投資協定における経済的セーフガードとしての緊急避難-アルゼンチン経済危機にみる限界とその示唆-

執筆者 川瀬 剛志  (ファカルティフェロー)
発行日/NO. 2009年1月  09-J-003
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概要

2001年の経済危機に際してアルゼンチンが講じたペソのドルペグ(兌換計画)停止、ガス料率改定凍結等の一連の措置は、90年代に同国が推進したガス産業民営化および外国資本誘致がもたらした投資財産を損なった。被害を受けた投資家は、それぞれ母国とアルゼンチンの間の投資協定を援用し、投資仲裁により損害賠償を請求した。

これら一連の案件において、アルゼンチンは一般国際法上の緊急避難の法理および投資協定上の安全保障条項を援用し、経済危機への一連の対応の正当化を試みた。これに対して、仲裁廷の判断はかかる主張を退けるものと、認容ないしはその可能性を示唆するものに分かれた。仲裁廷の法解釈および事実評価は、一般国際法と条約の関係、危機の程度、危機に対するアルゼンチンの寄与、アルゼンチンの危機への対応手段の不可避性等の点につき、一致を見ない。

かかる司法判断の混乱は、援用された例外/適用除外規定が極めて一般的に規定されていること、更に、これらが基本的に政治的・軍事的な重大事態に関する規定で必ずしも経済的困難を想定していないことに起因する。一連のアルゼンチン関連事案が示すように、かかる経済的セーフガード条項の不備は受入国の投資協定へのコミットメントを萎縮させ、かえって投資環境の予見可能性を損ないかねない。更に、例外/適用除外規定の解釈・適用にあたる仲裁廷および投資仲裁制度全体の正当性を著しく損なう恐れも否めない。

問題解決のためには、経済基盤の脆弱な途上国における投資保護にこそ投資協定が重要な役割を担うことに鑑みて、今後の投資協定に経済的セーフガード条項の導入が望まれる。その導入例は既にMAI草案や一部の先進的な投資協定に見られるが、更にアルゼンチン関連事件および通商法における輸入救済法からの示唆を考慮に加えつつ、包括的な経済危機に対応できる制度を策定していく必要があろう。