環境的関心事項の分析視角から見たWTO漁業補助金交渉

執筆者 八木信行  (東京大学)
発行日/NO. 2009年9月  09-P-001
ダウンロード/関連リンク

概要

2001年から開始されたドーハ開発アジェンダにおいて、漁業補助金に関するWTOの規律を明確化し向上させることを目標とした交渉の開始が合意された。これを受け、漁業補助金に関する新しい規律を作成するための交渉が行われている。本稿では、この交渉の経緯と現状を整理するとともに、今回WTOが環境的な関心事項をどこまで考慮した規律策定を行うべきなのかに関して考察を行った。

漁業補助金交渉の特徴のひとつは、貿易的関心事項よりも、むしろ環境や資源保護といった非貿易的関心事項に焦点を当てた議論が進んでいる点にある。しかしながら、過剰漁獲や過剰漁獲能力といった課題は、WTOに専門的な能力(expertise)が存在している分野ではない。この分野においては国際連合食糧農業機関など漁業資源管理を担当する国際機関が存在するが、これらですら法的拘束力のある規制を行う権限までは与えられていない。ゆえにWTOでの議論がこのまま進めば、漁業資源管理機関よりも高い水準の資源保護水準をWTOが設定するという、ねじれ現象の生じる可能性も想定される。

もともとSCM協定は前文を持たないため、規律対象事項を後出しで追加できる可能性もある。そのため、漁業補助金規律が前例となれば、WTOにおいて将来的に様々な環境案件や非貿易的関心事項を主眼とする補助金禁止が提起される可能性もある。今次交渉においては、このような将来的な事態を見越した上で、規律を策定することが重要であるという示唆を導き出されよう。