日本の構造的経常収支の動向:貯蓄・投資バランス・アプローチによる実証分析

執筆者 深尾 京司  (ファカルティフェロー) /共著  千明誠
発行日/NO. 2002年9月  02-J-017
ダウンロード/関連リンク

概要

本論文は、標準的な国際マクロ経済学に基づいて1990年代の日本の「構造的」経常収支黒字を定量的に把握することを目的としている。その際、生産の海外移転や途上国の追い上げといった最近の構造変化が構造的経常収支黒字に与える影響について考察した。

2001年半ば頃からの貿易サービス収支の急速な悪化などによって、黒字大国終焉論とでも呼ぶべき論調がわが国で高まりつつある。しかし、この議論は、標準的な国際マクロ経済学の考え方からすると、1)内外の景気変動のような短期的要因と途上国の追い上げや生産の海外移転といった長期的要因を区別していない、2)本来、内生変数である為替レートの決定メカニズムを無視して外生扱いしている、などの点で問題がある。

そこで、我々は貯蓄・投資バランス・アプローチに基づいたマクロ計量モデルを推定し、各市場が均衡して完全雇用が達成させる状況において成立する名目為替レートと経常収支の値を推計した。モデルの特徴は、企業の海外生産移転の効果を表す変数(海外生産比率)と、途上国のうち特にアジア地域の追い上げを表す変数(工業製品世界輸出に占めるアジア地域のシェア)を含む点にある。

実証分析により以下の結果を得た。1)1990年代を通じて、均衡為替レートはほぼ一貫して現実の値より円安であり、均衡経常収支も一時期を除いて現実の値より黒字が大きかった。また、これらの傾向は1997年以降一層強まり、現実の値との乖離が拡大している。2)生産の海外移転によって日本の貿易サービス収支関数は下方にシフトした。これは均衡為替レートを減価させ、均衡経常収支を減少させる効果を持った。3)アジア地域の追い上げは貿易サービス収支を上方にシフトさせた。これは均衡為替レートを増価させる効果があったが、均衡経常収支に対してはほとんど効果がなかった。