過去の賃下げ経験は賃金の伸縮性を高めるのか:企業パネルデータを用いた検証

執筆者 山本 勲 (ファカルティフェロー)/黒田 祥子 (早稲田大学)
発行日/NO. 2016年12月  16-J-063
研究プロジェクト 企業・従業員マッチパネルデータを用いた労働市場研究
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概要

企業業績が改善する中、政府による賃上げ要請も続いているものの、日本企業の賃上げの度合いは小さく、賃金の上方硬直性が生じていると指摘されている。そこで本稿では、賃上げや過去の賃金カットに関する情報を含んだ企業パネルデータを用いて、どのような企業で賃上げが生じやすいかを検証した。本稿で着目したのは、名目賃金の下方硬直性が、その後の名目賃金の上方硬直性を引き起こすという可能性である。具体的には、不況期に賃下げができず人件費調整に苦慮した経験を持つ企業ほど、将来の不況時に再び問題に直面することを考え、景気が回復しても賃上げに慎重になる「賃上げの不可逆性」が生じているかに着目する。そうした状況が当てはまっていれば、逆に、過去に賃下げを実施できた企業ほど景気回復期には賃上げに積極的になっている可能性が高い。分析の結果、まず、過去10年間で所定内給与の引き下げを実施した企業は2割弱と少なく、所定内給与には下方硬直性が存在する可能性が示唆された。その上で、過去に所定内給与を引き下げた企業ほど近年の賃上げに積極的になっているかを推計したところ、部分的ではあるが、そのような傾向が確認された。具体的には、過去10年間で所定内給与のカットを実施した企業ほど、所定内給与改訂額が大きいほか、利益率の上昇に伴ってより大きく所定内給与や賞与を引き上げていることが明らかになった。このことから、所定内給与の下方硬直性によって、日本企業の多くが賃上げの不可逆性に直面しており、それが賃上げを抑制する原因の1つになっていると指摘できる。