Research Digest (DPワンポイント解説)

外国人労働者の受け入れや個人年金勘定の導入、その財政効果を世代重複モデルで検証
―財政・社会保障制度、少子高齢化で求められる改革

解説者 北尾 早霧 (慶應義塾大学)
発行日/NO. Research Digest No.0105
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日本で少子高齢化が進行している。世界でも前例のない速さで、その影響は社会、経済など、あらゆる面に及ぶ。特に年金など社会保障負担の増加が深刻で、財政は大きく圧迫されている。では少子高齢化を克服して日本経済の活力を維持するには、財政・社会保障制度をどのように改革すればよいのか。北尾早霧教授は外国人労働者の受け入れ、個人年金勘定の導入という2つの方策について、それぞれ財政負担の軽減にどの程度役立つかを分析した。一般均衡型の世代重複モデルを用いて検証したところ、個人年金勘定の導入が大きな効果を持つことが明らかになった。2040年代の半ば以降、消費税率を最大で約20ポイント引き下げることができるという。

――本稿では2本のディスカッション・ペーパー(DP)について伺います。"Can Guest Workers Solve Japan's Fiscal Problems?(外国人労働者の受け入れにより日本の財政問題は解決可能か?)" と"Pension Reform and Individual Retirement Accounts in Japan(年金改革と個人年金勘定)"です。これらは、どんな研究ですか。また、どのような問題意識から生まれたのですか。

日本では少子高齢化が急ピッチで進み、財政、特に年金などの社会保障に深刻な影響を及ぼしています。この問題への対応は極めて重要ですが、年金制度1つをとっても、単一の手法では問題を解決できません。多様な方策を組み合わせる必要があります。

では、どのような方策があり、個々の方策は、どの程度の効果を持つのでしょうか。それを定量的に分析したのが今回の2本のDPです。外国人労働者に関するDPは、受け入れ人数、生産性、滞在期間について、さまざまなケースを想定し、ケースごとに財政に与える効果を検証しました。一方、年金改革に関するDPは、公的年金制度の一部を個人年金勘定(individual retirement accounts: IRA)へ移行した場合、財政にどのような影響が出るかを分析しました。

なお年金改革に関する研究は、より長期的な視点に立ったものです。外国人労働者に関する研究は、ベビーブーム世代の引退などによる一時的な財政悪化を克服するための、より短期的な方策と位置付けました。

――2本のDPは基本的に同じ問題意識から生まれた、兄弟のようなものなのですね。

その通りです。このため2本のDPは、同時並行的に研究・執筆しました。年金改革に関するDPはRIETIのプロジェクトとは別に、私が1人で書き上げたものですが、外国人労働者に関するDPは、RIETIの大規模な研究事業「社会保障・税財政」プログラム(第3期:2011〜2015年度)の一環です。

同プログラムには多くの経済学者らが参加し、どうすれば日本が少子高齢化を克服して経済活力を維持できるかを、多面的に研究しています。プログラムの中では多くのプロジェクトが動いており、それぞれ社会保障、財政再建、税制、金融・財政政策、移民政策などを研究しています。

そうしたプロジェクトの1つが「高齢化等の構造変化が進展する下での金融・財政政策のあり方」です。私はプロジェクトリーダーの藤原一平RIETIファカルティフェロー(慶應義塾大学)からお誘いを受け、途中からメンバーに加わりました。外国人労働者に関するDPはSelahattin Imrohoroglu先生(南カリフォルニア大学)、山田知明先生(明治大学)との共同執筆です。

――それぞれのDPについて伺います。まず外国人労働者に関するDPはどのような研究で、どのような革新性があるのですか。

2014年に6400万人だった日本の労働人口は、2100年には約2000万人まで減少すると予測されています。深刻化する労働力不足を緩和するため、外国人労働者をもっと積極的に受け入れるべきとの意見が出ています。

この問題は政治、社会、経済などさまざまな面から議論されますが、負の部分が強調されがちです。確かにデリケートな問題であり、慎重に考える必要はありますが、経済的にどのようなメリットとデメリットがあるのか、数値で示す必要があります。

