労働法学における労働権論の展開―英米の議論を中心に―

執筆者 有田 謙司  (西南学院大学)
発行日/NO. 2013年5月  13-J-029
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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概要

英米では、1980年代以降に構造的失業問題、若年者の失業問題が深刻となり、その対策として労働市場の柔軟化、労働法規制の緩和、積極的労働市場政策、ワークフェアといった政策が展開されてきた。そのような中で、英米の労働法学においては、労働市場に対する労働法規制のあり方についての議論が活発になされ、労働法理論の新たな展開がみられた。労働権論の展開は、その1つである。英米は、憲法上に労働権の明文規定を有しないことから、そこでの労働権論にはより本質的な議論の展開がみられる。

ディーセント・ワーク(「品位ある労働」)を実体的基準に据えた、労働権の手続的(プロセスに基礎を置く)審査論は、関係当事者による熟慮、討議による雇用政策の決定と、制度化により生じた問題の検証プロセスの重要性(自省的法のアプローチ)を指摘する。また、ワークフェアのもつ強制的側面に対し、就労所得の保障にとどまらない労働権保障の意義という観点から、労働権の規範的内容である労働の自由の側面の重要性を再認識することを指摘し、さらには、ワークフェアによりワーキング・プアとなってしまうような劣悪な雇用へと落とし込まれないようにするため、労働権は、(ディーセントで、適職で)「価値ある」仕事を選択する権利であるとして、労働者が、求職者給付を失うことなく、自己のキャリアの発展、仕事の見込みの改善、自己の技能や才能を高めることに寄与しない仕事の提供を拒否することができるようにする、との労働権論も展開されている。

わが国の労働市場においても英米におけるそれと同じ問題を抱えるようになった今日において、こうした英米における労働権論の展開は、「労働」の意義のとらえ直しと、その規範論的な議論がわが国においても必要となっていることを教えている。