Research Digest (DPワンポイント解説)

多国籍企業の海外生産拡大が国内供給企業の雇用に与える影響:企業レベルの取引関係データに基づく新しい実証研究

解説者 伊藤 恵子 (専修大学)/田中 鮎夢 (リサーチアソシエイト)
発行日/NO. Research Digest No.0091
ダウンロード/関連リンク

日本などの先進国では、自国企業の海外進出は国内の雇用にマイナスの影響を及ぼすとのイメージが強い。しかし、同一企業内の海外事業と国内雇用の関係に関する既存研究の多くは、多国籍企業の海外での生産増が必ずしも国内雇用の大幅減に結び付かないことを示している。今回、伊藤氏と田中氏は、そこからさらに踏み込んで取引先の企業が海外で生産を増やすと、その企業と日本で取引関係のあるサプライヤーの雇用にどんな影響が及ぶのか実証分析した。分析の結果、取引先が海外生産を増やすと、驚くべきことに日本国内のサプライヤーの雇用にプラスの影響を与えることが明らかになった。両氏は多国籍企業との取引関係を日本国内で維持・構築することがサプライヤーにとって重要であり、政府はそれを政策的に後押しすべきだと指摘している。

中小サプライヤーへの影響に焦点

――まず、この研究に取り組んだ経緯、問題意識について説明してください。

伊藤: 自国企業が海外に進出すると、国内で雇用が失われるとの議論は、1980年代頃から本格的に始まりました。特に、日本を含む先進国においては、マスコミなどが企業の海外進出と国内雇用の縮小を関連付けて報じている影響もあってか、自国企業の海外進出が国内雇用にマイナスの影響を及ぼすとのイメージが一般に根強いのが実態です。一方、1990年代以降、日本企業の本社と海外現地法人のデータを接続し、同一企業内の海外事業と国内雇用の関係を分析するといった研究が増えました。そうした研究の多くは、多国籍企業が海外で生産を増やしても、本国での雇用は必ずしも減らない、あるいはマイナスの効果があっても大きくはないという結果を得ています。このように多国籍企業の海外事業がその企業の国内雇用に与える影響についての分析は行われてきましたが、国内の他企業の雇用に及ぼす影響について企業間関係を明確に考慮して分析した例はなく、実証分析が求められていました。このため私たちは、企業間の取引関係を示す詳細なデータを活用し、多国籍企業の海外事業と、その企業に日本で製品を納めているサプライヤーの雇用の関係を解明しようと試みました。

田中: 多国籍企業の海外展開と雇用に関して、私もこれまで色々な角度から研究を行ってきていますが、今回伊藤先生からご提案いただいた切り口で取り組んだことはなかったので、非常に興味深く受け止めました。日本には多国籍企業とそれ以外の企業があるわけですが、数のうえでは後者、つまり海外に展開できない中小企業が圧倒的に多いのです。私は従来、規模の比較的大きい多国籍企業を主要な研究対象としてきましたが、それは研究対象として少し偏りがあったのかもしれないという自戒の念も多少あって、中小企業のサプライヤーを主要な対象とする本研究に参加致しました。

3つのデータベースを接合

――本研究で用いたデータの概要、特徴について教えてください。

伊藤: 経済産業省の「企業活動基本調査」と「海外事業活動基本調査」、さらに帝国データバンク社の「COSMOS 2」という3つのデータベースを使いました。これらを接続し、データセットを構築したのです。対象期間は1998―2007年です。具体的にはまず、2つの「基本調査」から、同一企業の、売上高や従業員数など国内と海外の経営情報を結び付けました。さらに企業間の取引関係が明記されている「COSMOS 2」を基に、海外に事業を展開している企業(多国籍企業)に日本で製品を納めているサプライヤーを特定しました(図1)。本研究の分析対象は、これらのサプライヤーです。ただ、多国籍企業へ製品を納入していても、そのサプライヤー自身が海外に展開している場合は対象外とし、あくまでも純粋に国内のみで事業を行っている企業を選びました。以上の作業を経て、サプライヤーの取引先である多国籍企業の海外事業の状況、具体的には海外で生産しているのか、また生産を増やしているのか、減らしているのかがわかるようになります。これら複数のデータベースを接続してデータセットを作成するにあたっては、RIETIの研究リソースとして企業コードの対応表が作られていましたので、ずいぶんと助けになりましたが、それでも夏休みをほとんど使ってしまうような大作業でした。

図1:使用したデータの概要
図1:使用したデータの概要

田中: 気が滅入りそうなこともありました。データベースを接合するにはコンピューターのプログラム処理が必要です。私は、その一部分を担当しただけですが、それでもプログラムの量は膨大なものとなりました。「企業活動基本調査」を分析に使う研究者は多く、私もその1人です。実はこのデータベースだけでも、一晩かかっても処理が終わらないことがあります。今回は3つのデータベースが相手なので、大変なのは言わずもがなです。実際、丸2日費やしても処理できないこともあったぐらいです。多国籍企業の本社と海外拠点、さらに本社に製品を納めているサプライヤーの情報を結び付けたうえで、欠損値を丹念に埋めながらデータセットを築き上げていくのですが、どこか1つの数値に不具合を見つける度にデータセット全体を一旦ばらし、数値を修正したうえで結合し直すという作業の繰り返しでした。これでかなり疲弊しました。

