地域経済統合における「人の移動」の自由化―越境労働力移動に対する新たな国際的取組の形―

執筆者 東條吉純  (立教大学法学部)
発行日/NO. 2007年3月  07-J-008
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概要

本稿は、サービス貿易第4モードを中心として、短期の越境労働力移動に対する国際規制のあり方を考察するための基礎的研究である。

グローバリゼーションの進展に伴う移民の規模拡大および多様化・複雑化状況を受けて、多くの受入国では、出入国管理を強化する動きを強めており、かつ、移民フローを管理するための送出国・受入国間の国際協力の枠組みも構築されつつある。他方、GATSサービス貿易第4モードにおいて、一定の越境労働力移動問題が通商政策に係る自由化交渉の対象とされた。これにより、従来、移民政策上の問題として主権国家の統制に服してきた越境労働力移動問題は、近年、国際社会において、通商政策上の問題としても強く認識されるに至った。もっとも、GATS第4モード自由化交渉は、当初期待されたような成果を上げることができず、達成された自由化約束水準は、ほとんどの場合、各国移民政策の下で認められてきた範囲を下回る水準にとどまった。

これに対して、地域貿易協定(RTA)においては、一歩踏み込んだ自由化約束が実現することもあり、さらにGATS第4モード・タイプに制約されることなく、より包括的な形で移民政策に係る国際協力の法的枠組みが実現している場合もある。個別RTAについて、その具体的内容を確認してみると、RTA毎に実に多様な越境労働力移動条項が組み込まれていることが分かる。こうした分化状況は、各RTA固有の事情およびRTA毎に目標として設定される域内市場統合の水準―生産要素の自由移動も含めた統合市場を目指すのか、貿易・投資の自由化に資する範囲に協定の自由化義務を限定するのか―によって相当程度説明される。

以上の検討によって以下の知見が得られる。すなわち、(1)越境労働力移動問題においては、その多様な形態に応じた法規制の手法が必要であること、特に、送出国・受入国双方の国際協力が必要不可欠となる場合があること、(2)GATSの下、MFN待遇ベースで自由化を実現すべき越境労働力移動の類型は限られており、それ以外の類型については二国間又は地域レベルで自由化を推進する方がむしろ望ましいこと、(3)RTAにおける越境労働力移動条項の多様性は、移民政策と通商政策の交錯状況を反映するものであり、その意味するところを移民政策及び通商政策の観点から整理・検討することが、真に望ましい越境労働力移動自由化の実現にとって必要となること、がそれである。