Research Digest (DPワンポイント解説)

特許の保護範囲の拡大が企業成長に与える影響:日本のソフトウェア特許の認可を用いた因果関係の識別

解説者 山内 勇 (リサーチアソシエイト)
発行日/NO. Research Digest No.0127
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デジタル技術が急速に進展する中で、それを活用するためのソフトウェアの保護がイノベーションにどのような影響をもたらすかという議論は多いが、先行研究からは統一的な見解は得られていない。山内勇RIETIリサーチアソシエイトは、特許のイノベーション促進効果研究の第一段階として、日本における1997年の制度改正(ハードウェアと分離されたプログラムの保護)に着目。ソフトウェア特許の保護範囲の拡大が企業成長に与える影響を実証的に評価した。因果関係も考慮した分析から、特許出願が中小企業の売上高の成長やR&D活動の促進に有効であり、限られたリソース・保護手段しか持たない中小企業の出願支援・環境整備が、今後の政策の方向性として重要であるとした。

研究の概要

――今回の研究に取り組まれたきっかけや経緯についてお話しいただけますか。

近年、IoTやAIが飛躍的に発展していますが、これらの技術はソフトウェアによって実現されています。このソフトウェアをどのように保護していくかが、今後のイノベーションに大きな影響を与えると考えています。イノベーションが特許で促進されるかという根本的な問いは昔からありますが、その効果を定量的に示したいと思ったことがこの研究の発端です。今回の研究では1997年の制度改正を利用して、特許の保護範囲拡大がもたらす企業成長への因果の特定を試みました。

ソフトウェアを活用したビジネスは米国が特に強く、米国で登録されている特許の4割は広い意味でのソフトウェア関連技術であるといわれています。この分野の競争力は、新興国も伸びているのですが、日本の伸び率は低く、それをどのように改善して国際的な競争力を高めていくかが、日本の知財政策の側面でも非常に重要だと考えます。

――今日は、デジタル化をめぐる産業政策を考える上で、大変興味深いお話が聞けそうですね。今回の研究で1997年の制度改正を取り上げられたのは、どのような理由からでしょうか。

最近では、特許権は「強すぎ」てイノベーションを阻害しているという主張も一定の支持を得るようになってきています。特に、ソフトウェアの分野ではその傾向が強いように思います。それは、産業横断的に色々な技術を組み合わせたり、データや知識を共有したりすることが、IoTをベースとしたイノベーションに必要だからと考えられます。しかし、そうした議論の多くは、客観的で厳密な分析に裏付けられたものではありません。伝統的に知財に対する考え方が違っていた異業種の企業が連携することが増えてきたことも、問題をさらに難しくしていると思います。

当然、特許のイノベーション促進効果は分野や時期によって異なります。そうした違いも考慮した分析をしていきたいと考えており、今回の研究はその第一段階になります。そのため、まずは分野を絞り、精度の高い分析ができる制度改正に着目することにしました。

1997年の制度改正以前は、ハードウェアと一緒でなければソフトウェアに関連する特許は取れませんでした。それが、記録媒体に記録されたソフトウェアも、ハードウェアを用いて情報処理を行っていれば物理的には分離していても特許を取得できるようになりました。時期的にはやや古いですが、厳密な分析がしやすいこと、また、ある意味で日本のソフトウェア特許の節目といえる制度改正だったことが、1997年の制度改正を分析対象とした理由です。

――国際的な視点で見ると、米国のソフトウェア特許が最も進んでいるとのことでしたが、欧米諸国のソフトウェア特許の現状についてもお聞かせください。

1990年代から2000年代にかけて、日本も欧米もソフトウェア特許の保護範囲を拡大していきました。その中でも米国は、最近は風向きが大きく変わりましたが、ソフトウェア特許の認可率が一番高かった国です。ヨーロッパはソフトウェア特許の取得が難しく、日本がその中間に位置付けられてきたように思います。この違いは、国によって特許法で保護する対象が異なることに起因していると考えています。

発明や挑戦を重視してきた米国では、特許の保護対象となる発明に関してさほど制限はありませんでした。それに対して日本は特許法により、発明は、自然法則を利用していて、なおかつ技術的な思想の創作のうち高度のものでなければいけないという制限があります。この制限の中でソフトウェアを発明として認めていくといった形で保護範囲が広まっていった経緯があります。ヨーロッパでは、発明について明文化された定義はありませんが、特許の対象としないものにコンピュータプログラムが挙げられてしまっています。そのため、例外的な扱いから範囲を拡大していく必要があり、それが、認可基準が厳しくなった背景だと考えています。国によって特許を認める発明の捉え方が違うため、認可を出す基準も国によって異なるのだと思います。

