「STIネットワークの研究」-日本企業の本業回帰と新規技術取り込みの分析-

執筆者 鈴木 潤  (財団法人未来工学研究所主席研究員) /児玉文雄  (ファカルティフェロー)
発行日/NO. 2005年3月  05-J-010
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概要

本稿では、我が国においてようやく利用環境が整えられてきた特許データを重点的に用いて、企業の研究開発におけるコア技術分野の変遷や技術分野間の関係等を分析した。

分野により多少の違いは認められるが、全般的に特許の出願時における技術分野のシェアと登録時のシェアの相関は高かった。すなわち、特許出願から登録に向けては、技術分野の「選択と集中」はほとんど生じていない事が明らかとなった。これは、調べた限りでは業種を問わず、また年代を問わず、普遍的に見られる現象である。さらに、業種単位ではなく企業単位のコア技術分野について見ても、出願と登録はほぼ同じシェアであり、コア技術分野の変化は見られなかった。すなわち、業種単位で見た場合の出願時と登録時の技術分野の関係は、そのまま企業単位の分析にも当てはめることが可能であると考えられる。

技術分野はそれぞれが独立して変化しているのではなく、組織の内外で相互に影響を及ぼしあいながら共進化を続けている。我々は特に、企業内部での技術分野間の長期的な関係に注目し、いくつかの新たな方法論を利用し、技術分野間の関係の分析をおこなった。すなわち、IPCのCo-occurrenceの概念を用いて、企業内技術ドメインのクラスター分析やそれらの間の関係を分析することが可能であることを示し、さらにより長い期間を対象として、企業内の技術軌道の分析を試みた。

第1のケースとして取り上げたキヤノンの事業は、原則的に既存のコア技術を近隣の技術分野へと徐々に展開し、それを新規事業へとつなげて多角化していくことで急成長を遂げてきたことを示した。このようなコア技術の多角化は、“proximal diversification(近接性多角化)モデル”と呼ぶことを提案した。一方、第2のケースで取り上げた武田薬品の技術軌道の変化とその融合過程の分析からは、少なくとも遺伝子工学という新たな破壊的技術が出現した初期には、新しい技術を担当するチームと従来技術を担当するチームの間で意図的な情報遮断が行われており、結果的に十分な期間を経た後でそれらの技術を既存のコア技術へと取り込んでいくというマネジメントが行われたことが明らかとなった。技術的なギャップを乗り越えていくために有効であると考えられるこのようなアプローチを、“ベンチャー挿入モデル”と呼ぶことを提案した。