Research Digest (DPワンポイント解説)

少子高齢化社会に向けた移民と海外直接投資の関係について:国際的な生産要素移動と市場参入の観点から

解説者 友原 章典 (リサーチアソシエイト)
発行日/NO. Research Digest No.0104
ダウンロード/関連リンク

少子高齢化が進む日本。労働力人口の減少や貯蓄率の低下が懸念される中、それを補うため日本への移民受け入れや海外直接投資の促進が政策課題として浮上している。では移民と海外直接投資はどんな相互作用を持つのだろうか。友原章典RIETIリサーチアソシエイトはディスカッション・ペーパー『少子高齢化社会に向けた移民と海外直接投資の関係について』の中で「一般的に移民の増加は直接投資を阻害するが、単純労働移民と技能労働移民に分けると後者は直接投資を促進する」と指摘する。時間軸でみても「移民の増加は短期的に海外直接投資を減らすが、長期的にはそれを相殺するプラス効果をもたらす」と述べる。

――これまでの研究の方向性とこのテーマの接点は何でしょうか。またこのディスカッション・ペーパー(DP)を執筆しようとした直接のきっかけ、問題意識は何でしょうか?

これまでは主に海外直接投資が税金や企業の技術水準に与える影響を研究してきました。最近は、海外直接投資が労働者に与える影響について研究していて、お金と人との関連に興味の対象が移ってきました。この論文では、移民という国際的な人の移動とお金の関係を一緒に見るのが狙いです。

この論文を書く前にはいくつかのターニングポイントがあります。ひとつは、以前UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に勤務していたときに、国際観光による地域活性化の可能性に関するレポートをまとめたことがきっかけです。そのときに各国からの観光客数の推移を見ていたら、海外直接投資の水準とも関係があるのではないかと気づきました。早速先行研究を調べてみたのですが、あまり良い研究がみつかりませんでした。興味を持ったので、一時的な外国人の移動である観光客だけでなく、移民と海外直接投資の関係について調べたり、分析したりし始めました。

ただ、論文として今ひとつパンチに欠けると思いあぐねていたところ、ちょうどウォールストリート・ジャーナル紙に高齢化に関する記事が載っていて、移民と海外直接投資の関係を高齢化という枠組みの中で位置づけるという問題意識が、一層明確になりました。この論文の問題意識は図1に示してあります。

図1:持続可能な経済成長のために必要なことは?
図1:持続可能な経済成長のために必要なことは?

日本に帰国後多忙だったことや最初作ったモデルでは思ったような結果が出なかったことから、しばらくこの研究をそのままにしていたのですが、サバティカル(研究休暇)をとったのを機に研究を再開し、運よくモデル改良のアイデアを思いつき、この論文を完成させることができました。

――このテーマにおける先行研究についてどのような見方をしていますか。またこのDPが先行研究に対して持っている独自性についてご説明ください。

移民と海外直接投資に関する研究は思ったよりもきちんとなされていないようです。研究の結果についても「本当にそれだけであろうか?」という感じもしました。

大まかに言って、移民が多くいる国は、その移民の出身国からの海外直接投資も多い、というのが先行研究の結論です。その一方で、経済学を習ったときのことを思い出してみると、まずは資本と労働の間には代替的な関係、つまり片方が増えれば片方が減るという関係が想定されていることが多いわけです。また、最近メディアなどで「将来消えてなくなる職業は何か」というトピックが取り上げられていますが、コンピュータやAI(人工知能)ロボットといった資本に属するものが労働に取って代わる可能性も指摘されています。もし、そうであるとすると、移民と海外直接投資の流入は、同時に起こらないことになります。

この研究の独自性についていいますと、政策的に意味のありそうな点として、いろんな作用が働いていることに注目した点です。具体的には、移民のストックとフローを区別しました。既存の研究で「移民が多くいる国は、その移民の出身国からの海外直接投資が多い」といった場合の「移民」はストックのデータを使ったものです。一方、この研究のように、フローのデータで見ると、移民の流入が増えると海外直接投資の流入が減る。つまり、人とお金の動きは代替的であるという結果が出ています。この面は、従来の研究に新しい視点を加えたものといえると思います。

――計量分析の前提となるデータの作成、モデルの構築、方法論の選択に当たってのポイントは何でしょうか。また、工夫された点、苦労した点がありましたら紹介してください。