図1:Share of the firms filing at least one software patent application
図1:Share of the firms filing at least one software patent application

先行研究と本研究の特異性

――国や地域によって、ずいぶんとよって立つ視座が異なるのですね。そうした中、これまでの先行研究ではどのようなことが明らかになっているのでしょうか。

今までの先行研究は米国を対象としたものが中心ですが、その中でも否定的なものと肯定的なものに分かれていて、まだ結論が出ていない状況です。否定的な論文もかなりあり、そもそもソフトウェア特許が認められる前からソフトウェア産業ではイノベーションが起こっていましたので、特許は必要ないという議論もあります。「特許の藪」がイノベーションを阻害しているといった見解の論文も多々あります。逆に肯定的な論文では、特許を取得した後は売上高などのパフォーマンスが改善するという結果も見られます。

イノベーションの効果は、制度改正や企業の戦略、企業規模などのさまざまな要因によって左右され、そこにこの研究の難しさがあります。例えば企業規模の側面で見てみると、中小企業は武器として知財を持っていた方が有利なこともありますし、逆に大手企業はすでに多くの特許ポートフォリオを保有しているので、追加で取得してもあまり意味がないことがあります。そういった規模の側面も十分考慮していかなければ、統一的な見解が導けないのではないかと懸念しています。なぜ先行研究でこれほど結果が違うのかという点は私の研究課題の1つでもあります。

――企業行動には複数の要因が相互に影響し合うような面があるということですね。今回の研究の新しい点はどのようなところでしょうか。

先ほど、先行研究で統一的な見解が得られていない理由としていくつかお話ししましたが、その他にも内生性という課題があります。つまり特許取得と企業パフォーマンスの向上との因果関係が分かっていないという問題です。例えば、財務状態が良い企業ほど特許を取得しやすく、なおかつ成長率も高いという関係があると、たとえ特許取得に成長率を高める効果がなかったとしても、特許を取得している企業の成長率は高いという強い正の相関が生じてしまいます。こうした影響を取り除いて、特許を取得することの本当の効果を識別することに注力しているのが、本研究の特異性です。

――内生性という課題を解決するために、今回の研究の分析手法で特に工夫された点がありますでしょうか。

因果関係を特定する上で一番効果的なのはランダム化比較試験だといわれていますが、この研究も含めて多くの場合、社会科学の分野ではその手法を適用することは現実的に難しいです。今回の分析では、外生的な要因によって偶然発生した制度変更を自然実験とみなして、それに操作変数法と呼ばれる分析手法を組み合わせて因果関係の特定を試みました。

1997年の制度改正では、影響を受けるグループと受けないグループを、比較的明確に分けることができます。もともとソフトウェアしか提供していなかった専業企業は、ハードウェアと一緒でないと特許が申請できなかった制度改正前は、ソフトウェア特許とは無縁でした。しかし、この制度改正によって新たに特許が取得できるようになったので、外生的な要因によって意図せず環境が変わったのです。他方で、ソフトウェア事業と同時にハードウェア事業も行っていた企業は、制度改正以前にもソフトウェア特許を取得することができました。この2つのグループの間で制度改正の影響を比較すると、ランダム化比較試験に非常に近い分析となります。

もう1つ操作変数法と呼ばれる手法も用いています。簡単に言うと、因果の原因の方の変数である特許取得行動には影響を及ぼすけれど、結果の方の変数である成長率には影響を与えないような変数を使って因果関係をはっきりさせる手法です。今回使った変数は都道府県別の弁理士数です。いざ特許が取得できるようになっても、今まで特許を取ったこともなく、リソースも限られている中小企業にとっては、特許取得のハードルは依然として高いはずです。近くに特許取得を助けてくれる弁理士がいれば、特許取得は促進されます。これは特許取得行動にはかなり影響がある変数です。

しかし、近くに弁理士がいるからといって、それが直接的に企業の成長率を高めることはありません。正に操作変数として適切な変数です。弁理士の数は特許取得を通じてだけ成長率に影響をもたらすので、この変動の経路を追うと因果関係が識別できます。

こうした自然実験と操作変数法という2つの手法を組み合わせることで、ソフトウェア特許の保護範囲が拡大したことによる特許取得活動と、企業成長との因果関係をより明確にすることができました。

