夏休み特別企画:フェローが薦めるこの1冊'02

"Legalization and World Politics"

小寺 彰顔写真

小寺 彰(ファカルティフェロー)

Judith L. Goldstein, Miles Kahler, Robert O. Keohane and Anne-Marie Slaughter ed.,Legalization and World Politics, The MIT Press, 2001.

Legalization and World Politics表紙 我が国の通商政策は、かつてはWTO体制を中心とした多数国間体制だけに依拠する立場をとっていたが、最近では、WTO体制に基軸を置きながらも、FTA等の地域的な枠組みを積極的に推進するという重層的な通商政策に移行してきている。このような通商政策の変化も、「法的制度化(legalization)」を進めることでは共通している。我が国をめぐる国際通商関係が国際条約の締結によって安定化するという基本思想は、変化の前後を通じて確固としていることは疑いようもない。
しかし、国内社会をモデルに国際関係の「法的制度化」を推進することは常に正しいことなのか。その臨界点はないのか。国際法学者の答えは「法的制度化」に対して常に是である。しかし、ASEANは最低限の「法的制度化」に留まっており、APECでも1990年代半ばに「法的制度化」に強い抵抗が示されて頓挫した。またOECDでの多数国間投資協定(MAI)の交渉失敗の一因は、過度な「法的制度化」にあったことは記憶に新しい。

本書では、基本概念である「法的制度化」について、1)条約等によるルールのハード化、2)ルールの精確化、3)第三者機関による紛争処理手続の創設の、3つのメルクマールによって統一的に定義される。「法的制度化」をこの3つのメルクマールで捉えたことが、本書の第1の特徴である。 国際条約を作成した場合でも、原則だけを規定したものと精確なルールを設定したものでは機能が異なるし(2)、また統一的な紛争処理手続が設置されているかどうか、さらには実際に利用可能性が高いものかどうかによって、意味や機能は大きく違ってくる(3)。同じ経済分野の条約とはいっても、日中投資保護協定とWTO協定の意味や機能が歴然と違うなどということを思い浮かべればいいだろう。具体的な内容や機能はともかく、条約を一括して理解しようという粗い議論が多い中では、重要な指摘である。
このような統一的な枠組みができたのは、本書が1994年以来、編者を中心に地道に共同研究を進めてきたためである(当初はInternational Organization 誌に特集として発表)。これによって、本当の意味での「共同研究」が成立したといえる。

本書の第2の特色は、現状のWTO体制がすでに「法的制度化」において極限に近い状態に進んでいる、または進みすぎていることを指摘している点、つまり「法的制度化」への懐疑があちらこちらに出ていることだ。この評価は、国際関係の「法的制度化」の進展によって国家の行動の透明性が高まり、また説明責任が果たされるようになる反面、国内の企業や消費者の力が強くなり、国家の国際関係処理の裁量が減退する結果、国際関係が円滑に処理されにくくなると考えられるためである。しかも国内の企業や消費者の力の増大は、一層の「法的制度化」の推進の契機となることも指摘される。

国家間に制度を創設する場合に、「法的制度化」が相当に進んだ既存の制度、たとえばEUやNAFTAなどをモデルにすることは、政策の意味を分かりやすくする。しかし、重層的な通商政策を進めるということと、どの程度の「法的制度化」の進んだ制度を作るかということは別次元の問題である。「法的制度化」自身を「制度化」の一態様とみて相対化したことに本書の功績がある。

従来国際関係の法的現象の分析は法学者の仕事であり、政治学者はその枠外の事象を分析するという暗黙の任務分担があったような気がする。国際法学者と国際政治学者が、政治学のディシプリンを基礎に共同して国際法現象に立ち向かった本書は、その意味では、先駆的な仕事といえる。同様の問題関心を持ちながら、国際法学者だけによって編まれたMichael Byers, The Role of Law in International Politics - Essays in International Relations and International Law- (Oxford University Press, 2000)と読み比べると、本書の豊かさが実感できよう。

小寺 彰(ファカルティフェロー)
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