Research Digest (DPワンポイント解説)

過剰設備と政策介入の効率性:セメント産業に関する分析

解説者 岡崎 哲二 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0124
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製品に対する需要が長期的に減少しているにもかかわらず、各企業による設備廃棄が進まない、いわゆる「過剰設備」の状態は、日本を含む多くの国々で深刻な問題となってきた。過剰設備が残存する理由の1つには、各企業の行動の選択が他の企業の行動の選択と関係するという企業間の戦略的相互作用がある。そのため、市場任せでは解消されず、政策介入が必要となる。一方、政策介入による設備処理は産業の効率性の歪みや独占化につながる懸念もある。岡崎哲二RIETIファカルティフェローは、1980〜90年代のセメント産業における政策介入の有効性について、設備の稼働率と製品のマークアップ率をデータで示すことで実証的に検証した。

研究の背景と動機

――セメント産業という個別産業を取り上げたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

私は大学院生の頃から個別の産業について深く掘り下げるタイプの研究をずっとやってきました。ですから、『通商産業政策史』(以下『政策史』)第3巻「産業政策」のような産業全体の研究もやりますが、どちらかというと個別の産業についてマイクロデータや資料を使って深く研究するほうが専門なのです。例えば、若い頃には鉄鋼、比較的最近だと紡績、製糸といった産業の研究をしてきました。

『政策史』を刊行したのが2012年で、その後、RIETIで「産業政策の歴史的評価」プロジェクトを始め、プロジェクトリーダーとして産業合理化政策や地域政策などさまざまな政策を取り上げて計量経済学的分析などにより評価してきました。その流れの中で、1980〜90年代の特定産業構造改善臨時措置法(以下、「産構法」)と産業構造転換円滑化臨時措置法(以下、「円滑化法」)を対象とし、セメント産業におけるプラントレベルのデータを用いて実証的に検証したのが今回の論文です。

最近、政府の中でもEBPM(Evidence Based Policy Making: エビデンスに基づく政策立案)という考え方が広まってきました。政策を評価する時に、念頭にあったのがこのEBPMです。経済の活性化のために有効な政策が行われているか、税金がきちんと使われているかをチェックし、評価することは国民にとって重要な意味を持っていると考えます。

また、中国の清華大学が毎年欧米から卓越した経済学者を招いてコンファレンスを開催しているのですが、2017年1月のコンファレンスは「産業政策」がテーマで、私も招待されて参加しました。その時、主に『政策史』第3巻の内容を発表したのですが、それに対して「これは重要だからもっと厳密に評価したらどうか」とコメントを受けたこともきっかけの1つになりました。

――エビデンスとなるデータが重要になると思いますが、分析に必要なデータは十分に入手できたのでしょうか。

今回の論文で使ったデータのほとんどは、セメント新聞社が発行する『セメント年鑑』から得ました。これにはプラントレベルの詳細なデータが体系的に掲載されていましたので、非常に助かりました。これまでの経験から、個別産業の研究でうまくいったなと思うのは、業界団体がしっかりしている、あるいはしていた産業の研究です。

最近は業界団体が弱くなり、業界に関するデータが少なくなってきています。プラントレベル、企業レベルのデータをオープンにする年鑑のような紙媒体を発行する業界は少なくなっています。そのため、今後はエビデンスとなるデータを集めることも難しくなっていくのではないかと懸念しています。

ただ一方で、政府自体がEBPMを重視するようになり、政府に働きかければデータを出してもらえるようになってきたという、逆方向の流れもあります。工業統計といった個票データなどはもちろん正規のルートでも入手することもできますが、RIETIの研究プロジェクトにすれば比較的簡単な手続きで入手できることがあります。また、RIETIで研究していると、業界団体や通商産業省(以下、「通産省」)のOBの方とつないでもらえるので助かっています。今回もセメント協会につないでもらい、当時の資料などを見せてもらうことができました。産構法・円滑化法を担当された通産省OBの方にインタビューをすることもできました。

セメント業界がすごいなと思ったのは、産構法と円滑化法に関わる業界内でのやりとり、そして業界と通産省の間のやりとりがきれいにファイリングされ、体系的に整理されて残っていたことです。そのおかげで、解釈が非常にしやすくなりました。

先行研究と今回の研究との違い

――過剰設備問題に関する先行研究にはどのようなものがありますか。

過剰設備問題は、2011年にOECDの政策ラウンドテーブルでも取り上げられたように、各国の政策立案者も関心を寄せる重要な問題ですが、経済学者による実証的な研究はほとんど行われていません。そういう意味で今回の研究は、衰退産業と生産調整という2つのテーマにまたがる、これまでにない新しい研究だと思います。私は経済史が専門ですが、産業組織論の研究者と緊密に協力することによって厳密な政策評価を行いました。そして、前述のしっかりしたデータや資料のおかげで、非常にうまくいったのではないかと思います。

