ルール執行機関としてのWTO-紛争解決手続および多国間監視の現在-

執筆者 川瀬 剛志  (ファカルティフェロー)
発行日/NO. 2010年12月  10-P-019
研究プロジェクト 現代国際通商システムの総合的研究
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概要

世界貿易機関(WTO)におけるドーハ・ラウンドの交渉は久しく進展がない。特に中印等の新興経済諸国の発言力の高まりとともに、従来の先進国を中心としたコンセンサス形成が困難になりつつあるWTOには限界が指摘されるが、依然としてルールの執行機関としてこれまで達成した自由化約束の遵守確保に重要な役割を果たす。

第1に、紛争解決手続は、現行の紛争解決了解(DSU)による一層の司法化・自動化に伴い、実効的に機能してきた。たしかに一方では一部案件における紛争解決機関(DSB)勧告の履行遅滞や、地域貿易協定(RTA)の増加による貿易紛争解決のフォーラム競合など、WTO紛争解決手続も現代的課題に直面していることも事実である。しかし、1995年以来400件超の紛争が付託され、その多くを実効的に解決してきた実績が示すように、このことはWTO手続の重要性を損なうものではなく、加盟国の評価も未だに高い。

第2に、多国間監視については、貿易政策監視制度(TPRM)および委員会・作業部会における通報・監視制度がその役割を果たす。これらは法的判断を示すわけではないが、相互評価による日常的・行政的なルール執行の手段として、フォーマルな紛争解決手続と併せてルールの執行に重要な地位を占める。特に今回の金融危機後の保護主義の抑制においてこの経験と蓄積が重要な機能を果たした事実は、記憶に新しい。

我が国がこのようなWTOによるルール執行に裨益してきたことは、これまでの紛争事例から明白である。したがって、ラウンド停滞をもって無用の危機感を煽ることなく、ルール執行機関としてのWTOの価値を最大限引き出すべくこれを活用することが、我が国通商戦略において有益である。