政策的インプリケーションと今後の研究

――今回の研究でどのような結論に至ったのでしょうか。

まず、保護範囲が拡大されたことによって大企業だけではなく、中小企業も特許出願数を増やしたことが分かりました。問題は特許を取得することによって、パフォーマンスが改善するかという話で、今回の研究では主に中小企業にのみ改善が見られました。中小企業は特許出願数を増やしたことで、その後の売上高、従業者数、研究開発活動(SEとプログラマの数)の成長率が、そうでない企業に比べて大きく向上しています。つまり、知財政策がイノベーションを促進したという結果が得られたことになります。制度改正前には、発明を保護する術を持っていなかった多くの中小企業にとって、専有可能性や交渉力の向上をもたらす特許出願は、パフォーマンスの向上に非常に有効であることが示されました。

また、先ほど申し上げた弁理士数の変数も、中小企業にしか効果が見られませんでした。この結果から、中小企業の特許取得を支援することは大変重要であるということが分かります。それにより中小企業のイノベーションのパフォーマンスは高まるといえます。

一方で、大企業でも特許出願数は増加しましたが、売上や従業者数、研究開発活動の面から見たパフォーマンスの改善には繋がっていませんでした。もともとハードウェア分野でも特許を取得していたので、ソフトウェア分野にも特許の保護範囲が拡大されただけでは、さほどインパクトはなかったのだと考えています。逆に言うと悪い影響もなかったので、経済全体ではプラスの効果だったというのが今回の研究の結論です。

――中小企業の特許出願数とパフォーマンスに明確な因果関係が見い出され、興味深い結果です。ソフトウェア分野の特許取得を支援するにあたり、今後どのような点に力を入れていくことが有効だと考えますか。

特許取得に関して、中小企業の間接・直接的なコストを下げることが重要だと考えます。今回の分析で、中小企業の特許出願数が増加したことが分かりましたが、それによって知財活動のコストがかかっているはずです。たとえ知財がパフォーマンスの向上に役立ち、長期的にはコストを上回るメリットがあると分かっていたとしても、知財活動に割くリソースや知識が足りないということは大いにあり得ます。特に、特許を出願したことのない企業にとって、最初の特許出願のハードルは非常に高いと思います。企業の設立から最初の特許出願までの平均的な期間は30年を超えるという調査結果もあります。

特許庁でも、中小企業に対する特許料の減免制度や、支援窓口の設置などの取り組みを行っていますが、そのような政策に今後も力を入れていくべきです。ソフトウェア分野で特許を取ると、中小企業の資金調達がしやすくなるというような研究結果も出ていますので、それと合わせるとやはり知財の取得支援は中小企業のイノベーション・パフォーマンスを高める上で非常に重要だと言えます。

その他にも、中小企業が保有する知財を活用したビジネスを評価した「知財ビジネス評価書」を作成して金融機関に提供することで、中小企業の資金調達を支援する制度を特許庁が実施しています。中小企業はこの制度を利用することで、資金調達や新規顧客開拓などの際に自社の強みをアピールする材料になります。中小企業のビジネスチャンスを広げる効果が期待できますので、とても重要な取り組みだと思っています。

また、日本の産業構造や事業環境に適した政策を打ち出すことも重要です。例えば、ベンチャー企業に対する支援の在り方ひとつをとってみても、米国と日本の構造や環境は大きく違います。新設事業所の特徴として、米国ではかなり小規模の事業所が多いのに対し、日本は少し大きめの中堅事業所が多い傾向にあります。おそらく日本では、大企業の一部門が切り出されて開設される事業所が多いからでしょう。

このことからも、米国とは違うベンチャー支援制度が必要になってくることが分かります。例えば大企業との関係を残したまま一部を切り離してベンチャーを立ち上げるカーブアウトが日本では機能しやすいと思います。そうしたベンチャーを、軌道に乗ったら親会社に戻すことも考えられますので、切り離したり戻したりする際の知財の扱いをどうするか、そういったところでイノベーションを促進する日本特有の知財政策を設計していくことができるのではないかと考えています。

――今回の研究は、その政策的インプリケーションも大きな広がりがありますね。わが国のイノベーション政策や知財政策を考えていく上で、参考になりそうな欧米の動向は何かありますか。

