WTO紛争解決手続の履行問題
-手続上の原因と改善のための提言-

執筆者 川瀬剛志  (ファカルティフェロー/大阪大学大学院法学研究科)
発行日/NO. 2006年3月  06-J-023
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概要

WTO紛争解決手続の司法化の結果、実効的な法の支配が国際通商分野に及んだ反面、複雑な政治的背景を有する重要案件を中心に違反是正が滞り、譲許停止(いわゆる対抗措置)の応酬や違反措置の長期にわたる維持・放置が、米・ECなど主要加盟国を中心に見られるようになった。この履行問題はWTO紛争解決手続の機能不全を意味しないものの、主要加盟国による度重なるDSB勧告の無視は、長期的に紛争解決フォーラムとしてのWTOの正当性を危ういものとする。

川瀬=荒木 [2005]はこの問題を多角的に検討し、その法的および事実上の多様な原因を例証した。その結果、紛争解決手続上の要因に限れば、パネル・上級委員会による協定解釈の妥当性、勧告の明確性、譲許停止の規模などが履行問題を惹起していることが明らかになり、この解決には現行手続の改正を要する。

この結果を遵守理論に照射して整理すれば、要するにWTO加盟国の不履行の主要な原因として、合理的選択を前提とした執行力の欠如とWTOの判断に対する被申立国の規範的認識の欠如の両側面が併存し、双方からの手続的改正が勧告履行の改善をもたらす。しかしながら、ドーハ・ラウンドにおけるDSU改正交渉では、十分に履行問題に関心を払った提案は必ずしも多くはなく、更には合意の見通しもない。

このため、DSU改正に代わって、現行手続下で実施可能な「ソフト」な方法によって、漸進的に履行の改善を行うことが、現実的かつ最も望ましい。こうした方策には、例えば執行力強化の側面からは、質的側面をより重視した譲許停止の実施、また規範的側面からは、履行を意識したパネル・上級委員会による訴訟経済や特定履行勧告の裁量行使、および政治的合議体としてのDSBによるパネル・上級委員会報告書のレビューの強化などが含まれる。