擬似オープン・アーキテクチャと技術的ロックイン
-中国二輪産業の事例から-

執筆者 藤本隆宏  (ファカルティフェロー) /葛東昇
発行日/NO. 2004年2月  04-J-003
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概要

本稿では、世界最大のオートバイ生産国に成長した中国において、生産シェアでは外資系企業を圧倒するほどの活力を持つ中国系企業群が、技術面では外国企業の製品を模倣・改造する段階に止まっているのはなぜか、という問題を、主に設計思想(アーキテクチャ)と製品開発プロセスの観点から考察する。具体的には、外資系(日本)企業が導入したインテグラル(擦り合わせ)アーキテクチャの製品をコピー・改造し、そのコピー・改造部品をあたかも汎用部品のように扱い、新製品を開発する「擬似オープン・アーキテクチャ」へと換骨奪胎してしまうローカル企業群の競争行動に着目し、それが事業展開スピードで外資系企業を圧倒する強みをもたらす反面、外資企業の古い製品設計や部品技術の範囲から抜け出られなくなる「技術的ロックイン」をももたらす、というジレンマを指摘する。

その際、後発企業による外国製品の模倣には、単純な製品形状の「コピー・改造」と製品の形状から機能設計への逆探知を目指す「リバース・エンジニアリング」という二段階を峻別すべきだと論じる。後者は本格的R&Dにつながる知識の蓄積過程をもつが、前者はそうした知識の蓄積を生まないため、前者から後者へ飛躍する誘因が弱められることは技術的ロックインの原因になると予想されるからである。

続いて、このような「技術的ロックイン」が生じるプロセスを、部品調達の面から実証的に検討する。具体的には、ローカル部品サプライヤーの間で、完成品組立メーカーを介さないコピー・改造部品の「局所的な擦り合わせ」(水平的な調整)が進行する事例を分析する。完成車組立メーカーは、そうした「擦り合わせ済み」の部品群を「市販品購入方式」で調達した方が、自ら製品設計全体の擦り合わせ(垂直的な調整)を行い「図面発注」で調達するより、コスト・スピード・組立品質の面で優位となる。つまり、ローカル組立メーカーは、十分なR&D投資(あるいはその入り口であるリバース・エンジニアリング)を行い、独自の製品開発能力やアーキテクチャ知識を蓄積する経済的誘因を持てなくなる。その結果、組立企業は要素技術や製品コンセプトで製品差別化を行うことができず、中国オートバイ市場は、その巨大な規模にもかかわらず、多数の完成車組立メーカーが価格や製品投入スピードで激しく競争する市場となる。そうした短期的な競争圧力が、ローカル企業による長期視野の要素部品開発やコンセプト開発をさらに難しくする、という悪循環が、「技術的ロックイン」の長期化をもたらしている、との結論を得る。