本DPは外国人労働者を受け入れた場合、日本の財政にどのような影響が出るのかを、一般均衡(general equilibrium)型の世代重複(overlapping generations)モデルを用いて明らかにしました。このモデルを用いて期間を限定した外国人労働者の受け入れ効果を明示したのは、日本で初めてだと理解しています。

――一般均衡型の世代重複モデルとは、どのようなものですか。

経済学、特にマクロ経済学の専門家は多くの場合、国内総生産(GDP)、財政などの大きな数字に焦点を当てて将来を予測したり政策を評価します。そこには政策が変わった場合に、個人がどう反応するかという視点が十分ではありません。もちろん個人の反応は年齢、資産、学歴といったさまざまな属性によって異なりますが、ある政策によって、例えばAさんの消費が5%増え、Bさんの消費が10%減ると分かれば、それらを集計することでマクロ的な消費の変化を予測できます。このようにまず個人の反応を理解し、そのミクロ情報を集計することでマクロを把握するのが、ミクロベースの一般均衡型の世代重複モデルにおける大切なステップです。

この手法は欧米では、政策評価の手法としてかなり一般的になっていますが、日本ではあまり普及していません。欧米と違って日本では、個人の資産、収入といったミクロデータの入手が難しいことなども1つの原因かもしれません。本DPでは共著者の山田先生が収集されたさまざまなデータを活用できたため、日本の実情にあったモデルを構築できました。なお2本目の年金改革に関するDPも、やはり一般均衡型の世代重複モデルを用いています。

――結果はどのようなものでしたか。

表1は外国人労働者を受け入れた場合に財政負担をどの程度、軽減できるかを、財政均衡に必要な消費税率の数値で示したものです。ベースラインは外国人労働者を受け入れない場合で、ケース1から4までは年間の受け入れ人数と、受け入れた労働者の生産性(日本人の何%か)によって分けました。ケース1は「受け入れ10万人、生産性50%」、ケース2は「受け入れ20万人、生産性50%」、ケース3は「受け入れ10万人、生産性100%」、ケース4は「受け入れ20万人、生産性100%」という設定です。日本での滞在期間は10年としています。

表1:外国人労働者の受け入れ政策がもたらす消費税率の軽減効果
ベースライン ケース1 ケース2 ケース3 ケース4
2015 8.17 8.05 7.92 7.92 7.67
2020 10.24 9.97 9.70 9.69 9.15
2030 13.95 13.63 13.32 13.30 12.68
2040 21.88 21.40 20.93 20.92 19.99
2050 28.94 28.26 27.60 27.57 26.29
2060 34.20 33.32 32.47 32.45 30.82
2070 36.41 35.35 34.33 34.30 32.37
2080 35.75 34.55 33.40 33.37 31.20
2100 35.98 34.43 32.98 32.93 30.23
11.73 10.27 8.92 8.86 6.39

ベースライン(外国人労働者を受け入れない場合)では、現行8%の消費税率が2050年に約29%まで上昇し、ピークの2070年には36%を超えます。その後も今世紀末まで、35%超の高水準で推移します。

これに対し外国人労働者を受け入れた場合は、労働や生産が増えるため所得税、消費税などの歳入が増えます。このためケース1、2では消費税率は2050年に0.7〜1.3ポイント、ピークの2070年には1.1〜2.1ポイント下がります。同様にケース3、4では税率が2050年に1.4〜2.7ポイント、2070年に2.1〜4.0ポイント低くなります。

――それらの結果は予想通りでしたか。それとも予想とは違ったものでしたか。

個人的な感想としては、外国人労働者の受け入れ効果は、予想したほど大きくありませんでした。ただし、もっと大胆に外国人を受け入れれば効果は大きくなります。表1には掲載していませんが、DPでは全労働者に占める外国人の比率をアメリカと同水準の16.4%まで上昇させたケースも計算しました。この場合、2050年には消費税率が4.5〜8.4ポイント、2070年には5.6〜10.3ポイント下がることが分かりました。

アメリカには就労目的の非移民を受け入れる査証(ビザ)制度があります。特定の技能を持つ外国人に、一定期間だけ有効なビザを発給し、ビザが切れれば帰国させる仕組みです。このやり方では外国人の労働によって税収は増えますが、それらの人々は高齢になる前に帰国するので、米国政府は年金を支給しなくて済みます。アメリカに都合のいいやり方ですが、日本にとっても参考材料になるでしょう。

