日本語タイトル:なぜ人々はメンタルヘルスを毀損するリスクを冒してまで長時間労働してしまうのか ― 仕事満足度とメンタルヘルス、労働時間に関する検証 ―

Why Do People Overwork at the Risk of Impairing Mental Health?

執筆者 黒田 祥子 (早稲田大学)/山本 勲 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. 2016年3月  16-E-037
研究プロジェクト 企業・従業員マッチパネルデータを用いた労働市場研究
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概要

伝統的な経済学の枠組みでは、労働者は余暇(労働時間)と消費の組み合わせの中から自身の効用を最大化する組み合わせを選択すると考えられている。つまり、こうした枠組みで決定される労働時間の長さは、労働者にとって最適な選択であるはずと解釈される。しかし、現実の世界では、労働者によっては心身の健康を害するほどの長時間労働(過労)をしてしまう場合もある。そこで本稿は、標準的な効用関数に、仕事から得られる達成感や自己効力感、職場で必要とされているという自尊心など、非金銭的な効用を組み込んだモデルを提示するとともに、従業員を4年間追跡調査したパネルデータを用いて、労働時間の長さと、仕事満足度、メンタルヘルスとがどのような関係にあるかを検証する。実証分析の結果、まず、労働時間が長くなるほど仕事満足度が増していくような関係が見出された。特に、その他の条件を一定とした場合、週当たりの労働時間が55時間を超える辺りから、仕事満足度が上昇していくことが観察された。一方、メンタルヘルスについては、労働時間が長くなるほどに悪化する傾向があることも分かった。行動経済学の領域では、人々には、自身の健康に過剰な自信をもってしまう(overconfidence)傾向や、現在の状態が将来も続くと考えてしまうバイアス(projection bias)が存在することが指摘されている。本稿の結果は、人々のこうした認知の歪みにより、労働者は自身のメンタルヘルスが毀損することを軽視しがちで、仕事満足度の上昇を優先させてしまう結果、長時間労働になりやすい可能性を示している。これらの結果は、労働時間に上限規制を設けるなど、第三者による介入が必要であることを示唆している。

概要(英語)

Using longitudinal data of Japanese workers, this study investigates the relationship between overwork and mental health. Conventional labor supply theory assumes that people allocate their hours of work and leisure to maximize personal utility. However, people sometimes work too long (overwork) and, by doing so, impair their physical and/or mental health. We introduce non-pecuniary factors into the conventional utility function. Empirical analysis reveals a non-linear relationship between the number of hours worked and job satisfaction. We find that job satisfaction rises when people work more than 55 hours weekly. However, we also find that hours worked linearly erode workers' mental health. These findings imply that people who overvalue job satisfaction work excessive hours and, as a consequence, damage their mental health. We find that people form incorrect beliefs about the mental health risks of overwork, leading them to work longer hours. These results might justify interventions, such as capping the number of hours worked to reduce related mental issues.