伊藤: 試行錯誤の連続でした。田中さんが作業工程のフローチャートを作ってくれました。あれがなければ、頭の中が混乱していたと思います。困難なプロセスを経て、私たちは、各年4000―5000社のサンプルの中から、多国籍企業と取引関係を持つ企業を、各年2000―3000社特定することができました。先ほど申し上げたように、これらの企業は、自らは「多国籍化」していないサプライヤーのみを集めたものです。従業員数は平均170―200人であり、中小規模の企業群といえるでしょう。

取引先の海外生産は悪影響及ぼさず

――実証分析の結果によって得られた「驚くべき結果」について説明してください。

伊藤: 日本では製造業の事業所数も雇用者数も減り続けています。その要因として、企業が海外生産を拡大し、雇用が海外に流出しているからだとよく指摘されます。海外生産は国内雇用にマイナスの影響を及ぼすとのイメージが強いわけですが、本研究では真逆の結果が出ました。つまり企業が海外で生産を増やすと、国内のサプライヤーの雇用にプラスの影響を及ぼすことが分かったのです(図2)。産業構造の変化は、どの国でも観察されます。先進国についていえば、欧米でも製造業の雇用は減り続けています。しかし、繰り返しになりますが、日本企業を対象とする私たちの研究によれば、多国籍企業に製品を納めている中小企業の雇用が、取引先が海外生産を増やしたことによって減るという結果は得られませんでした。むしろ、増えるという結果が導き出されました。今回の研究では分析結果の頑健性をさまざまな手法でチェックしましたが、マイナスで有意となるケースはなく、プラスで有意になったものがいくつか見られました。

図2:実証結果の概要
図2:実証結果の概要

田中: 「驚くべき」という表現を使ったのは、よくマスコミで喧伝されるような、海外生産=雇用縮小というステレオタイプのイメージとは異なったからです。ただし、本研究は企業経営を取り巻くさまざまな要因の中から、取引先の海外生産、いわば「グローバル化の進展」を示す要因を抽出し、その影響を純粋に計量分析したものです。そして統計的に有意なプラスの結果が検出されたわけですが、あくまでも回帰分析の結果です。多国籍企業を取引先に持つサプライヤーの国内従業員数が実際に増えているといっているわけではありません。

また、オフィスで働いている人と、工場で働いている人を比べると、前者のほうがプラスの効果を受けやすいことがわかりました。つまり、取引先の多国籍企業が海外生産を増やすと、サプライヤーのホワイトカラーの雇用が伸びるという有意な結果が得られたのです。工場のワーカーについては有意にプラスの結果が検出されませんでしたが、マイナスで有意な結果にもなっていません。

――なぜ、オフィス部門の雇用が押し上げられるのでしょうか。

伊藤: 残念ながら、本研究の分析結果だけでは、明確な答えは得られません。ただ、海外で生産を拡大している企業と取引関係を持つサプライヤーは、営業や市場調査、研究開発などの面で経営努力を重ねているのではないかと推測されます。つまり、多国籍企業との取引関係を維持するため、自らの生産品目をアップグレードしたり、新しい事業分野に参入したりして、自らの基盤を強化しているのです。だから本社機能部門に携わるホワイトカラーの人数が増えているとも解釈できます。多国籍企業との取引を続けるためには、サプライヤー側の不断の努力が求められることが示唆されます。そうした努力によって、たとえば、その会社でしか作れない製品を持つことができれば、取引先が海外シフトを強めても関係は断ち切られず、工場のワーカーも減らない可能性があります。

アジアでの生産拡大も悪影響なし

――取引先が生産を増やす地域による差異はありますか。

田中: 注目すべき結果の1つが、取引先企業がアジアで生産を増やしても、サプライヤーの国内雇用に悪影響は及ぼさないという点です。アジアは「世界の工場」といわれる地域です。一般にアジアで工場を開く、あるいは生産を増やすというと、日本の下請けとの関係を縮小する、場合によっては解消するといった状況を想像しがちです。しかし、本研究ではそうした関係は確認できませんでした。具体的には、アジア以外で生産を増やすとサプライヤーの国内雇用にプラスの有意な影響が検出され、アジアで増やす場合も少なくともマイナスで有意な結果は得られませんでした。

この結果の解釈について明言はできませんが、恐らくアジアが「生産拠点」に加え「市場」としての面も強めている状況を映していると考えています。本研究は2000年代後半までのデータを使ったものです。この間、日本企業のアジア展開は生産拠点の構築だけでなく、市場の開拓にも力点が置かれるようになりました。ひと昔前なら中国で生産を始めると同時に日本の下請けを切り、日本に自社製品を逆輸入する場合が多かったのですが、最近は中国で生産して日本に逆輸入するとともに中国でも売ることが増えています。その場合、(日本市場だけを相手にするよりも生産量を拡大するなどの理由から)日本のサプライヤーからも部品などの供給を増やしてもらう必要が出てくるかもしれない。本研究ではそこまで分析できていないのですが、そんな状況も想像されます。

