Research Digest (DPワンポイント解説)

貨物輸送業における時間価値の計測

解説者 小西 葉子 (上席研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0092
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サービス産業の分析は、データ制約や産業構造が多種多様であることから、一筋縄ではいかないがその重要性は高まっている。小西葉子シニアフェローらの研究グループは、サービス産業のうち、貨物輸送業に焦点を当て、ガソリン代、高速道路の通行料、ドライバーの賃金などの金銭的な輸送費用に加え、輸送にかかる時間費用の分析に取り組んだ。先行研究では供給側のデータが用いられるが、今回は需要側である荷主のデータを使用して、貨物輸送の時間価値の新しい計測方法を提案した。近年、高速道路の老朽化に伴い、改修の必要性が議論されているが、この手法により道路整備や新設の社会的便益が計算でき、定量評価に基づく客観的な議論が可能となる。

――どのような問題意識から、この論文を執筆されたのでしょうか。

これまで、経済変動を需要要因と供給要因に分解することを目的としたプロジェクトで生産性を計測してきました。経済理論では、生産性は企業や事業所の技術力を表すので、供給側の議論になります。しかし実際にデータを使って計測する際には、データを通じで需要や一時的あるいは予測不能なショックの影響が含まれます。それらを取り除いてより純粋な生産性を取り出せるよう研究をしています。

こうした生産性とそのほかの要因を分解するのが特に難しいのは、提供(生産)と消費が同時に起こるサービス産業です。サービス産業の中でも製造業と類似した生産構造を持つ場合は従来の手法を応用することができます。たとえばレストランは、最後の接客部分を除けば、材料の調達、調理(生産)、作り置き(在庫)、ウェイターへの引渡し(出荷)と考えられ、非常に製造業に似ていると考えられます。製造業の手法をそのまま使えそうな気もします。ただ、サービス産業に特化した生産性の指標が存在しないこともあり、どのような形で生産性を計測するかは、サービス産業の業種ごとに1つずつ検証する必要があると考えています。

サービス産業の業種は非常に多種多様ですが、私たちはまず対個人サービスに注目しました。最終的には、私たちの生活に身近な小売業に関するモデルの構築を目指しています。今回、輸送業を取り上げるのは、小売業の生産性を考えるうえでも、商品仕入れの一環である物流の生産性は欠かせない重要なポイントだからです。また、輸送サービスは、消費者と生産者を結ぶという役割を担っているのも注目点です。

――サービス産業の生産性の計測は難しそうですね。

サービス産業の生産性について研究をするには、各業種の付加価値の源泉が何かを定義したうえで、生産構造のモデリングを行い、豊富なマイクロデータにより検証していく必要があります。この論文では、マイクロデータを使って、貨物輸送業の分析に取り組みましたが、輸送サービスの構造を把握するのはかなり大変です。

共著者4人で集まって「物を運ぶということ」について随分議論しました。共著者の文先生は交通経済学の第一人者ですが、私は素人で、交通法をはじめ、ETC(電子料金収受システム)の割引の仕方など基本的なことから勉強しました。そのうち、貨物の積載量がトラックの走りやすさに与える影響など、トラックの大きさや形状にも興味がわいてきて、道路を見るとついついトラックの最大積載量表示や何軸駆動なのかを見てしまいます。いつかトラックメーカーの工場見学に行きたいです。

サービス産業の生産構造を知るためには時間の投入が重要ポイント

――サービス産業にはどんな特徴があるのでしょうか。

貨物輸送業で考えてみましょう。輸送時間が短くなれば、ガソリン代やドライバーの賃金などの輸送会社のコストが下がります。その結果、製造業や農業などの荷主にとっては、より早く生産物を市場に届けられることや、運賃低下による便益上昇が期待できます。同様に、消費者からみれば、遠方で作られた生鮮食料品が、より新鮮なうちに配送可能になり消費の可能性が拡大します。このように考えると、「時間」は輸送サービスにとって、非常に重要な要素といえます。

別の例として美容業をとりあげてみましょう。私は共著者の西山先生と2010年に美容業の生産性計測について" Productivity of Service Providers: Microeconometric Measurement in the Case of Hair Saons " というDPにまとめました(RIETI DP 10-E-051)。美容師は勤務する店に見合った技術やサービスの質の水準を満たしているとし、技術が高い美容師はある一定水準のヘアカットを早く提供でき、低い美容師は時間がかかると考えます。また仕上りをよくするために時間をかけ過ぎると、顧客の満足度は下がると仮定します。つまりヘアカットなどの技術が向上すると所要時間は短くなり、結果として単位時間あたりのサービスの質が高くなるので顧客の満足度は高くなります。また、美容師は生産性が上昇するので店の売上げが上がります。この論文を書いたときに、文先生がこの「時間」に関する考え方は、輸送業と通じるものがあることを指摘してくださって本研究がスタートしました。

――サービス産業では時間の投入が重要になるのですね。

すべてのサービス産業に共通というわけではありませんが、提供されるサービスの技術と顧客の満足度に「時間」が深く関わっているような業種では重要な要素となります。輸送業は、輸送時間短縮と技術進歩が非常に密接に関わっています。本論文では、輸送にかかる費用は金銭的費用と時間費用で表されると考えます。そのうえで輸送サービスに関する時間価値を計測することを目的とします。

