多死社会の到来による価値変容に応じたシステム構築の必要性

執筆者 藤 和彦 (上席研究員)
発行日/NO. 2018年12月  18-P-020
ダウンロード/関連リンク

概要

日本は近い将来「多死社会(年間150万人以上が病老死する社会)」に突入するのが確実な情勢である。戦後の日本では病院死の比率が8割以上となったが、今後自宅などで看取るケースが増加することが見込まれている。戦後の日本では「死」は病院などで隠蔽されてきたが、その「死」が再び社会に回帰してきており、「望ましい死」とは何かについての関心が高まりつつある。

海外で実施されている安楽死を求める声が日本でもあがっている。安楽死の実情に詳しい宮下洋一氏は「集団的な温もりがある日本では安楽死は必要ない」と主張するが、日本では家族のシェルター機能の弱体化が著しく、介護、看取りなどの担い手が「血縁」から「結縁」に徐々にシフトしつつある。

在宅医療の先駆けである山崎章郎氏が担当する地域では看取り経験のある遺族が現在進行形の看取りをサポートする「看取りのネットワーク」が形成されつつある。身寄りのない終末期の患者を家庭的な雰囲気の下でケアする仕組みも生まれつつある。

「老い」や「死」についての(マイナス)の価値が変わる兆しも出始めている。

岸見一郎氏が「高齢者は介護される側の良きモデルを目指そう」と主張するように、社会の価値観が「効率重視」から「関係性重視」へと変わっていく可能性がある。

小浜逸郎氏が「家族の共同性は構成員の死を看取るためのものである」と主張するように、看取りまで視野に入れれば「独身が良い」とする若者たちの考え方も変わるだろう。

AI時代の到来も「死」の価値を高めるかもしれない。

浅田稔氏は「人間のような身体を有しないAIは死を理解できない」と主張するが、「命に限りがある」と認識する(死を意識する)からこそ人間は他者が感動するものを創造することが出来る。

正村俊之氏が「貨幣の起源は供犠という神と人をつなぐ聖なる儀式における価値尺度となった聖なる牛に由来している」と主張するように、通貨の「信用」の源は宗教的な信仰に遡る。ベルナルド・リエター氏は「通貨は歴史的に見て陽の通貨(遠隔貿易に利用)と陰の通貨(共同体内で利用)に大別される」としているが、筆者はブロックチェーン技術を活用して新たな陰の通貨の構築を提案したい。

筆者が考える陰の通貨は、看取りや葬送の分野で「結縁」のネットワーク構築に資するものである。「望ましい死」を体現する「幸齢者」のことを「聖なる」ものとみなせば、これを基点として新たな貨幣システムが創造できると考えているからである。

このように多死社会の到来をチャンスに変えるため、新たな価値観に基づき社会を再構築しておこうではないか。