ICSID仲裁における適用法規:国際法の直接適用とその含意

執筆者 米谷三以  (法政大学法科大学院 / 西村あさひ法律事務所)
発行日/NO. 2008年6月  08-J-024
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概要

本稿は、ICSID条約の下で行われる投資仲裁において、適用法規として明示に指定されていなくても国際法に直接基づいた請求が認められるに至ったことを、仲裁裁定例を分析して示し、その問題点と限界とを明らかにすることを目的とする。

まず、投資仲裁において国際法を適用法規としていかに扱うかは、投資家からみて実体的な保護水準を確保するものであると同時に、投資受入国政府からみれば、いかなる国際法を私人がイニシアティブを有する司法的メカニズムによって強制することを認めるべきか、逆に、国際法上の義務履行としてなされた行為について免責とすることができるかといった問題であって、両者の問題を考える必要がある。(2章)

投資仲裁の適用法規については従来、投資受入国法の下では当該国政府の行為が正当化されやすいことに対処するため、投資契約等において法技術的な工夫が凝らされてきたものの、国内法と国際法とを並列して適用法規としているICSID条約42条の解釈においても、一義的に国内法を適用すべきであり、国内法において法の欠缺がある場合又は国際法と抵触がある場合にのみ補充的に国際法を適用するものと考えられていたこと(3章(1))、しかし、投資保護協定に基づく仲裁において、投資保護協定の規定に基づく請求について、投資受入国法が国際法の国内法的効力を認めていることを理由として投資保護協定それ自体の直接適用を認めた仲裁裁定例が相次いで出され、先例として確立したことを指摘した。(3章(2))国際法の直接適用が可能であることが確立したことを前提として、その根拠及び限界について検討した。まず、仲裁裁定例は、投資受入国法が国際法の国内法的効力を認めていることを挙げているが、形式的な法解釈論としてもICSID条約42条1項の意義を失わせることにならないか、また実質論としても投資保護協定の直接適用が認められるか否かが投資受入国の意思にかかることにならないかといった点を批判的に検討し、私人による司法的なメカニズムにより執行されることを想定した条約かどうかをメルクマールとすべきとする理由を述べた。(3章(3))

さらに、国際法の直接適用が可能であるとして、投資保護協定以外の条約等についても現実に直接適用されるかどうかを論じた。第一に、請求原因を基礎付けるものとして直接適用を認めることについては、どのような実施が想定されているかは条約ごとに異なっており、したがって司法的な救済を予定するものかどうかを検討する必要があることを指摘した。(4章(1) )第二に、請求原因としては直接適用が否定されるとしても、抗弁として他の条約上の義務を負っていることを主張することを認める必要がないかについて検討した。ここでは、他の条約の遵守不遵守について特段の利益を有しない可能性が高い投資家との関係を既定する投資仲裁の特殊性に鑑み、抗弁として何らかの形で認める必要性を指摘している。(4章(2))

このように投資保護協定の定める実体的義務を直接の根拠として仲裁を申し立てることが認められるようになったことから、投資受入国の裁判所に代えて仲裁を救済手続とすることを主眼とする従来型の投資保護協定は、投資保護協定自体を根拠とする請求を明示に認める最近の投資保護協定に機能的に接近した。わが国が締結していた従来型の投資保護協定についても同様であると考えられる。(5章)