日米のイノベーション過程:日米発明者サーベイからの知見

執筆者 長岡 貞男  (研究主幹)
発行日/NO. 2010年11月  10-P-013
研究プロジェクト 日本企業の研究開発の構造的特徴と今後の課題
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概要

知識生産過程としての研究開発はそのインプット、アウトプットの両面でブラックボックスとなっている面が非常に大きく、経済産業研究所は、2007年にその箱をあけることを目的として、大規模な発明者サーベイを日米で初めて実施した。本稿では、本サーベイに基づいて、3極出願特許を対象とした日米の調査結果を比較し、日本のイノベーション過程の構造的な特徴を明らかにするとともに、イノベーション過程における日米共通の新たな発見事実も紹介する。

日米ともに、大半の発明者が大企業に所属しており、大学所属の発明者のシェアは小さいが、米国では従業員数が100人以下の小さい企業に発明者が所属している割合がかなり高い。日本の発明者は、米国と比較して博士号を取得している割合が大幅に少ない。しかし、日米の発明者の、発明への動機は非常によく似ており、「チャレンジングな技術課題を解決すること自体への興味」が最も重要である。

企業の研究開発のポートフォリオでは、既存事業の強化を目的とするプロジェクトのシェアが日米ともに最も大きいが、日本では米国より大幅に大きい。新規事業の立ち上げおよび技術基盤の強化のための研究開発プロジェクトでは、サイエンスの吸収能力が重要であり、同時に、研究開発の不確実性がより高く、外部からの金融も重要である。また、既存事業強化のプロジェクトにおいても、サイエンスがその着想に重要であり、また博士号を取得している発明者が参加しているプロジェクトのパフォーマンスは高い。したがってサイエンスの吸収活用能力は、研究開発のポートフォリオの高度化と個別の研究開発の成果の両面で重要である。外部組織との研究協力の頻度という点では、日本企業の研究開発は米国企業並みにオープンである。しかし人材の組織間移動では米国の方が圧倒的に頻度が高く、また、研究開発における外国人材活用という面でも日本の水準は非常に低い。

研究開発成果の商業化において、米国企業の方がより排他的に発明を利用しているが、利用されている発明の割合は日米でほぼ同じである。発明者による新会社(スタートアップ)設立は米国の方がかなり多い。日本では大企業からのスピンオフが発明による新会社設立の約6割を占めるが、米国ではそれは3割であり、小企業や大学における発明が新会社設立へのシーズの源泉としてより重要となっている。

今後の政策の方向について、以下の示唆をしている。(1)日本の発明者の裾野の広さを維持すると共に、企業、発明者のサイエンス吸収能力を高めていくこと、(2)大学や国立研究機関では、フロンティア分野の研究成果を高め質の高い発明を生み出すと共に、その商業化に必要な場合に有効な特許を獲得していくこと、(3)企業では不確実性はあっても成長の長期的源泉となる技術基盤の強化のための研究開発を強化していくこと、このために外部連携を活用すること、(4)不確実性が高くまた波及効果が大きい研究開発を政府が支援していくこと、また先端的な発明を有効に保護していくと共に、その事業化資金をベンチャー・キャピタル等多様化すること、(5)大学から産業界への人材の移動やあるいは産業内の企業間の人材移動を円滑化し、またスタートアップを支援していくこと、(6)発明者への金銭的な報酬は、個別発明への誘因としてではなく、主として、発明者になる誘因の観点から検討すべきであり、キャリアの選択の自由度、昇進等を含めた処遇の仕組みを検討することが効率的であろう。