――他には、どのような知見がありましたか。

外国人労働者を受け入れると労働需給が緩和されるため、賃金水準が下がることが分かりました。それを示したのが図1です。中長期的にはかなりの賃下げ効果が出る結果となりました。賃金水準が下がれば、日本人が収める所得税も減ります。外国人労働者の受け入れは、そうした負の財政効果ももたらします。

図1:外国人労働者の受け入れによる賃金の下押し効果
図1:外国人労働者の受け入れによる賃金の下押し効果

――政策的なインプリケーションは、どのようなものでしょう。

外国人労働者の受け入れは、人数や生産性によっては日本の財政改善に大きく寄与することが分かりました。ただし、必要とされる消費税率を10%超、下げるような大きな効果を上げるには、アメリカ並みに外国人労働者を受け入れなければなりません。それが困難であれば、現実には他の改革と組み合わせることが必要と考えられます。

――次に年金改革に関するDPの内容を伺います。長期的には現行の賦課方式を見直す必要があるとの立場ですが、その方式には、どんな難点があるのですか。

賦課方式に基づく現行の公的年金制度は1960年代に本格的にスタートしました。当時、平均寿命は70歳前後でしたから、65歳から支給される国民年金の給付額は、国全体でみれば限定的でした。右肩上がりの経済、正社員の父親と専業主婦という家族構成、終身雇用と年功序列賃金、比較的高い出生率と人口増といった社会・経済条件のもとで、年金制度は有効に機能しました。

しかし、今やこれらの前提の多くが崩れました。例えば平均寿命は2014年に女性86.83歳、男性80.50歳となり、公的年金には数十年にわたる老後の生活を支える役割が期待されています。加えてベビーブーム世代の引退、低出生率による労働人口の減少により、老年従属人口指数(20〜64歳の生産年齢人口に対する老年人口の比)は今後数十年で急上昇します。高齢化が進めば年金だけでなく健康保険や介護保険の負担も増えます。年金や医療費の現行水準を維持しようとすれば財政が圧迫され、大幅増税が避けられなくなります。

――そこで公的年金制度の一部を個人年金勘定に移行する方策が浮上してきたのですね。

そうです。具体的には、以下のような手法です。例えば厚生年金保険料として支払われている賃金の一部を、個人年金勘定に積み立てるよう義務付けます。性別・年齢・収入の違いや正社員・派遣社員・アルバイトといった雇用形態の差にかかわらず、労働者の誰もが賃金の一部を自動的に積み立てるわけです。勘定残高は年金の支給開始年齢まで、比較的安定した資産に投資します。

この手法では、転職や失業によって個人年金勘定の残高が減ることはありません。制度変更の複雑な手続きも不要です。賃金の変動によって毎年の積立額は変わりますが、投資による大幅損失がなければ残高が減ることはありません。国民は積み立てた額を年金として受給することになります。さらに、この制度は人口構造の変化によって財政が影響を受けにくく、長期的な改革案として有力と考えられます。

――本DPの革新性はどのようなものですか。また、どんな知見が得られましたか。

個人年金勘定というアイデア自体はよく知られていますが、その導入効果を一般均衡型の世代重複モデルを用いて日本経済のデータに基づき検証したのは、革新的な試みだと思います。計算に当たっては、個人が厚生年金保険料として負担している賃金の約9%を、個人名義の年金勘定に積み立てると仮定しました。将来人口は国立社会保障・人口問題研究所の2060年までの推計を使用し、2060年以降は人口成長率が約1世紀をかけてマイナスから0%に上昇すると仮定しました。モデルには、現行の年金制度や医療保険制度の支出規模を、できる限り精緻に組み込みました。

分析の結果、予想以上に大きな効果があることが分かりました。図2は、財政を均衡させるために必要な消費税率の推移を、個人年金勘定がある場合とない場合に分けて示したものです。現行の年金制度を維持し、その支出増を消費税でまかなうとすれば、税率は2050年に40%に達し、その後も数十年にわたって40%超の水準で推移します。これに対し、個人年金勘定を導入すれば2040年代の半ば以降、税率を最大で約20ポイント引き下げることができます。

