Research Digest (DPワンポイント解説)

標準必須特許を巡る法的問題―国際動向と日本の対応の考察

解説者 鈴木 將文 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0125
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情報通信技術が急速な進化を遂げる昨今、標準必須特許の課題に関する議論はますます活発になっている。鈴木將文教授(名古屋大学大学院法学研究科長)は、標準必須特許を巡る法的問題について、世界主要国(日本、欧州、米国および中国)における法的紛争や、政策的対応における考察を行った。標準必須特許の権利行使を制約する法的原理について重点的に分析を行い、個別論点(特許権者と標準実施者の間の交渉の在り方、FRAND条件を充たす実施料の計算方法、紛争解決手続の在り方、標準必須特許権の移転の扱い)についても検討した。

契約法アプローチ、競争法アプローチに着目

――今回の研究に取り組まれた経緯について教えてください。

RIETIでは2011年頃から、経済学者で当時RIETIにいらした青木玲子ファカルティフェロー(以下FF)や長岡貞男FFが中心となって、標準の経済へのインパクトに関する研究が始まりました。2013年から2015年にかけて行われた研究プロジェクト「標準と知財の企業戦略と政策の研究」には、法的な問題も取り扱うとの理由から私も参加させていただくこととなり、それが標準必須特許の研究を始めるきっかけとなりました。同研究プロジェクトがひと段落した2015年12月に、私はディスカッション・ペーパー「標準必須特許の権利行使を巡る法的問題」を公表しました。

標準必須特許に関する問題については、情報通信技術が社会・経済において重要な役割を果たすようになったことを背景として、国際的にもますます活発に議論されるようになり、世界中で数多くの裁判が提起されました。そのため、2016年7月から、引き続き青木FF(当時)を中心に研究プロジェクトを起ち上げることになりました。その後、青木FFが公正取引委員会の委員になられたため、私が代表としてプロジェクトを引き継ぎ、今回のディスカッション・ペーパーに至りました。

――先行研究との違いと今回の研究の特徴についてお聞かせください。

標準と特許の問題については、世界中の経済学者や法学者によってさまざまな研究が行われています。しかし、日本では、法的な観点からの、最近の国際動向も踏まえた包括的な研究がまだ十分に行われていません。今回のディスカッション・ペーパーでは、近年における主要各国の判決例を分析・評価した上で、日本の観点からの提言を行いました。その点が先行研究との違いといえます。

また、内容的な特徴としては、標準必須特許の権利行使についていくつかの異なる考え方がある中で、大きく契約法アプローチと競争法アプローチの2つに分けて、それらの違いを掘り下げて分析したという点です。これは国際的にもまだ十分議論されていないところだと思います。

――標準必須特許とはどのような特許でしょうか。

標準必須特許は、標準の規格に準拠した製品を製造するためにその発明を実施することが必須となる特許です。例えば電気のプラグやUSBなど、異なる会社の製品が相互に接続されるとき、製品同士の接続方法、送受信されるデータの形式などを統一し、標準化することは欠かせません。最近は情報通信技術、IoTの発達などにより、標準の重要度は一段と増しています。より良い技術を取り込んで優れた標準を作り、それが社会に広く普及することは、経済的にも社会的にも大きなプラスとなります。ただ、そのためには、特許の対象となっている技術を標準に取り込むことが避けられません。このように、標準の重要性の高まりに伴って、標準必須特許を巡る問題が一層重要になってきました。

――標準必須特許が使われている製品にはどんなものが ありますでしょうか。

ここ20〜30年はBlu-ray、JPEGといった音声や画像の圧縮に関するデジタル技術、3G、4Gといった移動通信システムに関連するスマートフォン、その他パソコンなどインターネットにつながる機器に標準必須特許を使うことが多いです。さらにIoTという観点では、今や自動車や電化製品もインターネットにつながる時代ですので、そこにも標準必須特許は大きく関連してきています。

FRAND宣言の意義

――標準必須特許の問題でよく耳にするFRAND宣言についてご教示ください。

特許は独占的な権利ですので、特許権者はその特許発明を無断に使われた場合、差し止めや損害賠償を請求できます。しかし、標準必須特許について特許権者の権利行使を自由に認めてしまうと、特定の特許発明を使えないために標準も使えなくなってしまうのは困ることから、標準利用者は非常に高額のライセンス料を甘受する(ホールドアップ問題)、多数の特許が標準に含まれることから実施料が高くなる(ロイヤルティスタッキング問題)などの問題が生じます。他方で、権利行使の制限が行き過ぎると、特許権者が発明を標準に取り込むことを拒否するようになって魅力的な標準を作れないという問題(ホールドアウト問題)も発生します。従って、随分前から、標準必須特許の権利行使については一定の調整が必要だということが議論されてきました。