金銭的費用はガソリン代や運転手の人件費などですからわかりやすいでしょうが、時間費用は聞き慣れないかもしれません。時間費用は、輸送時間の短縮が何円分のコスト削減に相当するかを金銭換算して得た時間価値に、輸送時間を掛けて算出されます。

整理すると以下のように表せます。

輸送費用=金銭的費用+時間費用
時間費用=時間価値×輸送時間

トラック輸送は平均速度にばらつき 配送時間は24時間以内に集中

――トラック輸送の実態について概観して下さい。

図1はトラック輸送の平均速度を示したものです。これを見ると、速度にはかなりばらつきがあることがわかります。このように平均速度にばらつきがあるのは、道路事情やトラックの性能、運転者の技量という要素だけでは説明できません。輸送会社が到着時間の調整を行っていること、つまり荷主の配送時間に関する要望がばらついていることを示唆します。

図1:平均輸送速度の分布
図1:平均輸送速度の分布

次に、輸送時間と距離の関係を見てみましょう(図2)。たとえば500kmの距離を輸送する際にも、輸送にかかる時間は大きくばらついているのがわかります。また距離の長短にかかわらず、24時間近辺に集中しているのがわかります。輸送時間が1日を超えるかどうかが、輸送の際には大きなポイントとなっています。

平均速度や輸送時間のばらつきは、輸送会社が荷主の要望に沿いながら効率的な輸送を行うために、運行上のさまざまな調整や工夫をしていることが背景にあると考えられます。

図2:輸送時間と距離
図2:輸送時間と距離

――この論文では、どのような点に焦点を当てて分析をしていますか。

この論文の特徴は3点あります。まず1点目は、貨物輸送を分析対象にしている点です。時間価値計測に関する先行研究では旅客輸送を対象にしたものが多く、データの制約や構造の複雑さから貨物輸送を対象にしたケースは少ないです。貨物輸送は、1つの貨物といっても、大きさや重さはまちまちで、貨物の内容も千差万別です。料金体系も、重さや輸送距離などによって異なります。日本の貨物輸送の9割以上はトラックによるものなので、本論文ではトラック輸送を分析対象としました。

2 点目は、輸送企業のデータではなく、荷主を対象としたマイクロデータを使用していることです。

――どんなマイクロデータを使ったのでしょうか。

先行研究では、貨物輸送サービスの時間価値の計測方法として「要素費用法」と「支払い意思額法」の2つの手法がよく使われます。前者は時間短縮がどれくらい輸送企業の費用削減につながったかを金銭換算し、後者は輸送企業が高速道路などを利用して時間を節約する際に、いくらであれば使用料金を支払うのかに基づきます。しかし本来、貨物輸送の時間価値は、荷主(需要サイド)が発注する際の時間指定の有無、高速道路利用料の支払いの有無を通じて、運賃に反映されていると考えるのが自然です。

そこで本論文では、輸送企業(供給側)ではなく、荷主(需要側)のデータを利用しました。具体的には国土交通省の全国貨物純流動調査(物流センサス)の個票データに着目しました。これは製造業や卸売業の事業所、つまり荷主に対する調査です。2005年の指定された3日間の個々の出荷について、市町村レベルの発着地、貨物重量、輸送時間、高速道路の使用の有無、時間指定の有無などが利用できます。また、トラック輸送を対象としたので、陸続きでない北海道、沖縄、島嶼部は対象地域から外しています。研究には、荷主が1車を貸切っている配送で、時間指定をしている4万2823件、時間指定がない5130件を使用しました。

最後に3点目の特徴ですが、図1、図2に見られる平均速度や輸送時間のばらつきに注目しました。輸送時間を短縮するには、トラックそのものの機能改善や燃費性能の向上といった技術進歩や、高速道路の拡充や保守点検などインフラの整備などが貢献します。しかし、トラックが走っている以外の時間にも、輸送会社の努力があることも見逃せません。たとえば、積み下ろしをスムーズに行うスキルの蓄積や人員配置、休憩など輸送にかかわる細かな工夫の積み重ねです。これらは輸送の生産性や効率性の向上に貢献すると考えられます。そこで時間費用を考える際に、時間短縮に貢献するトラックの性能向上と輸送企業の努力をそれぞれ明示的にモデルに含みました。

貨物輸送市場についてのモデル構築 短時間配送ほど高運賃の設定

――具体的な分析の手法についてお話し下さい。

本論文では、貨物輸送市場の分析を行います。需要サイドは荷主で、供給サイドは輸送会社となります。荷主は輸送時間が短いほうが望ましいと考えていて、運賃+時間費用の合計を最小化するような輸送会社を選ぼうとします。