図2:財政均衡に必要な消費税率の推移
(個人年金勘定がある場合とない場合)
図2:財政均衡に必要な消費税率の推移<br />(個人年金勘定がある場合とない場合)

――マクロ経済を活性化する効果も確認できたそうですね。

税率を大幅に引き下げることができるのは、個人年金勘定の導入によって報酬比例部分の年金支払いが減り、政府負担が軽くなることが主因ですが、他にも理由があります。賦課方式では現役世代が支払った保険料が、そのまま高齢者の年金に回りますが、個人年金勘定を導入すると、そこに多くの個人資産が積み立てられます。個人年金勘定がない場合より、個人資産は大幅に増えます。

この資産は数十年にわたって投資され、経済活動を活性化させます。これによって資本が増え、労働の相対価値の向上により賃金が上昇し、所得税収が増えるのです。中長期的にみれば総労働時間も増え、税収増に寄与します。つまり個人年金勘定は本来、社会保障費の削減を主眼とした政策ですが、長期的には経済の活性化と厚生の上昇につながるのです。

ただ個人年金勘定の導入にはマイナスもあります。図2が示すように、財政を均衡させるために必要な消費税率が、個人年金勘定がない場合より短期的には高くなる可能性があります。これは年金の比例報酬部分がなくなることで労働インセンティブが低下し、所得税収が一時的に減少すること、そして既存の年金受給者とすでに保険料を払い込んだ世代への支払いを継続する必要があるためです。

――政策的インプリケーションはどのようなものでしょう。

個人年金勘定を導入すると「自分で貯蓄しよう」「積極的に働こう」という意欲が強まります。これによりマクロ経済が活性化し、賃金および消費の上昇により個人の厚生も改善します。政治的、厚生的に消費税率の大幅引き上げが受け入れがたいとすれば、財政支出の抑制効果の大きい政策として、中長期的に個人年金勘定の導入は検討に値します。ただ導入方法によっては現役世代が痛手を受けますし、政府支出も増えてしまいます。導入のスピード、方法、税収に影響を与える他の政策との連携を慎重に考慮する必要があります。

――今後、どのような研究に取り組むお考えですか。

日本の年金制度改革について現在、2つの研究を進めています。1つは不確実性を織り込んだ分析です。年金については多くの人が「いつかカットされるだろう」と思っていますが、いつ、どれだけカットされるかは分かりません。このため安心を求めて必要以上に貯蓄するような人もいます。

では「2030年に20%、カットする」と発表されたら、個人の行動はどのように変化するのでしょうか。また、そうした個人行動の変化が集積されると、マクロ経済はどのように変化するのでしょうか。これを人口構造の変化を踏まえた一般均衡型の世代重複モデルを用いて検証します。日本はもちろん、アメリカでもこうした研究は例がありません。

もう1つは、国境を超えた資産移動を考慮に入れた研究です。今回、紹介した2本のDPや上記の不確実性の研究は、すべて閉鎖経済を前提とした分析ですが、現実には日本はオープン・エコノミーですから、年金などを分析する際も海外との関係を考慮に入れることが望ましいのです。この研究についてはモデルを構築中です。原稿が出来上がるのは、まだ先になりそうです。

解説者紹介

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北尾 早霧

2007年ニューヨーク大学経済学博士 Ph.D. 2007年南カリフォルニア大学マーシャル経営大学院助教授、2009 年ニューヨーク連邦準備銀行調査部シニア・エコノミスト、2011 年ニューヨーク市立大学ハンター校大学院センター経済学部准教授等を経て現職。2015年11月第4回円城寺次郎記念賞を受賞。主な著作物:"A Life-cycle Model of Unemployment and Disability Insurance, "Journal of Monetary Economics, 2014, Vol.68. "Sustainable Social Security: Four Options, "Review of Economic Dynamics, 2014, Vol. 17, "Taxing Capital? Not a Bad Idea After All!," (with Juan Carolos Conesa and Dirk Krueger), American Economic Review, 2009, Vol. 99.