Research Digest (DPワンポイント解説)

エネルギー効率性の包括的分析と製造業における追加的影響

解説者 馬奈木 俊介 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0110
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日本企業の生産活動が、エネルギー利用に関する制約に大きく影響されることは今後も避けられない。そのため、エネルギー効率を高めることは企業の重要な課題となっている。馬奈木俊介RIETIファカルティフェローは、事業所レベルのエネルギー効率性を推計するとともに、効率性の変化要因が産業集積に与える影響可能性について検証し、地域特性と産業特性を考慮した産業政策を考えることで、より省エネルギーな地域経済を構築できると指摘した。また、製造業におけるエネルギー効率を高める上で、自家発電によって熱を同時に供給するコージェネレーションの導入に着目し、自家発電力が既存の購入電力をどれだけ代替するか、炭素税導入の観点も絡めて分析した。

本研究の経緯や動機

――この研究に取り組み始めた経緯や動機についてお聞かせください。

私は以前、エネルギーの経済学を研究していました。エネルギーといっても、石油・ガスなどの昔からある燃料です。1980年代以前には石油を採るのが技術的に難しくなった時期もありましたが、80年代以降は油田を深く掘れる技術が出てきて石油は復活しました。つまり、石油が枯渇に向かうのか、技術の進歩で石油を探し出せるのかの競争だったのです。1990年代後半以降は、まさに人工知能(AI)などの技術革新によって人間の労働が奪われる「人間と機械の競争」と同じイシューで、「資源の枯渇と技術の足りなさの競争」の時代といわれるようになりました。

1999〜2002年当時、私はメキシコ湾岸などの100万カ所の井戸のデータベースから四十数年間のトレンドを取り出す研究をしていました。その結果分かったのは、ある時期までは資源枯渇が先に進み、ある時期以降は技術がそれを追い抜いた形になったということです。技術進歩を考慮したエネルギーモデルを作成しているのですが、私のモデルの考え方がその後のアメリカのエネルギー省でも取り入られました。

私がRIETIで最初に取り組んだ研究は漁業でした。当時は漁業改革が進んでいて、漁業を競争力のある産業にするため、排出権取引のように経済メカニズムを使い、漁船をうまく活用できていない人は船を売り、うまく活用できる人が買うことで、全体のキャパシティーを有効に使う実証研究をしました。

その後、東日本大震災が発生してエネルギー価格が上がり、コモディティといわれる鉄鋼や石油、メタル関連の価格も上がりました。日本の大企業や政府系企業は海外の資源を獲得しようとしましたが、海外の大企業による価格のつり上げに困っていました。そこで私は、震災後の資源研究という形で、日本企業がレアメタルなどの貴重な資源を有効に使うプロジェクトを立ち上げて進めました。

その後、3つ目のプロジェクトでは、規制緩和の政策的議論が進んでいるエネルギーにテーマを絞りました。原発が止まっている状況で、再生可能エネルギーなど他の資源の可能性はどの程度あるのか、産業側は使う量をどれだけ減らせるのか。そういった弾力値の議論は、既存の研究では地域や産業全体で集計(aggregate)されたデータに限られていたので、それを精緻化して、石油価格が反映される電力・ガス価格が、今後どのように企業の意思決定や行動に影響するのかを分析しました。

需要推計は、家庭用に関しては、各家庭のデータを使って全数調査からランダム調査までたくさん行われています。しかし、産業側の研究は1980年代以降、集計データから少しずつ非集計(disaggregate)データを用いるようになって、せいぜい1カ国1産業の選ばれたサンプルで行われる程度で、多年度にわたり多くのデータを調べた企業レベルの分析はほとんどありませんでした。

これでは普通の供給側研究は進んでも、エネルギーの需要研究は産業の集計データの分析になってしまって理解が進みません。家庭用のデータには多くの研究者が興味を持ち始めて結構いい研究もありましたが、工場側の研究は非常にユニークなものとなり、方法論はシンプルですが、かなり特化したという意味で良い研究になったと思います。

日本のエネルギー効率

――個票レベル、工場レベルのデータを使ったエネルギーの需要の研究は、今まで行われたことがなかったということですね。

電力やガスなどのエネルギーの価格が変動したときに、どれだけ需要が変わるかが重要なのです。数年前に、炭素税やCO₂排出量取引制度の導入が持ち上がり、産業派と環境派に分かれたマクロモデルなどを使って議論が行われました。しかし、エネルギー需要の弾力性さえ理解せず、仮定された値を使い炭素税の額などを議論していたのです。今回の研究によって、その議論の場で出てきた数値よりもさらに税金など社会的な意味での価値を上げなければ、排出量は減らないということ等が明らかになりました。弾力性がないので、これまで思っていた以上に価格を上げないと需要は減らないだろうという結論に達したのです。

