バイアウトファンド主導の会社更生が更生債権弁済率に与えた影響の計測

執筆者 丸山宏  (横浜市立大学)
発行日/NO. 2006年4月  06-J-039
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概要

1990年代末から、わが国でも外資系を始めとするバイアウトファンドの活動が活発になった。こうしたバイアウトファンドの経済活動がもたらした影響を検証することは、今後のバイアウトファンドに対する規制のあり方や企業再生・M&Aに関する政策をめぐる議論のために欠かせない基礎研究である。その一環として、本研究では、バイアウトファンド主導の会社更生の事例が増加しているという事実に着目し、バイアウトファンドが会社更生事件の弁済率に与えた影響を計量的に分析した。不況産業に属している破綻企業の企業買収案件では、同じ(不況)産業内企業(インサイダー)の資金制約のため、その産業外の資金制約の緩い企業(アウトサイダー)が最終買収者になる確率が高くなることが考えられる。バイアウトファンドはどの産業に関してもアウトサイダーであるが、バイアウトファンドが主として不況産業に属する更生会社の再建のスポンサーになることによって、不況産業の弁済率が相対的に上昇し、好況産業と不況産業との弁済率の差が緩和される可能性がある。この仮説を「ディープポケット仮説」と名づけ、他の代替的な仮説と、現実説明力を比較した。具体的には、1990年から2004年の期間に手続きが開始された会社更生事件を対象とし、バイアウトファンドの活動がない前半(1990年-1998年)と、バイアウトファンドがスポンサーとなった会社更生事件が見られるようになった後半(1999年-2004年)の債権弁済率(要弁済額/確定債権総額)の関数を推計した。分析期間の前半では更生会社が不況産業に属していたことを表すダミー変数が統計的に有意な負の値であったが、後半では有意性は認められなかった。こうした分析結果は、ディープポケット仮説と整合的である。単にバイアウトファンド主導であるから弁済率が上昇するということではなく、スポンサーが見つかりにくく、弁済率も抑制的な傾向のあった不況産業でバイアウトファンドがスポンサーとなり、好況産業との弁済率の差を緩和している可能性を検出したことが重要である。このように不況産業での更生案件において、一定の役割を果たしつつあるのであれば、バイアウトファンド主導の企業倒産処理の増加は、企業倒産処理の効率化にとって望ましいことと考えられる。

バイアウトファンドに関わる政策論としては、少なくとも会社更生に関する限り、規制の追加や緩和の必要性はないと考えられる。ただし、更生会社の利害関係者に対して、当該ファンドの投資方針等の基本情報を十分に開示することが、円滑な再建を進める上で必要とされるであろう。一方、会社更生に関する政策論の観点からは、債権の一括弁済による会社更生手続きの終結が増加することにより、「会社更生手続きの終結」ということの実質的な意味が変化しつつある点に注目することが重要である。従来の長期間にわたる収益弁済型の会社更生計画では、裁判所による更生手続き終結の決定は、企業の実態面でも再建の一応の完了と理解してよい場合が一般的であった。しかし、バイアウトファンド主導の会社更生に多く見られる債権一括弁済による短期の手続き終結は、必ずしも再建の実質的終了ではなく、実態としては再建のスタートラインに立ったことを意味するだけの場合が多い。一定期間内での資金回収の必要性というバイアウトファンド固有の制約から、更生手続き終結後、短期間で企業売却や営業譲渡を行う可能性も相対的に高い。したがって、今後、更生手続きの法的終結後の企業再建の実態を観察し、場合によっては実質的な再建の完了を促進するための政策を施すことが、産業政策に求められることとなろう。