――今回の論文の内容や特徴を教えてください。

産業政策は言い換えれば市場への介入ですが、経済学研究としては、なぜそれが必要なのか、なぜ市場に任せるとうまくいかないのかを示す必要があります。複数の企業がある場合、同業他社の動向を見て自社の行動を決めることがあり、その場合、一企業だけでは設備を廃棄したり処理したりすることができず、全体として設備の廃棄はうまく進みません。この論文では、そのように理論的に考え得る状況が実際に起こっていたということをデータによって示したのが大きなポイントの1つです。

政策介入をした結果、実際に設備の廃棄が進んだとしても、それがかえって非効率の源泉になってしまうという懸念があります。この論文の2つ目のポイントは、設備廃棄と個々の設備の生産性との関係が、政策介入がなかった時と変わらなかったことを示し、産業の効率性を歪めることなく設備処理がされたことを明らかにした点です。政策介入による設備廃棄では、非効率なものが残って効率的なものがむしろ潰されてしまうといった可能性も考えられますが、実際には市場に任せたときと同じように非効率なものから潰されていったことが分かりました。

また、設備の規模が縮小されたことで市場が独占化するという懸念もありますが、製品のマークアップ率を調べたところ、上昇は見られず、設備処理による独占度が上昇するという弊害も起きなかったことが分かりました。

このように、政策介入のプラスの効果と、反作用的に現れることが予想されるマイナスの効果の両方について検証し、プラスの効果のほうが高かったことを実証しました。なぜこうした高い政策効果が出せたのかという要因についても考察していますが、その考察が可能だったのは先ほど紹介したセメント協会の資料があったからです。過剰設備を業界全体で3割減らすという総量については通産省と業界団体との間で調整したのですが、どのプラントを廃棄するかは業界に任せて、通産省はほぼ介入しませんでした。結果としてそれが良かったのだろうと思います。廃棄する設備を業界が自ら決めたことで、非常に効率的に処理を進めることができました。

図1:日本全国の生産設備量と稼働率
図1:日本全国の生産設備量と稼働率
(注)能力算定方法: 1947〜77年度は通産省調べ、1978〜91年度は産構法ベース能力、1992年度以降は変動能力方式、1993年度から能力算定年間キルン運転日数を改訂(300日→320日)
(資料)社団法人セメント協会『セメント協会五十年の歩み』1998年
表:工場の生産性が設備処理の意思決定に与える影響
表:工場の生産性が設備処理の意思決定に与える影響
(注)有意水準は< 0.10 (*), < 0.05 (**), and < 0.01 (***)で示されている。カッコ内の数字は標準誤差

――政策史的な研究と産業組織論を融合できたのは、その両方をバックグラウンドとしてお持ちだからでしょうか。

そうだと思います。日本でも、こういう分野に興味を持たれている方は増えているんじゃないでしょうか。私のように経済史という分野に主軸を置いて、その中で経済学的な手法を使う研究者や、逆に経済学に主軸を置いて歴史的なデータを使う研究者が、少しずつですけれど増えているような気がします。

政策担当者に期待すること

――研究者の産業政策への関心を高めるために、私たち政策担当者に期待することがあれば教えてください。

政策を立案する際に、最初から政策の評価を念頭においてデザインしてもらうことでしょうか。例えば、外国ではよく行われることですが、補助金を出す場合、その政策のターゲットである企業に補助金を出すのは当然として、それと並んで本来のターゲットではない企業にも比較対象としてランダムに補助金を出すなど、実験的な発想でやってみることです。

また以前RIETIで統計学の竹内啓先生(東京大学名誉教授)も話されていましたが(2014年6月BBLセミナー)、いろいろな政策に対する予算のうち、例えば総額の1%を政策評価に割り当てるといった予算の立て方を考えていくべきだと思います。冒頭でも触れたように、EBPMが大きな流れとしてあるわけですから、それに対してお金の裏付けをするということです。巨額の予算を取って政策を打つのであれば、評価のための予算もそれなりにつけるということが必要だと思います。

政策立案や実施に関することではありませんが、今回のような論文が公表された時に、それを経済産業省(以下、「経産省」)の現場の人たちがどのように見ているかも伺ってみたいです。

――補助金の割り当てについては、どのようなデータが必要か、分析結果がきちんと公表されるかが重要です。

その通りだと思います。補助金の効果を評価するためには、補助金を出すかどうかを判断した審査のデータを、採択した分も採択しなかった分も残しておき、その両方についてその後の売上や業績をトラックするのが理想的です。そうしたデータがあれば、回帰不連続デザイン(Regression discontinuity design)を使って、政策を評価することができます。つまり、政策を受けた人と受けなかった人の間でどのような断層ができるかを見ていくのです。