炭素税と排出権取引は価格と量のどちらをコントロールするという差はあれども同じような効果もあります。日本の場合、排出権取引を産業界はとても嫌がります。海外では産業界や政府は排出権取引の方を好み、現実にスウェーデン以外は排出量取引が導入されています。そういう議論に用いるためには、最もエネルギー集約的な産業に絞って分析したので意義はあったと思います。

最初は通常の需要推計だけでなく、コージェネレーションを使って自家発電すれば熱も取り出せますから、自家発電がどういう原因で使われているか興味があったのです。ちょうど震災後で自家発電を進めようという動きもありましたので、電力価格が上がったことがトレンドとして自家発電が増える方向に影響したのか、今後も自家発電が進むことで普通の燃料を代替する可能性はあるのかという議論もしたかったのです。それは非集計データでなければ分析できないということで、そちらの研究に進んでいったところもあります。

われわれの結果として自家発電は、代替として使えて他の燃料が要らなくなるからいいというのではなく、コージェネレーションで二重にエネルギーを使える分、安いので結果的にいいのです。

日本は省エネの競争力が高いとずっといわれていますが、国内の産業界は「これ以上は省エネできない」と言っています。しかし、いろいろな国際的なエネルギーのモデルを作っているグループでは、「これまでもできたのだから、今後もエネルギーの技術開発が進む」という議論があります。国内では勝手に限界を持っている一方で、海外からはもっとできるだろうといわれているのです。

私は、エネルギー効率を上げる要因を探るときに、工学系がいうエネルギー効率は単純な割り算ですが、経済学者がいうエネルギー効率は生産関数の中での位置付けなので、単純に生産関数のフレームワークにエネルギーを入れたときの追加的影響を見ることで、その効率を見るという方法論を使っています。すると、経年でちゃんと効率が上がっていることが、エネルギー集約的なセメントと紙・パルプの分析を通して分かったのです。これもデータの突き合わせがかなり大変でした。

――日本企業のエネルギー効率が高いということのエビデンスを、実際に出してみようというシンプルなモチベーションによるものだったのですか。

シンプルですね。あと、地域で工場をどこに立地するかを決める際には、地域の産業特性、空間経済学的にいう集積の影響の有無も大事です。今までは生産効率ばかりを見ていて、エネルギー関連事業者の集積的な効果を見ていませんでした。

他国のものも同じように調査すれば、経年で効率性が見えてくるようになります。原油価格は世界である程度共通ですが、炭素税の影響は各国で異なります。そのため、国によって産業側にエネルギー制約を与える意味合いが変わるので、競争力の観点からその影響を国際比較してみたいということが興味としてあります。

1つの産業の中でもエネルギー効率が高い事業所もあれば、低い事業所もあるので、効率が高い要因をきちんと特定してあげれば、もっと伸ばせる部分があると思います。鉄鋼などは実際にそうで、日本では今、経済性も加味した上での議論がなされずに工場立地などが決まっているので、そういうところを賢くやれば、とてもクリーンに省エネができるのです。

――エネルギー集約が高い産業では、エネルギーを効率的に活用することがプラントの生産性を左右するところがあるのですね。

エネルギー集約産業がエネルギーを使えなければ基本的に存在できませんし、環境規制で追加的にエネルギーの価格が高くなっても負担が大きいです。特に日本だけで負担が上がる事情があるなら日本でやる意味はないので、他国に移転した方がいいですよね。

エネルギーの効率性は工夫次第である程度高められますが、使用量をさらに減らすためにどうするかという議論のベースになるものがこれまでなかったのです。精神論的に「これ以上できません」と言っている人に対して「いや、海外が」と言っても、話がかみ合いませんよね。でも、ようやくevidence-basedの話がエネルギー・環境の分野にも入ってきています。

――今回の2つの論文の位置付けについて教えてください。

せいぜいアメリカ、欧州、オーストラリアの一部の産業だけで行われていた産業側の需要分析が、もっと包括的に産業を隔てて行われた点が大きいです。

それから、弾力値を集計データに基づく推計結果と比較して、その大小を燃料ごとに分析した研究は、他にはまったくありません。エネルギーの経済学や政策分野、工学分野では弾力値に注目している人がたくさんいます。工学系であっても、この技術を使えばこれだけ下がるというときに大事ですし、政策のシミュレーション的な論文にも有用なので、貢献先は大きいですね。

――データの分析方法などで、特にこだわったことや苦労されたことはありますか。

複数の産業について厳密に分析を行い、需要の弾力性を見られたことを頑健な結果に持っていくことに時間を使いました。

イメージとしては、データを取るプロセスに実質2年のうち1年半かかった感じです。本当は半年で取って、1年半を分析に使おうと思っていたのですが、そうはできませんでした。可能な範囲で、長期でスピーディーなデータ申請をして、データ構造が分かれば次に扱うときにモデル化しやすいことは学びましたが、スピーディーにやるのは難しいですね。

