と指摘した上で、「これまでの実績から判断する限り大成功だ」との評価を下している。一方、最高裁判所に相当する上級委員会が新設されたことで、従来は外交的に解決された貿易紛争が「勝訴」「敗訴」という形で終結する「WTOの司法化」が進む現状も紹介。本書は、外交的、司法的のどちらが望ましいかにつての判断は避け、外交官と法律家の「対話の深化」を求めて締めくくっている。

※『世界週報』2003年6月24日号(時事通信社)に掲載