そのような調整の方策の1つとして考えられたのが、FRAND(Fair, Reasonable and Non-Discriminatory)宣言です。FRAND宣言とは、標準に取り込まれた特許について、その標準を使う者は誰でも、「公平、合理的、かつ差別のない」条件でライセンスが与えられることを、標準必須特許の権利者が標準設定機関に約束するものです。標準設定機関は、標準に自分の特許が組み込まれると分かった権利者が、FRAND条件もしくは誰にも無償でライセンスするという条件を認めない限り、その特許を標準に取り込まないというルールを定めました。

図:関係者の相互関係
図:関係者の相互関係

――FRAND宣言がライセンサーやライセンシーへ与えるメリット、デメリットは何でしょうか。

ライセンサーはFRAND宣言をすることによって、自分の特許を標準に取り込んでもらえます。その結果、特許が広く使われ、ライセンス料を受け取って利益を上げられることはメリットでしょう。デメリットは、直接マーケットで競争しているライバルを含めた、すべての標準実施者に対してFRAND条件下のライセンスをすることを求められる点です。

ライセンシーにとってのメリットは、FRAND条件下で特許発明のライセンスを受けられるため、多額のコストを負担することなく標準を使える、特許権者から差し止めや損害賠償を請求されるリスクをほぼ防げることです。デメリットはあまりないのではないでしょうか。

――Huawei対ZTE事件のように、海外企業間ではなく、中国企業同士の紛争もあるのですね。

世界的に著名なその事件は、HuaweiとZTEという中国企業同士間の紛争ではありますが、実際に裁判が起きたのはドイツです。Huaweiは欧州の通信規格、具体的には4GなどのLTE規格について標準必須特許を持っていました。また、ZTEはLTEを使う製品を販売しており、初めはその両者の間で交渉していました。しかし、その交渉が合意に至らないとのことで、HuaweiがZTEに対して差し止めおよび損害賠償を求めて、ドイツのデュッセルドルフ地方裁判所に訴えたという事件です。

大きな争点となったのは、被告であるZTE側が、Huaweiの差止請求権の行使が欧州の競争法に違反する、具体的には支配的な地位の濫用に当たるため、その差止請求はできないと反論した点です。この論点はEUの競争法の解釈になるため、ドイツの裁判所はEUの司法裁判所に対して意見を求め、EUの司法裁判所がその点について判断をしました。

――FRAND条件に沿ったライセンス交渉の意思があるか否かが裁判で論点になっています。

どのような事実があれば、FRAND条件に沿うライセンスに向けた交渉の意思があるとみなされるかは、裁判所によってさまざまな意見があります。一般的には、どのような条件であれば自分はライセンスを与える、ライセンスを受けるという点に関して、明確に自分の考えを提示することが必須です。特に欧州では文書で提示することが重視されています。

また、当然FRANDということが重要になりますので、その条件・ロイヤリティが適正な内容であるかも問われます。ただ、交渉過程で提示される条件が厳密にFRANDでなければいけないかというと、必ずしもそうではないとした裁判例もあります。

――一般に特許は譲渡されることがありますが、標準必須特許も譲渡されることはあるのでしょうか。

あります。標準必須特許の権利者から同特許を譲り受けた者が、権利行使をしようとして訴訟になった例は、ドイツやイギリスなど複数の国で見られます。企業の例としては、Unwired Planetが挙げられます。

――譲渡されると、FRAND宣言は自動的に譲受人に引き継がれるものなのでしょうか。

この点は非常に難しい問題です。代表的な標準設定機関は、標準必須特許が譲渡される場合、譲渡人である特許権者が行ったFRAND宣言に譲受人も拘束されなければならないというルールを定めています。そのようなルールがあるため、譲渡が行われるとFRAND宣言は自動的に譲受人へ引き継がれると誤解される場合があるのですが、そう単純ではありません。標準設定機関はあくまで譲渡人である特許権者との間で契約を結んだに過ぎないのです。標準設定機関がそう言っているとか、あるいは標準設定機関と前の特許権者との間でそのような約束をした、というだけでは、FRAND宣言の効果が特許の譲受人に当然に引き継がれるとはいえません。

この問題は結局のところ、それぞれの紛争に適用される国の法律に従って解釈をすることになります。この点については、今回のディスカッション・ペーパーの「標準必須特許権の移転の扱い」の節に1つの考え方を書きました。

標準必須特許の譲渡の際、譲渡契約の内容として、FRAND条件でライセンスする義務を盛りこまれている場合も多いでしょう。また、通常であればFRAND宣言を行っていることは譲渡人である特許権者から説明され、また当然に予想できます。つまり、日本法の下では、契約解釈の問題として、多くの場合、譲受人にもFRAND宣言の効果が及ぶと言って良いと思います。ただし、最終的にはケースバイケースの判断になります。

法律面での課題、研究・学術的な協議事項

――これらの研究の政策的インプリケーションについて教えてください。

標準と特許に対する問題は、日本政府も積極的な対応をしています。特に特許庁は、標準必須特許を巡る紛争の未然防止および早期解決を目的とする「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き」を公表したり、判定制度の運用を見直したり、国際会議を開催したりしています。また、経済産業省の政策の非常に重要な柱として標準政策があります。本研究は標準政策、特許政策の両面で、現在の国際動向を踏まえた政策対応に関し、参考にしていただけると思っています。

