『リピーターを呼ぶ感動サービス』 坂本光司編著 同友館 (2002年6月)
「一物一価」を多くの経済学が前提とするが、現実世界では自明ではない。それは、5W1Hのコンテクストによって変わってくる。話をはっきりさせるため、対象となる商品・サービスそれ自体(What)は全く同一であるとしよう。それでも、誰(Who)が誰に売るかで、値段が変わるのはアラブ商人の鉄則である。親族、親友、知人、常客、一見客、外国人というように売り手から同心円状に広がる距離感によって価格差別をするのが彼らのマナーであり、社会通念に合致しているという。社会的関係性によってプライシングが微妙に変化するのは、自己を守る安全保障機能を持つという。何時(When)買うのかによっても値段は変わる。明らかに近所のスーパーで買えば安く手に入るものも、時間によっては、コンビニで定価で買うのもやむを得ない。残業で終電で帰宅するときに「近所のスーパー」は開いていないし、早朝の犬の散歩のときにもシャッターは閉まっている。定価以上のプレミアが付くわけではないが、「通常何割引」の実効価格を諦めても、「今」買いたいのである。何処で(Where)というのも良く体験する。海辺や山小屋の自販機も割高だ。山小屋などは輸送の手間を考えると納得できるが、理不尽なものも多い。何故(Why)というのは、経済学でも分析している。需要曲線の裏にはWhyが充ち満ちている。高くても欲しい人、高いと買わない人など世の中はさまざまだ。
コンビニのポスレジは、どんな人が(Who)、何日何時(When)、どの店で(Where)、何(What)を買ったかを自動的に記録する。毎週2億件ものPOSデータを分析して、何曜日の何時頃、気温が何度だったら、何が、何故、売れるのかを予測し、機会損失をなくすように仕入れをする。ここで抜けているものが1つだけある。それは、「どのように」(How)である。5Wが全く同じであっても、サプライチェーンの最先端である接客如何によって印象は180度変わる。笑顔がよかったとか、愛想があったとか、釣り銭を投げるように渡したとか、ありがとうもいわないとか・・・。「あぁ良かった。次もこの店で買おう」となるか、「こんな店二度と来るか」となるかの分かれ目ともなる。近年、「安くて品質が良いのは当たり前」、「買いたいものが見つからない」などと日本の消費者は、商品・サービスの選別眼が洗練され、益々厳しくなる一方で、飽和感も大きい。売り手の側から見ると、「作れば売れた」時代は過去のものとなり、折からの消費不振の中で商店数も激減している。しかし、そうした中でも堅調に業績を伸ばす企業もある。
中小企業の現場を知り尽くし、中小企業の異業種交流(イノベーション・ネットワーク)では第一人者の一人である坂本光司氏(編著者)は、「顧客志向経営に徹底的にこだわる、<顧客満足度がとりわけ高い企業>」が、消費不況下の勝ち組だという。基礎的物資では充足している現代の日本社会では、顧客は、「感動」に大きな価値を見いだしているという。「顧客に感動情報を発信し、訪れた顧客に感動サービスを提供しさえすれば、顧客は追いかけてくる時代」だと指摘する。70の事例は、日常の視点で、分かりやすく書かれているが、そこには、「たまたま客」が「わざわざ客」になる「リピーターを呼ぶ感動サービス」の実例とその極意が詰まっている。単に商品・サービスを提供の仕方(How to)だけではなく、事業への情熱、志、真心といった要素がHowの中に占める大きさ、重要性を雄弁に物語っている。それは難解な経営書に勝るとも劣らぬ充実した内容で、顧客の心をロック・インし、キャッシュフローリッチになる繁盛店の本質を突いている。
あまりに読みやすい文体、体裁であるため、通勤途上で読むのにも非常に便利だが、筆者は感動が伝染して、人前で目から汗が出るのを堪えるのに何度となく苦労させられた。TPOにご留意されつつも(笑)お読みいただきたい一冊である。