零細企業への影響は判断できず

――分析結果を理解するうえで注意する点はありますか。

伊藤: データベースの1つである「企業活動基本調査」の対象は、資本金3000万円以上、従業員50人以上の企業なので、本研究はこれより規模の小さい企業を考慮していません。このような零細企業には多国籍企業と直接的な取引関係を持たない2次以下のサプライヤーも多いと思われます。本研究の分析対象である1次サプライヤーの場合、日本でしか作れない部品を手掛けるなど、ある程度の体力を備えているところが多いと思われます。しかし、その下に位置する2次、3次の、いわゆる零細サプライヤーは、取引先の海外生産拡大によって、現地サプライヤーに代替されるなどネガティブな影響を被っている可能性がありますが、本研究だけからはうかがい知ることはできません。この点は今後の課題ですが、零細企業を十分にカバーするデータベースは少なく、詳細な分析は難しいのが実情です。日本でしか作れない製品を手掛けるサプライヤーだけを分析対象とするのも興味深い試みですが、そのような製品をどう定義するのかが難しいところです。一方、本研究では基本的に、多国籍企業との取引関係が続いているサプライヤーを対象としました。ただ、分析対象の期間中に取引関係が消滅したサプライヤーもいるはずなので、そうした企業の存在をより厳密に考慮しながら分析を行う必要もあるかもしれません。

多国籍企業との取引関係が大事

――この研究からどのような政策的含意が得られますか。企業には何が求められるでしょう。

田中: 日本政府は自国企業の海外進出支援を重視してきました。しかし、海外に出て行けないような中小企業にとっては、海外事業を展開する企業と結び付くことが大事です。多国籍企業との取引関係を日本国内で構築できるような環境を整備する政策が望まれます。

伊藤: 日本の中小企業政策は、既存事業の存続を支援することを重視してきた印象があります。しかし、今後は新しい取引先や事業を開拓するという、よりポジティブな面を支援する方向に変えるべきです。それによって中小企業が経営力を高めることができれば、海外事業に意欲的な企業との取引関係の構築にも役立つはずです。たとえば、トップが高齢化している中小企業が、幹部候補の有能な人材を外部から獲得できるように何らかの支援策を講じるといったことが必要です。また、中小企業自身にはトップを外部から積極的に登用するなど変革への姿勢が求められるでしょう。日本企業は一般的にM&Aに心理的な抵抗感がありますが、新たな分野や取引先を開拓する際に、中小企業もM&Aを積極的に検討すべきではないかとも思います。

――今後の研究方針についてお聞かせください。

伊藤: 最近は国内外でよく、企業経営に関連して「マッチング」の問題が研究されています。たとえば、どのような企業がどのような労働者を雇うのか、どのような企業がどのような企業と取引関係を持つのか、といった点が分析されています。後者についていえば、日本企業は安定した関係を望むため取引先をあまり変えないイメージがありますが、実際には変わってきています。同じ企業との取引関係が続いている場合でも、その関係の強さが変化している印象があります。どうしてそのようなことが起きるのか、構造的な仕組みを解明したいと考えています。

田中: 伊藤先生が仰った通り、「マッチング」というのは、とても重要な分析の視角です。この分野の研究を進めていくには、本研究で用いた「COSMOS 2」のようなデータベースが欠かせません。RIETIのような公的研究機関が貴重なデータベースを入手し、研究者に提供していることは大変ありがたいことです。私たちは今後も最大限活用し、研究活動を続けて行きたいと考えています。

解説者紹介

伊藤 恵子顔写真

伊藤 恵子

2002年財団法人国際東アジア研究センター上級研究員、2006年専修大学経済学部助教授、2007年専修大学経済学部准教授を経て、2012年専修大学経済学部教授。主な著作物:『生産性とイノベーションシステム』(藤田昌久・長岡貞男編著・日本評論社・2011年)第2章「政府統計ミクロ・データによる生産性分析」pp.47-107(松浦寿幸と共著)、"Global fixed capital investment by multinational firms," Economica, Vol. 80, Issue 318, pp. 274-299, 2013. (with R. Belderbos, K, Fukao, and W.Letterie)


2010年独立行政法人経済産業研究所(RIETI)研究員、2013年独立行政法人経済産業研究所リサーチアソシエイト、摂南大学経済学部講師。主な著作物:"Firm Productivity and the Number of FDI Destinations: Evidence from a Non-parametric Test," Economics Letters , Vol. 117, No.1, pp.1-3, 2012. "The Causal Effects of Exporting on Domestic Workers: A Firm-Level Analysis using Japanese Data," Japan and the World Economy, Vol. 28, pp.13-23.