夏休み特別企画:番外編 スタッフが薦めるこの一冊'02

『サッカーの敵』

澁川 修一(情報システム/研究スタッフ担当)

~あなたの知らない、フットボールの深遠なる世界へようこそ~

2002年のW杯も終わり、あの熱狂も遠い昔のように感じられるようになってしまったが、サッカー(フットボール)の世界は、何もワールドカップだけではない。フットボールは世界各国にさまざまな形で根を下ろしており、クラブを中心に、日常生活・社会文化と結びついて、多大な影響力を持っているのだ。そこで、今回は単なるブームを超えて、フットボールとそれを取り巻く社会文化に興味を持たれた方のために、必読文献ともいえる3冊の本を紹介したい。これらに収録されているエピソードは、巷に溢れる雑誌群とはひと味違った、深遠なるフットボールの世界を味わせてくれるものばかりで、秋から始まる各国のリーグ戦や欧州カップ戦も、より深く楽しむことが出来るだろう。

『サッカーの敵』 サイモン・クーパー著 柳下毅一郎訳 後藤健生解説 白水社 (2001年)

『サッカーの敵』表紙 この本はフットボールを求めて世界を旅した著者が、その経験を基に若干25歳にして上梓したもので、世界のフットボールジャーナリズム界に衝撃を与えた(原題:"Fooball Against the Enemy"[Orion,1994])。この本の特徴は、従来あまり取り上げられることの少なかった、フットボールの社会的・歴史的・文化的側面にスポットライトを当て、丹念な取材によりその像を明確に浮かび上がらせたところにある。たとえば、1988年の欧州選手権準決勝の対決以来、急速に呼び覚まされた西ドイツとオランダの歴史の記憶。そして、プロテスタントvsカソリックという北アイルランドの宗教対立そのままの構造が持ち込まれ、世界最悪のクラブマッチとして知られる、スコットランド、グラスゴーの「オールド・ファーム」、レンジャーズ対セルティックの一戦。世界でもっとも有名なクラブの1つ、FCバルセロナ(ローマ法王はバルサのソシオ(会員)番号108000番である!)とカタルーニャの誇り・独立運動との関係や、軍事政権により「作り上げられた」1978年のW杯アルゼンチン大会などが取り上げられている。

クーパーのこの素晴らしい仕事は、彼自身がバックパッカーとして世界中(9カ月で22カ国!)を旅して、実際にフットボールと共に生きる人々に取材して歩いたことに加え、文章のタッチが(ユダヤ系)イギリス人らしく、皮肉とウィットに富んでいる点だろう。またその一方で、フットボールに対する深い愛情を隠さないところに成功の要因があると思われる。本書で扱われているのは、いわゆる「ダーク・サイド」に属する話題が多い。しかし、この本は単なるフットボールの内幕暴露本ではない。クーパーは歴史的な背景等の豊富な知識を巧みに動員しながら、事象を丹念に解していくことで、フットボールの魅力に取り付かれた人々の姿を見事に描き出しているのだ。ただし、画竜点睛を欠く点を指摘すれば、これは著者の責任ではないが、原著にある"Gazza, Europe, and the Fall of Margaret Thatcher","A Day with Helenio Herrera","Dutch and English: Why Bobby Robson Failed in Holland"の3章が、日本語版には収録されていない。イングランドのフットボールについて本格的に切り込んだ"Gazza..."を始め、興味深いテーマについて扱った章が抜け落ちているのは、非常に残念である(第2版では必ず入れてほしい)。

澁川 修一(情報システム/研究スタッフ担当)
※必ずしもこの服装で執務しているわけではありません
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