金融サービス貿易の自由化が中国銀行部門へ与える影響

執筆者 Li-Gang LIU  (前上席研究員)
発行日/NO. 2005年9月  No.07
ダウンロード/関連リンク

概要

中国は2001年末のWTO加盟時に「サービスの貿易に関する一般協定(GATS)」に署名した。これにより中国は、2006年末までにGATSにコミットメントしている金融サービス貿易の自由化を完全に実現しなければならない。



通常金融サービス貿易の自由化は、外資系金融機関の自由な市場参加と外国からの資本流入を伴うため、当然ながら新興市場経済における国内金融及び資本勘定の自由化のプロセスを複雑にする。そこで次のような仮説、つまり金融サービス貿易の自由化による外資系銀行の参加は、国内金融及び資本勘定の自由化を加速させ、その結果、特に国際資本の流出入規制を徐々に無効にし、事実上の資本勘定の全面的な自由化につながる、という仮説を立てることができる。本稿では、中国の金融サービス貿易の自由化が実際に外資系銀行による人民元建てでの金融サービスへの参入を促進し、それが中国の国内金融及び資本勘定の自由化を加速しているかどうかを明らかにし、そして特に金融サービス貿易の自由化が新興経済国への銀行融資を促進するかどうか、に光を当てる。



中国における外資系銀行のプレゼンスは今のところ比較的小さい。その総資産規模は国内銀行資産のわずか1.4%である。しかし、外資系銀行による中国国内への融資の60%以上は米ドルで行われており、その資金の多くを本社からの直接借入に依存している。こうした本社からの借入は外資系銀行が中国の対外資本取引に影響を及ぼしうる最重要チャネルの1つである。



また、外資系銀行の参入は、金利自由化、参入障壁の撤廃、業務範囲の見直し、金融セクターへの国の関与の縮小といった分野での自由化と改革を促進しており、すでに影響を及ぼし始めている。例えば外資系銀行は人民元の預金ベースが小さいため、1998年以来常にインターバンク市場に積極的に参加しており、深センの銀行協会が外資系銀行に対するインターバンク市場の人民元貸出金利は平均基準貸出金利から20%以上下回ってはならないことを取り決めた際、外資系銀行はこうした反競争的な慣行がない上海市場での借入を積極的に行い、その結果、深センの銀行協会の取り決めは廃止となった。



さらに、中国に進出した外資系銀行の手によって国際的な資本移動のチャネルが増えたのは確実で、そのため中国の資本移動規制はより抜け穴が多いものとなっている。すでに外資系銀行は中国への短期銀行貸付の仲介において、積極的な役割を果たしている。LIBOR(ロンドンインターバンク取引公式レート)と中国の6カ月未満の人民元短期貸出金利の間の外資系銀行による裁定取引は、中国の短期借入が1999年末には約200億米ドルだったのが2004年には380億米ドルまで急速に増加する一因となった。これを機に、国家外貨管理局は2004年6月、外資系銀行と国内銀行双方に対して短期対外債務の額を経営資本の5倍以下に制限する規制を発令した。



また、本稿では、中国を含む新興経済国における金融サービス貿易自由化が資本移動等に与える影響、特にこうした国への銀行融資を促進するかどうかについてグラビティモデルによる分析を示す。この結果、国、地域によって金融サービス貿易の自由化が外国からの銀行融資を促進する効果は異なっていることが示された。すなわち、1つの分析では、中国については銀行融資を増やす効果があるが、ラテンアメリカ諸国、ASEAN諸国プラス韓国にはほとんど効果がないという結果になった。



以上の分析から分かるとおり、中国の金融サービス貿易の自由化は、国内の急速な金融自由化への誘発剤となってきた。外資系銀行は、未だその規模は比較的小さいものの、支店と本社間の資本移動や国内市場と海外市場間の取引などを通じて、すでに中国の資本流出入に大きな影響を及ぼしている。今後参入障壁がさらに引き下げられ、外資系銀行の総資産規模が拡大するにつれ、外資系銀行が果たす資本移動の仲介的機能はさらに重要性を増していくであろう。



加えて、より多くの資本移動が生じてくるので、既存の資本規制体制の有効性が損なわれるおそれがある。固定為替レート制の下では、国際的な裁定取引が大規模に行われれば、内外の金利差が消滅し、国として独立した金融政策を維持することができなくなってしまう。資本移動の自由度を拡大しながら、同時に独立した金融政策の維持を目指すのであれば、為替レート体制をより柔軟なものにすることが必要になる。中国の場合、金融サービス貿易自由化が一層加速するので、それが国際資本の流出入を活発化し、中国の資本規制を将来、より危うくし、資本勘定自由化のテンポは予想以上に速くなるであろう。2007年以後は外資系銀行のプレゼンスの大幅な増大が予想されるから、今後の国際的な資本移動の拡大を見越して今から柔軟な為替レート体制へ移行していくことこそが、中国の利益につながるものと考えられる。