――こういった研究が議論のベースになることについて、アカデミアの役割は大きいと思いますが、日米で何か違いはありますか。

同じ産業でも、マーケティングや通信の発達などで少しずつ議論の方向性が変化しており、多少タイムラグを伴っても、学術研究の成果が政策に影響を与えるのは日米で同じです。ただ、アメリカにはアカデミアの研究成果を伝えるジャーナリスティックな人やシンクタンク的な機関がありますが、日本には研究成果を政策に落とし込む部分で専門的に頭を使う人がいません。

政策的インプリケーション

――分析された結果で、特に強調して注目すべきポイントや、政策的なインプリケーションはありますか。

1つは、弾力値を燃料ごと、産業ごとに出したことは、エネルギー政策や環境政策によるエネルギーの価格変動を予想するのに役立つと思います。炭素税などの燃料課税が変わるときに、その影響でエネルギー関連の需要がどれだけ変わり得るかを予想することができるということは、政策的なインプリケーションになると思います。

これまでも集計レベルのデータに基づく弾力性の推定値はあって、それは一応使われていましたが、例えば環境エネルギー政策で課税制度が変わったときに、紙・パルプ産業では3%減ったということが分かっても、産業によって思った以上に減る場合と減らない場合があるわけです。その対象が見えるので、産業支援をする必要があるのか、その業界の負担が増えるのかなど、短期的に分かるだけでも違います。

地域特性の観点からもインプリケーションがあります。多くの地域では、いまだに産業誘致などによる集約に努力しています。そのときに、雇用だけでなく、エネルギー効率の上昇という観点もあれば、誘致する意義や、どういった産業が集まるべきかを検討するのに役立つはずです。産業連関表みたいなものを使って、スピルオーバー効果として何となく雇用だけを見て、この企業にノーと言われたら別の産業の企業にお願いしようというやり方では、実は何の意味もないのです。

今後の研究の展開

――この分析を終えて、今度はこういうことにチャレンジしてみたいというものは定まりましたか。

1つはカバレッジを増やすことです。全産業を長期間の構造推計(structural estimation)を用いてできれば良いです。その結果を用いて政策効果のシミュレーションまで、できればやりたいです。弾力値を示されるよりも、ビジネスのアジリティー(機敏性)がある形で大きな数値を示した方が、分かりやすいと思います。

せっかくいいシミュレーションができても、議論が終わってしまった後に出てきてあまり注目されないことがありますが、拙速な議論は中途半端に終わってまた復活することが多くて、本当にその技術が普及し始めたときにまた重要になってくることがあります。ですから、焦って数値を出すよりは、ある程度発表できるレベルの結果を出して持っておいて、タイミングを計って出す方がいいと思います。とはいえ、総じて政治的なスケジュールには合わないことの方が多いのですが。

――RIETIと経済産業省も、どうタッグを組むのが最も効果的なのか、いろいろ検討しているようですが、この2つの論文はどういった政策の担当者に読んでほしいですか。

資源エネルギー庁全体と燃料関係、あとは環境省です。気候変動絡みでエネルギーにとって重要な部署、電力・ガスの規制緩和を担当している部署、あとは産業の投資に関わるところですね。

――今後はどのような研究をされますか。

エネルギー・環境関連の研究は続けながら、人工知能のプロジェクトに取り組みます。人工知能に効率的に投資を行った場合の経済ポテンシャルを推計することで、併せてエネルギーのことも分かるのではないかと考えているのです。例えば情報関連投資やクラウド投資を議論する際にエネルギーのデータがあることで、エネルギー関連部門の効率化を図ることができますし、データの作り方が分かっていれば、データ申請にも、産業構造の理解にも役立ちます。

収入を増やすという経済的な面だけでなく、合理化によって無駄が排除できます。エネルギーの使用削減もその1つですし、自動運転によって交通事故が減り、省エネも進み、CO₂も減るというポテンシャルはどれぐらいあるのかを、実際のデータから調べることもできます。今後はそういう研究を進めていきたいと考えています。

解説者紹介

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馬奈木 俊介

2010年 東京大学公共政策大学院 特任准教授、2011年 IPCC Lead Author、2015年IPBES Coordinating Lead Author、2015年九州大学大学院工学研究院都市システム工学講座教授等を経て現職。
主な著作物:『原発事故後エネルギー供給からみる日本経済』(編著)((ミネルヴァ書房 2016年)、『農林水産の経済学』(編著)((中央経済社 2015年)、『環境・エネルギー・資源戦略:新たな成長分野を切り拓く』(編著)(日本評論社 2013年)など。