採択されなかった人のパフォーマンスを追いかけるのは難しい面もありますが、その部分は例えば帝国データバンクなど、他の組織が提供するデータを利用しても良いと思います。とにかく採択された人だけのデータでは分析できることに限界があります。

データの出し方も重要ですね。ここ20年、データの利用可能性が広がってきたように思いますが、それは私が東京大学やRIETIに所属しているからそう感じられるだけなのかもしれません。データは極力オープンにして、多くの研究者が使えるようにしてほしいですね。

政策的なインプリケーション

――今回の研究は政策的にどのようなインプリケーションがあると思われますか。

過剰設備は中国の鉄鋼業や韓国の造船業の例が示すように、過去の問題ではありません。日本でも今後の産業構造の変化によっては再び深刻な問題になる可能性もあります。今回の論文はセメント産業における2つの法律を対象としていますので、特殊な対象に関する研究とみられるかもしれません。しかし、個別産業に関する詳細なデータを分析することを通じて、過剰設備の発生メカニズム、政策介入による設備処理が有効である可能性、政策介入の有効性を支える条件などの論点について、一般的な知見を引き出すことができたのではないかと思っています。先ほど話題になったEBPMのための政策評価の1つの例にもなると思います。

――今後は、どのような研究をやっていきたいとお考えですか。

私は専門が経済史なので、直近の政策だけでなく、過去の政策にさまざまな角度から焦点を当てるような研究もあり得ると思いますし、例えば産業再生とかクラスターとか横断的な政策も興味深い対象だと思っています。

業種としては、はっきり決めているわけではありませんが、電力産業は面白そうだなと思っています。歴史も長いですし、データもありますので、いろいろな分析ができるのではないかと思います。

それから、イノベーション政策にも関心があります。生産性を上げなければ日本経済の持続的成長は期待できません。成長のためにはイノベーションが必須ですが、もちろん市場に任せておくだけではうまくいかない面があると思います。政策を打つにしても、うまく打たないと効果がない。では、どういう政策が良いのかということに関心があって、実際、経産省の新規産業担当の方と、そういう研究を進めています。

――中小企業庁には、「ものづくり補助金」や「持続化補助金」など、数万社の中小企業を採択する補助金制度がいくつかあり、豊富なデータがあります。

持続化補助金のことは初めて知りました。そういう事業で、支援を受けた人と受けていない人とを比較分析すると面白いでしょうね。選定基準に基づいて、どの人がどういう点数を取ったのかというデータが残っているのであれば、いろいろな分析が可能だと思います。データの数が多いということは、研究という観点から言うと、素晴らしいことです。大企業で数社しかないといった場合、統計的な分析は難しいですから。

中小企業庁のデータで私が関心を持っているのは、下請け関係の調査です。取引関係だとか、資金的な支援を受けているかとか、いろいろな設問があってすごく面白い調査だと思っています。下請けというのは日本独特な側面があって興味がありますね。

――やはりデータがしっかり残っている業界や分野を追いかけていくということでしょうか。

関心が向くのはテーマとしての面白さや重要性ですが、興味を持ったテーマから成果に結び付くような研究ができるかどうかは、やはりデータや資料の存在といった条件が重要になってくるでしょうね。

――今後は国内でも製造業がファブレス化したり、設備を共同利用したりするなど、産業の在り方も変わると思います。先生は設備投資型の産業に着目して研究されてきたと思いますが、研究の手法は変わってくるのでしょうか。

大きくは変わらないと思います。経済学や経済史の研究者が使える手法には限度があるので、その中でどれを使うかということであって、それほど大きく変わることはないと思います。

また設備依存型の産業だけに関心があるわけではありません。サービス業などは、今やGDPの7割を占めるまでになっていますから、やり方によっては面白いテーマがあると思います。

解説者紹介

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岡崎 哲二

現在、東京大学大学院経済学研究科教授(1999年〜)。2014年よりキヤノングローバル戦略研究所・研究主幹、2015年よりInternational Economic History Association(IEHA)会長。2002年〜2004年と2007年より現在まで、RIETIファカルティフェロー。
最新の主な著作物:Economies under Occupation: The Hegemony of Nazi Germany and Imperial Japan in World War II (edited with Marcel Bordolf), London: Routledge, 2015. "Acquisitions, Productivity, and Profitability: Evidence from the Japanese Cotton Spinning Industry" (with Serguey, Braguinsky, Atsushi Ohyama,and Chad Syverson) American Economic Review, 105(7): 2086-2119, 2015『 通商産業政策史3 産業政策』(通商産業政策史編纂委員会 編/岡崎哲二 編著・2012年)