とても難しい質問ですね。ソフトウェア関連の発明に限って言いますと、欧州ではそこまで目立った動きはない気がします。一方で米国はむしろソフトウェアを認めにくくするインパクトの大きい最高裁判決が2014年に出ました。この背景には知財が強すぎてイノベーションを阻害するというような考え方もあったのかもしれません。この判決以降、特許の適格性に関する訴訟が増えたので、今後の米国の動向は注視しなくてはいけないと感じています。

ソフトウェアはIoTやAIと連動して進化し活用が進む側面が強いわけですが、その大本であるデータの保護は世界で動きがあり、特に欧州はデータの扱いが厳しくなっています。GDPRや競争政策もそうですし、IT企業に新たな税制を課すといった議論もあります。今までは知財政策だけを考えていれば良かったのですが、IoTはさまざまな分野が絡んできますので、今後は国の政治的立場や他の政策との補完性も考慮して知財政策を考えなければいけません。

――今後は、ますます複合的な観点で政策的インプリケーションを見極めていくことが重要だということでしょうか。

そのように思います。今回の分析は1997年の制度改正が対象なので、現状とはかなり乖離があると思います。その中でも共通している部分はあり、それは知財が中小企業にとって武器になるというところです。知財制度の存在を前提とすると、相手が武器を持っているのに自分は持っていないと競争力が弱くなってしまうので、どの企業も持っていた方が良いというのは間違いないでしょう。ただ、そのコストに対してベネフィットが見合うものであるかというバランスを考えなくてはいけません。今回の大企業のパフォーマンスは改善しないという結果を見ますと、この時代で特許をインセンティブの機能として使うにはもう少し工夫が必要ではないかという感覚はあります。

特に1997年時点と比べると、今はプラットフォーマーが過度の独占力を持つことに対する懸念が強まってきていますし、それに対抗する意味でも、データや知識を共有してより良いものに発展させていこうという意識が強くなっていると思います。そうするとむしろ、もう少し弱い権利でイノベーションを促進する方法も考えていかなければならないかもしれません。例えば実用新案のような、特許より弱い権利をオープンソースソフトウェア(OSS)に似た枠組みの基礎権利として使うという考え方もあると思います。OSSは著作権がベースになっていますが、誰もが自由に使える代わりに、自分自身が改良したものも一般に共有しなくてはいけません。それをソフトウェアの分野に応用し、弱い権利なので多くの人が自由に使えるけれど、本当に悪質な事業者が入ってきたときには差し止めができるような仕組みを作るということも考えられると思っています。

――IoTやAIが進展する中、デジタル化時代への示唆に富み、大変勉強になりました。最後に、今後の展望を教えてください。

ソフトウェア分野で1997年は古い時代になってしまっているので、今後の研究ではより直近のデータを用いて現在のソフトウェア分野の実情を分析していく予定です。

技術が進展するに伴って、消費者も企業もニ極化していきます。少数の企業・個人に多くの富が集中し、中間層は薄くなっていき、貧しい層が増えるという統計的事実があります。その傾向が進むと米国のIT大手企業がプラットフォーマーとしてより強い独占力を持つようになり、ますます中小企業が弱くなってしまうので、どのようにバランスをとっていくべきかということが今後の研究課題です。

その意味ではソフトウェア分野はもちろんですが、IoTやAIの分野にまで分析対象を広げていく必要があると思います。今まではIoTの研究をしようと思っても、どれがIoTの技術なのかという線引きの難しさがありました。

しかし、最近日本では特許庁がIoTの分類を付与し始めましたので、そうしたデータが蓄積されていきますと、今までできなかった研究ができるようになります。私がこの研究を始めた頃はまだIoTの分類付与は始まっていませんでしたが、今後はそういった分野にも分析の対象を広げ、最新のデータを使って、特許制度がどのようにイノベーションに影響を及ぼしていくのかを研究していきたいと思っています。

解説者紹介

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山内 勇

2012年一橋大学経済学博士。メルボルン大学客員研究員(一般財団法人知的財産研究所在外研究員)、経済産業研究所研究員等を経て、2016年より明治学院大学経済学部専任講師。
最近の主な著作物:「日本人発明者の移動と技術流出リスク:韓国企業の人材活用モデル」日本知財学会誌, 第11巻第2号, 47-65頁, 2014年(枝村一磨, 角山史明, 隅藏康一との共著)、"Does the Outsourcing of Prior Art Search Increase the Efficiency of Patent Examination? Evidence from Japan," Research Policy, vol. 44, Issue 8, pp. 1601-1614, 2015. (with S. Nagaoka)