貿易取引通貨の選択と為替戦略:日系企業のケーススタディ

執筆者 伊藤 隆敏  (ファカルティフェロー) /鯉渕賢  (千葉商科大学) /佐々木百合  (明治学院大学) /佐藤清隆  (横浜国立大学) /清水順子(専修大学)/早川和伸(アジア経済研究所)/吉見太洋(一橋大学)
発行日/NO. 2008年4月  08-J-009
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概要

本論文は、日系企業の為替戦略というミクロ的な視点から東アジアの共通通貨バスケットの有用性を検証するため、理論的な予想とヒアリングを通じたケーススタディを融合させた研究の成果報告である。日本を代表する主要輸出企業12社の最新のヒアリング調査の詳細な検討を通じて、2000年代の日系企業のインボイス通貨選択、為替リスク管理、価格設定の実態についての新しい「定型化された事実」を提示し、理論的整合性を検証している。第1に、1998年外為法改正以降の完全に自由化された金融環境を所与として、2000年代に入り同一グループ内貿易が大半を占めるようになった日系自動車・電機メーカーは、最適な為替戦略を達成する重要な手段として貿易取引におけるインボイス通貨選択を位置づけている。第2に、こうして達成される日系企業の為替戦略は、海外現地法人を可能な限り為替リスクから解放するため、先進国向け輸出において現地通貨建て取引を、東アジア向け輸出において米ドル建て取引を選択することによって販売価格を安定させる行動を採用している。これは文献で言われているPTM(Pricing-to-Market)と整合的である。第3に、近年の東アジアにおける米ドル建て決済の増加は、基軸通貨の金融取引面での便宜性に加えて、最終輸出先としての米国の重要性、域内生産拠点構築に伴う同一企業グループ内取引の増大に起因している。第4に、市場競争の激しさから、為替レートが大きく変化しても輸出企業は価格を容易に改定することが困難であり、競合他社の価格設定行動やインボイス通貨選択の影響を強く受ける傾向が顕著である。特に、日系企業の最重要地域である東アジアにおける米ドル建て決済への統一化傾向は、本社企業に円対ドルの為替リスクを負わせるだけでなく、域内現地企業にも現地通貨対ドルの為替リスクを負担させることになる。今後も東アジア域内貿易が一層拡大する中、域内諸国通貨が米ドルに対してより大きく変動するならば、為替協調政策による域内諸国間の為替レートの安定こそが重要な課題となる。そこに日系企業の為替戦略と密接に関わる東アジア共通通貨バスケットの新たな意義があると言えよう。