小林慶一郎、加藤創太共著『日本経済の罠』が第44回日経・経済図書文化賞を受賞

今年で第44回を迎える日経・経済図書文化賞は昭和33年に設立され、若手エコノミストの登龍門と呼ばれるなど、この分野では最も権威があるとされている。2001年度は1282点の候補作品の中から5点の作品が受賞したが、その1つに当研究所の小林慶一郎フェローと加藤創太コンサルティングフェロー両氏の共著による『日本経済の罠』が選ばれた。

11月5日行われた受賞式では、主催者代表の日本経済新聞社代表取締役社長、鶴田卓彦氏から「なぜ不良債権処理が遅れたかを多角的に解明した点、問や解答の設置など、読者に読みやすいように工夫された点が良かった」との感想が述べられ、また、審査委員長の中央大学法学部教授の貝塚啓明氏から「1990年代はなんだったのかという議論における1つの解釈であり、つっこんだ政策決定のメカニズムを含んだ分析が面白かった」との講評を頂いた。

小林慶一郎氏、加藤創太氏に聞く 『日本経済の罠』執筆秘話

11月5日、経団連会館で行われた受賞式の様子
仲良く並んで記念写真撮影に臨む小林慶一郎氏(写真右)と加藤創太氏(写真左)
11月5日に研究所内で行われた祝賀会
研究所から受賞記念プレゼントとして、両氏が普段愛飲しているエビアンとサイダーが贈られた。

RIETI編集部:
そもそもこの本を執筆するに至った経緯をお伺いしたいのですが。

小林慶一郎氏(以下敬称略):
経緯というか、僕らが90年代に役所の中で働いたり、アメリカの大学に留学したりして、いろんなことをやってきた上で、日本経済の状況をどういう風に理解したらいいのか、これまでいろいろ考えたことをまとめてみようと考えたことが出発点ですね。思い立ったのは1998年頃でしょうか。この本を執筆できたのは、通産省と経済産業研究所のおかげだと思います。本書に書いたことは、政策審議室の中で勉強したことや諸先輩方から学んだことなどが骨格になっていて、そこに学問的な味付けをしたものです。

加藤創太氏(以下敬称略):
私もこの本を執筆できたのは、何よりもまず留学や研究の機会を与えてくれた通産省と経済産業研究所のおかげだと思っています。日本では経済政策を行っている人と、経営者と有権者との間の意思疎通が出来ていない。その結果、国民には経済政策の中身も見えてこないし、官庁に対する不信感も生まれてくる。そういったことを打破したいとの思いが強かったですね。

RIETI編集部:
本書の執筆で苦労した点などがあったら教えてください。

小林:
98年くらいから日本経済は非常に動いているんですよ。経済政策もいろいろ変わってきて、銀行業界や流通業界などの大きな企業が倒産したり、それまでにはなかったことがいろいろと起こった。そういった現実の動きをちゃんと追いかけるというか、速い動きを捉えた上でちゃんとした文章を書くという点で苦労しました。書いている事がどんどん時代遅れになってしまうので。それから、経済学の知識がない人に向けて書こうという目的があったので、文章の書き方は何回も二人で相談しました。同じ章の書き方をああでもないこうでもないと、お互いに何度もやりとりして工夫しました。

加藤:
日本経済が一時的に復調していた時に、こうした悲観的な本の出版企画を通す羽目になったため、一時は出版できないのでは、と危惧しました。出版が決まった後も、経済の動きに取り残されるのではないか、という不安がずっとありましたね。結局、私の方の作業が遅れに遅れて、出版時期が最初の予定より1年ほど遅くなってしまったのですが、ちょうど不良債権問題が再びクローズアップされていた時期だったので、結果オーライだったかもしれません。

RIETI編集部:
確かに本書では初心者がとっつきやすい工夫がたくさん施されていますが、アイデアはお二人で考えたのでしょうか?

小林:
そうです。どちらかというと、いろいろな工夫のアイデアを出したのは加藤君です。

加藤:
アメリカの経済学の教科書などを参考にして考えました。長くなってもくどくなってもいいから、内容を正確にわかりやすく伝える、という思想で書きました。

RIETI編集部:
本書を読めば詳しく説明されていることですが、ズバリ、「日本経済の罠」とは、簡単にいうとなんだったのでしょうか?

小林:
今まで我々は日本経済の低迷の原因と結果を取り違えてきたのではないかと思うのです。単なる結果にしか過ぎないと思っていたこと自体が経済低迷の原因だったという「罠」に陥っていたのではないかと。それがこの本の1つのメッセージです。もう1つのメッセージは次のようなことです。いろんな役所やそれぞれの組織の中で「これが解決策だ」ということを考えてきたわけですが、「船頭多くして船が山に登る」という諺もありますが、それぞれの組織の枠の中で考え、それぞれがこうやったらいいんだと思うことを別々に実行したら、結果的に日本全体としては一番悪い方向に行っていたというのが、これまでの日本経済ではないかと。

加藤:
私の専門は政治学なのですが、政治学の見解から述べると、90年代後半から政権が変わりやすくなった。同時に、官僚不信が世間に蔓延して、行政の力が一気に弱まった。これらの事と問題の先送り、さらには経済の長期低迷は非常に密接に関わっていると思います。たとえば政権が代わりやすいと、政府は有権者に対する情報の優位性を濫用して、短期的な利益を求める傾向があります。これが、いわゆるポピュリズムの本質です。あと、行政の力が弱まり、官民間に張り巡らされたネットワークが分断された。これにはもちろん、競争促進的な良い面と、取引費用の増大という悪い面がありますが、官民協調体制が続いてきた日本では、その悪い面を補完・補正するようなシステムが発達してこなかった。

RIETI編集部:
最後に、日本再生のためにしなければならないことはなんでしょうか?

小林:
自分達の所属している会社等、社会で置かれている立場を離れて物を考えることが必要です。日本経済のことを考える時は、銀行員や役所の職員という立場を越えて発言したり、考えることが大切だと思います。そうしないと社会全体がおかしくなるし、良い方向へは行かないですね。

加藤:
情報の問題について、われわれはもっと敏感にならなければいけません。90年代に、一部の行政当局や企業などは、情報をうまく隠匿・操作すれば、金融不安も経営危機も経済低迷も政治混乱も未然に防げると考えていたようです。しかしその結果が、企業や国民の間に広がった不信の構図で、それが、経済低迷や政治混乱の大きな要因になっていたことは間違いありません。

『日本経済の罠』小林慶一郎、加藤創太共著

  • 日本経済新聞社/定価2000円(本体+税)
  • 4-532-14856-1

日本経済の罠 「失われた十年」と呼ばれる90年代に日本に何が起きたのか。本書では不良債権処理先送りの構造やバランスシートの毀損を徹底論証し、長期低迷から抜け出すには一体何をすべきか、倒産処理迅速化などの具体的な処方箋を明示する。また、特筆すべきは本書がよくある経済書とは違い、一般読者でも無理なく読めるように問や答の設定などの工夫が凝らされている点である。
●序文、あとがきは こちら から