苦労はたくさんありました(笑)。ポイントをまとめてみますと、現実の政策効果を念頭に置いて、フローとストックの区別をしたことです。特に、フローについては、グロスの流入を見るのではなく、流出も含めたネットで考えました。というのも、高齢化社会への対応の中では、結果としてどのくらいのお金や人が入ってくるかが重要だと考えるからです。海外直接投資によって資本が日本国内に入ってきても、それと同額の資本が外に出てしまっては国内で利用できる資本の量は増えません。また、人についても同様のことが言えると思います。

もうひとつは、移民についての定義も特徴のひとつと考えています。欧米の方とこのテーマについて議論していると、「日本は移民が少ないのだから、日本ではなく欧米のデータを使って分析したほうが面白いのではないか」と言われます。

この論文で使用している移民の定義は、法務省の「長期滞在者」の定義、つまり日本国内に91日以上滞在する外国人に準じています。移民を「永住者」には限定しておらず、永住者より短い滞在期間の外国人のデータを使用しているのですが、それでも既存の研究で指摘されているような移民と海外直接投資の補完性がみられました。永住者の受け入れというハードルの高いやり方ではなく、長期滞在者という形でも人的な国際交流が進めば、海外直接投資の流入も増えると解釈されます。これは従来あまり触れられていなかった点だと思います。また、こうしたアプローチはHビザ(就労ビザ)を持つ外国人の影響を考察している最近の移民研究──それらは必ずしも移民と海外直接投資の関係を研究しているのではないのですが──とも、奇しくも方向性が一致しています。

苦労したのはフローとストックを区別して議論するアイデアがなかなか浮かんでこなかったことです。最初のモデルでは、移民と海外直接投資について既存の実証モデルの延長で考察していたのですが、いまひとつしっくり来ませんでした。アイデアが浮かんだときの感触は覚えているのですが、そのときのシチュエーションについてはなぜかよく思い出せませんね。

――モデルには移民と海外直接投資以外に、いくつかの説明変数が入っています。移民と海外直接投資の関係を考察する上で、それ以外の要因についてはどのように扱われていますか?

モデルについて試行錯誤はありましたが、GDPや日本と相手国の距離、直接投資に関連する所得税率や腐敗指数など、この問題を分析するに当たっては使うものとしては、きわめて妥当なものが入っていると考えています。

――分析の結果についてですが、移民と海外直接投資の関係について、何が明らかになったか、要点をご紹介ください。

この論文のハイライトは図2に示してあります。先ほど言ったように、①移民の数と海外直接投資は相互に代替的、つまり移民の流入が増えると海外直接投資の流入は減少します。

図2:移民は海外直接投資を増やす
図2:移民は海外直接投資を増やす

ただし、ひと口に移民といっても、②単純労働移民と技能労働移民を分けて考えた場合には、結果が変わります。単純労働移民は海外直接投資と代替関係にある一方で、技能労働移民は海外直接投資と補完関係、つまり前者が増えると後者も増えるという関係にあることを示しています。

さらに、③日本における移民のストックである移民コミュニティの大きさと海外直接投資の関係は補完的、つまり移民コミュニティの規模が大きくなれば直接投資の流入も大きくなることを表しています

――技能労働移民と海外直接投資の関係を考察する中で、「企業内人事異動」について検討を加えています。その必要性は何でしょうか。

技能労働移民と海外直接投資の関係を見るときに、日本に直接投資を行った多国籍企業が、自国から人材を連れてきているといった場合は、特殊な関係性とみなさないといけません。ただ、実際のデータを見る限り「企業内人事異動」の影響は大きくなさそうですので、技能労働移民が海外直接投資と補完的であるという結論は、一般的に成立するということがいえると思います。

――移民のフローの増加が海外直接投資の減少を招き、移民のストックの増加が海外直接投資の増加を促すとすると、移民の流入で最初のうち直接投資は減っても、いずれ移民のコミュニティの拡大を通じて直接投資は増加に転じてくるというわけですね。

その通りです。移民コミュニティが直接投資に与える影響が、ある程度長い期間続くとすれば、移民の受け入れが海外直接投資の流入増加につながる可能性があるといえます。どのくらい移民が増えれば直接投資がどのくらい増減するかについての細かな数字については現在精査を続けているところですが、10年といったスパンで物事を考える必要があると思われます。

厳密に説明しますと2つの異なる力が働いています。第1に、海外直接投資と移民は代替します。モノをつくるには、人かお金かどちらかがあればよく、直感的には割安なほうを使うということで、両者は代替します。第2に、移民コミュニティが大きいほど海外直接投資も増えます。移民が多くいるところには、直接投資が流れ込むのです。これは移民の民族ネットワーク効果と呼ばれているもので、磁石のような働きをします。知らない土地でビジネスをするのは大変ですが、移民が2国間に横たわる情報の壁を解消し、ビジネスをやりやすくするというものです。長い目で見れば、後者の影響が前者の影響を上回る可能性を示しているわけです。