――標準必須特許に関し法律面または実務面での課題はありますでしょうか。

法律面については、差止請求権を制限することについて、何らかの立法的対応を行うべきではないかという議論があります。日本では、この点について標準必須特許に限らず、他の事例も含めて議論されています。ただ、私自身は、差止請求権の制限は現行法の下でも解釈上可能であり、あえて法で定める必要はないと考えています。法律に書き込むとしても、条文の作りが非常に難しく、現実的にうまく機能しない可能性があります。

実務面では先ほどもお話ししたライセンス交渉の在り方が課題です。どのような交渉をすれば適切な交渉と認められるか、ライセンシー側とすればwilling licenseeと認めてもらえるかなどです。これについては、今触れたように、特許庁が手引きを公表していますが、引き続き重要な問題だと思います。また、FRAND実施料の算定方法についても、さらにいろいろな事例が出てくるだろうと思います。

――研究・学術的な課題について伺えますか。

研究・学術的な観点から、さらに検討が必要と思われる重要課題は、大きく2点あります。1つ目は標準必須特許の紛争解決の在り方についてです。標準必須特許を巡る紛争では、アップル、サムスン、Huawei、ZTEなど、グローバルな事業活動をしている企業が紛争の当事者になることがほとんどです。そのような問題を一国の裁判所が判断をするときに、どこまで判断ができるのかという問題があります。

最近の傾向として、実施料についてはグローバルベースで算定をすべきだという判決が出ています。つまり、裁判が起きている以外の国におけるライセンスについてもロイヤルティがいくらかを判断すべきだということです。ただ、遡れば外国の特許権について一国の裁判所がどこまで判断できるかという点は昔から議論されてきたことであり、標準必須特許でもこの古くて新しい問題が大きな課題になっています。今回のディスカッション・ペーパーでもこの点に関しては触れましたが、とりわけ標準必須特許については競争法が関係するということもあり、一国の競争法について別の国の裁判所がどこまで判断できるかという問題も絡んできます。

紛争解決については、最近日本で話題になっている仲裁の活用も、理論的観点からも興味深いです。私自身、国際的な知財紛争に仲裁を一層活用できる可能性があるということは、以前に論文で指摘したことがあります。特許庁も、標準必須特許における仲裁の可能性について、最近熱心に取り上げています。ただ、仲裁については非公開性や判断できる範囲に限界があるなどの問題もありますので、そういった点も踏まえてうまく活用することが大事だと思います。

2つ目は、契約法の観点から見た標準必須特許を巡る問題についてです。先ほどお話しした標準必須特許権の移転の扱いもまさに問題の一例ですし、日本の知的財産高等裁判所の判決も、結局のところ契約法的な観点から特許権行使の制限について判断しており、ライセンス交渉過程について契約法的観点から検討する余地が残されていると思います。この辺りは民法の専門家にぜひ議論に参加していただきたいところです。

アジアの特許制度の調和・統一に向けて

――今後の研究について教えてください。

最近、中国、韓国、台湾、シンガポール等のASEANの国々・地域など、アジアの知財研究者たちと意見交換をする機会を定期的に持っています。その中で、標準必須特許の問題も含めてさまざまなテーマで議論しています。長期的な課題として私が非常に関心を持っているのは、アジアの国々が、特許制度についてどのように調和し、場合によっては欧州で行われているような統一的な制度をいかに築いていくか、ということです。

これは、もちろん、近い将来に実現することではありません。ただ、TPP(環太平洋パートナーシップ)、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)の他にも、今後いろいろな経済統合が実現していくと思います。その中でいろいろな制度の調和が検討されていくと考えられますが、特に特許の分野については、技術的で、文化によって大きく制度が異なることが少なく、調和や統合が比較的しやすいと思います。

アジアの国々と長期的な観点で諸制度の調和を推進する中で、特許制度は先端を進んでいけるのではないでしょうか。そういった観点を踏まえて、今後もアジアの国々の研究者と意見交換をし、またEUの例なども参考にしながら、研究を進めていきたいと考えています。

解説者紹介

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鈴木 將文

1981年通商産業省(現・経済産業省)入省、1998年ブルッキングス研究所(米国ワシントンDC)客員フェロー、1999年通商産業省産業政策局知的財産政策室長、2001年経済産業省通商政策局公正貿易推進室長、2002年より名古屋大学教授。2018年までRIETIファカルティフェロー。
最近の主な著作物:『商標法コンメンタール』(共編著)(レクシスネクシス・ジャパン・2015年)、『集団的消費者利益の実現と法の役割』(共編著)(商事法務・2014年)、『新・注解 不正競争防止法〔第3版〕』(共著)(青林書院・2012年)等