「法それ自体」案件におけるWTO紛争解決履行制度の機能
-米国の事例を中心として-

執筆者 川瀬剛志  (ファカルティフェロー)
発行日/NO. 2005年3月  05-J-005
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備考 本論文は2005年3月17日掲載分が完成版です。それ以前に掲載されたものは抹消扱いとなりますのでご注意ください。

概要

WTO紛争解決手続はその実効性から高い評価を得ているが、昨今紛争解決機関による協定違反措置の是正勧告の不履行または履行遅滞が顕著になりつつある。このような問題は、特に米国による「法それ自体」案件、つまり国内法令そのものがWTO協定違反を構成する事案に多く見られる。これらの事案は我が国が米国に勝訴した案件を多く含み、履行問題は危急の通商政策課題である。利益誘導型・委員会縦割りの米国議会政治を前提とすれば、紛争解決了解の履行確保手続が、議会に迅速なDSB勧告履行のための誘引を与える構造であることが望ましい。

しかしながら、現行DSUと「法それ自体」案件におけるその運用は、必ずしもこの目的に資さない。第一に、履行期間を決定する際、履行方法の選択に被申立国の大幅な裁量が認められ、妥当な履行を前提にできるかぎり短いRPTが設定されることが保証されない。第二に、金銭賠償の導入は国民に広く薄い財政負担を強いる一方、違反措置の継続により特定利益団体への便宜を図れることから、DSB勧告履行の圧力の回避につながる。第三に譲許停止(対抗措置)は、現行の慣行では萎縮効果等を排した実損ベースで無効化・侵害の水準を算定することから、適用事例の少ないWTO協定違反法令については、これを撤廃させるのに十分な額の譲許停止を認められない。

これらの問題点への対応は、部分的には現行規定に運用を変更すれば対応可能であるが、特に譲許停止のあり方については協定改正が必要となる。しかしながら、ドーハ・ラウンドDSU改正交渉に提出された諸提案においても、十分な対応は行われていない。