――移民と直接投資の関係について、2国間の関係だけでなく、周辺の国・地域とも関連づけて考察していますが、それはなぜでしょうか。またその結果についてご紹介ください。

既存の研究では、例えば、日本と中国といったように2国間について移民と直接投資の関係を見ています。ただ、中国の例でいうと、近隣の例えば韓国やフィリピンから日本への移民が、中国から日本への直接投資の流入に影響を与えているかもしれません。念のためこれを検証してみたのですが、結果はあまり関係が見られませんでした。

同様に、集積の可能性についても考えてみました。例えば台湾や香港からの対日投資の増大が、同じエリアに属する中国から日本への投資の拡大に影響を与えているかもしれないからです。結果を見ると、同じ地域からの直接投資が増えると、その地域にある別の国からも直接投資も増えていることが示されました。これを見ると、産業集積の議論と同じようなロジック、すなわち集積のメリットがこの場合にも働いている可能性があるのではないかと考えられます。

――移民と直接投資の関係に加え、貿易(輸入)を考慮に入れた分析をしています。その場合、移民、海外直接投資、輸入にはどんな関係が成り立つのでしょうか。

三者の関係は、図3に示してあります。分析によると、技能労働移民が増えると、相対的にいって輸入に比べ海外直接投資の重要性が増えるといえます。ただしあまりきれいな結果が出ているわけではなく、議論をもっと精緻化する必要があります。あえて大胆に解釈すると、技能労働移民の増加は、資本流入を通じて資本収支を黒字に向かわせる方向に働く可能性があります。

図3:二国間海外直接投資、貿易と移民の関係
図3:二国間海外直接投資、貿易と移民の関係

――上記の分析結果からどのような結論が得られたといえるでしょうか。また政策的にどのような含意を持つのでしょうか。

結論から言うと、移民全般の受け入れは、長い目で見ると、海外直接投資を促進する可能性があります。つまり、移民の受け入れの拡大と海外直接投資の促進という2つの政策は、高齢化社会に向けて懸念が強まっている労働力人口の減少や国内貯蓄の減少の問題に対処するための両輪として役立つ可能性があることになります。ただし、短期的に見ると、移民の流入は海外直接投資の流入を阻害する方向に働き、結果として経済成長を鈍らせる要因になる恐れもあります。ここで重要なのは先ほど述べたように、どのくらい長いスパンで見るかがポイントになりそうです。

ただ、技能労働移民に限っていえば、短期的にも海外直接投資の流入を促進するため、高度人材ポイント制度のような形で外国人を受け入れることは、2つの政策の間に正の相互作用が働くという意味で望ましいと考えられます。

最後に付け加えたいのは、「移民」というのはセンシティブなテーマで、個人的には移民を推奨も否定もしているわけではありません。移民の受け入れには様々な側面があり、このDPは移民と海外直接投資の関係に焦点を当てて分析したものに過ぎません。

――この論文の発展形としてどのような研究・分析が考えられるでしょうか。

実証分析の結果に基づいて、整合的な理論を構築する必要があると感じています。考慮すべきものとして国際貿易はもとより、他分野に属する新経済地理学(New Economic Geography)や新しい成長理論モデル(New Growth Model)の議論が参考になると思います。また、そうした理論モデルに関して、エージェント・ベース・モデル(Agent- based model)を使って、国際的な生産要素の移動(移民や海外直接投資)が、時間とともに、どのような経路をたどって動いていくかを考察したいと思っています。

こうした考察を行うことにより、どの程度の長い期間でみれば、移民コミュニティによる直接投資への正の効果が、移民流入による直接投資への負の効果を相殺するか、についてもよりきちんとした議論ができるようになると思っています。

解説者紹介

1991年早稲田大学政治経済学部卒業。2002年ジョンズ・ホプキンス大学大学院 経済学博士号 (Ph.D.) 取得。2002年 - 2006年ニューヨーク市立大学クイーンズ校経済学部。2007年 - 2008年ピッツバーグ大学大学院 公共 - 国際政策 (GSPIA)。2008年 - 2009年 UCLA経営大学院アンダーソン・フォーキャスト研究所。2011年 - 青山学院大学国際政治経済学部教授。
主な著作物:『国際経済学へのいざない第2版』日本評論社, 2014
"Did FIN48 Increase Companies' Tax Payments?: Trade-off between Disclosure and Tax Burdens," Applied Economics 44(32), 2012