一方、輸送会社は運賃収入から、ドライバーの人件費、トラックのレンタル料やガソリン代、高速道路の使用料などのコストを差し引いた利潤を最大化することを目指します。そして、需給が均衡している状態で運賃が決定されると考えます。本論文では、運賃関数を特定化する際に、高速道路利用と輸送時間を内生変数としました。高速道路の利用に関し、輸送会社が状況に応じて利用の有無を判断し、これが輸送時間に影響を与えます。なので、高速道路利用関数、輸送時間関数、運賃関数を推定してそこから輸送サービスの時間価値を求めました。

――分析の結果はどうなりましたか。

今回の手法を使えば、距離と貨物の重量のさまざまな組み合わせについて、時間価値を計測することができます。サンプルの平均的な組み合わせである重量4トン、距離200kmの貨物輸送について、時間価値を計測した結果、時間指定ありの場合1232円、時間指定のない場合1966円という結果を得ました。この値は、輸送時間が1時間短縮されることに対して、荷主が余計に支払ってもいいと考える金額です。

貨物輸送用に開発した手法は他の社会資本の分析にも応用可能

――この論文から得られる政策的インプリケーションは何でしょうか。

高速道路整備により時間短縮がなされた場合の社会的便益を計算しました。便益は次の式により計算されます。

便益=(高速道路なしの場合の運賃+時間費用)-(高速道路有の場合の運賃+時間費用)+高速道路料金

なお高速道路有の場合の運賃には高速道路料金の支払いが含まれています。社会全体でみれば、高速料金の支払いと受け取りは相殺すべきなので、受け取り分を最後の項に加えています。

新規に高速道路を建設した場合に得られる荷主の便益(運賃+時間費用の減少:[B])が図3の第3列に示されていますが、これに高速料金を足したものが、社会的便益となります(図3の第4列:[A+B])。社会的便益は、重量が一定だと距離が長いほど、距離を固定すると貨物の重量が大きいほど、高くなることを示しています。平均的なケースである重量4トン、距離200kmの場合の社会的便益は3133円となり、前述の輸送企業のデータを用いた社会的便益(3088円、2084円)に比べて高くなっています。また高速道路の建設が交通渋滞の緩和につながるという点を加味すれば、高速道路建設による社会的便益はさらに高くなると考えられます。

図3:新規の高速道路建設の社会的便益の計測(配達に時間指定がある場合)
重量(トン) 距離(km) (A)高速料金(円) (B)運賃+時間費用の合計額(円) (A)+(B)高速道路建設による社会的便益(円)
2 100 1008.9 636.4 1645.3
200 1857.3 989.1 2846.4
400 3808.5 1469.9 5278.4
800 8966.2 2233.9 11200.1
4 100 1181.8 626.8 1808.7
200 2167.9 965.5 3133.4
400 4411.9 1416.3 5828.3
800 10298.9 2119.5 12418.3
6 100 1533.4 703.4 2236.8
200 2747.6 987.4 3735.0
400 5369.4 1309.4 6678.8
800 11860.0 1683.9 13544.0
8 100 1540.4 706.9 2247.3
200 2772.3 794.4 3566.7
400 5458.4 1792.3 7250.7
800 12191.3 4307.4 16498.6
16 100 1555.3 1503.6 3058.8
200 2823.9 3313.0 6136.9
400 5644.8 7588.5 13233.4
800 12876.0 18625.2 31501.2

最近、高速道路の老朽化に伴って改修の必要性が議論されていますが、高速道路など社会資本の重要性や資金投下の必要性を客観的に議論するのは難しいものです。今回開発した手法を応用すれば、高速道路の新設などによって生じる社会的便益を計測することができるようになり、客観的な議論の積み重ねにつながると思います。

今後の研究課題は何でしょうか。

より現実に近い分析を行っていきたいと思います。現時点では地域データとして、都道府県レベルで輸送企業の競争の度合、人口の規模、2地点間の物流量などを考慮しています。しかし、同じ300kmの移動でも東京~名古屋間と、九州全土での300kmでは運賃や時間価値は異なると考えられます。今後はより詳細な位置情報、空間情報が利用可能な分析モデルや統計モデルを作っていきたいです。また今回は単純化のために1車貸切りを対象としました。実際は混載のケースも多いので、より複雑ですがチャレンジしたいです。

将来的には物流に続いて、小売業を分析対象として取り上げたいと考えています。小売業の分析でも、小売店からの供給側のデータに頼るのではなく、需要側、つまり消費者からの情報に基づく分析が求められます。その意味で、今回手がけた貨物輸送業の分析は、小売業の分析に向けた重要なステップとして位置づけられます。

解説者紹介

2008年経済産業研究所研究員、2009年日本学術振興会海外特別研究員、研究従事機関:Yale大学 Cowles Foundation、2013年京都大学経済研究所客員准教授、2013年統計委員会専門委員等を経て、2014年より経済産業研究所上席研究員。主な著作物:"A Note on the Identification of Demand and Supply Shocks in Production: Decomposition of TFP," RIETI Discussion Paper, 13-E-099, 2013年, ( 西山慶彦氏との共著). "Decomposition of Supply and Demand Shocks in the Production Function using the Current Survey of Production," RIETI Discussion Paper, 13-E-003, 2013年, (西山慶彦氏との共著).