WTO紛争解決手続における多数国間環境条約の位置づけ―適用法としての可能性を中心に―

執筆者 平 覚  (大阪市立大学)
発行日/NO. 2007年4月  07-J-014
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概要

国際社会における地球環境保護への関心の高まりとともに多くの多数国間環境条約(multilateral environmental agreement: MEA)が成立している。これらのMEAの中には、環境に有害な産品や絶滅危機種の国際取引を規制したり、環境破壊を促進する経済的インセンティブを排除したりするため、あるいは当該MEAの遵守を確保したり、非当事国の加入を促進したりするため、貿易制限措置の発動を当事国に義務づけ、または許可するものが存在する。MEAに基づくそのような貿易制限措置が、あるWTO加盟国から他のWTO加盟国に対して発動される場合には、後者が当該MEAの当事国であるか否かに関わりなく、当該措置のWTO法との適合性が問題となりうる。現在までのところ、このようなMEAに基づく貿易制限措置のWTO法適合性についてWTO紛争解決手続が援用された事例は存在しないが、今後この種の貿易制限措置の利用が増加するとともに、そのような紛争事例が発生する可能性は否定できない。ドーハ開発アジェンダの交渉議題に「既存のWTO規則とMEAに規定される特定の貿易義務との関係」という事項が含まれたのもそのような問題意識からであろう。ところで、実際にそのような紛争がWTO紛争解決手続に付託された場合に、同手続においてMEAはどのような位置づけを与えられるのであろうか。パネルや上級委員会は、そもそもMEAの中の抵触規則や一般国際法上の抵触規則に従ってMEAを優先的に適用し、当該MEAに基づく貿易制限措置のWTO法適合性を認めることができるのであろうか。MEAを含むその他の国際法がはたしてWTOの紛争解決手続において適用法となりうるのかは、きわめて論争的な問題とされてきた。本稿は、肯定説を展開するPauwelynの理論を、否定説を展開するTrachtmanの理論と対比しつつ詳細に分析することにより、パネルや上級委員会がMEAに基づく貿易制限措置の適合性問題を付託された場合にMEAに対してどのような位置づけを与えるべきか、とくにその適用法としての可能性を探求しようとするものである。