Research Digest (DPワンポイント解説)

グローバルインバランス、東アジア通貨間乖離と国際協調の必要性―AMUによる分析等

解説者 小川 英治 (ファカルティフェロー)/清水 順子 (専修大学)
発行日/NO. Research Digest No.0066
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輸出や現地法人の設立など海外を舞台に活動している企業にとって、為替相場の変動が与える影響は極めて大きいが、為替変動について、マクロの視点のみならず、企業の立場からのミクロデータも加味した包括的な研究はそれほど多くない。本論文は、日本企業の決済通貨の選択というミクロの問題から、域内の為替協調というマクロのテーマまで、幅広い視覚から為替環境の安定化を探って来たRIETI「東アジアの金融協力と最適為替バスケットの研究」プロジェクトにおける6年間の研究成果の集大成である。

小川FF、清水准教授は、安定化の軸になる通貨バスケットに関する多角的な研究結果を踏まえ、バスケット通貨を活用してアジア域内の為替環境に関する監視システムを構築することが、アジアの国々や企業にとってプラスになると強調する。

企業ミクロの視点やマクロの観点など幅広い視点から為替環境を分析

――まず、今回の論文の位置づけと特徴について簡単に御説明いただけますか。

小川:90年代末のアジア通貨危機以降、学会や政策の場において通貨制度に関する議論が活発に行われています。こうした中、2004年に立ち上がったRIETI「東アジアの金融協力と最適為替バスケットの研究」プロジェクト(プロジェクトリーダー:伊藤隆敏FF(東京大学))では、将来的には共通通貨バスケットを長期的に望ましい選択肢と位置づけ、共通通貨バスケットに移行するまでに為替政策、そして、望ましい共通通貨バスケット制の形態を探るという、政策に直結する研究を行っています。また、本プロジェクトの一環として、2005年からASEAN+3(日中韓)の通貨バスケットであるアジア通貨単位(Asian MonetaryUnit, AMU)および構成通貨のAMUからの乖離を示すAMU乖離指標のデータを創設しました。2009年からはAMUに加えて、新たにアジア経済と深く関わりを持つ3カ国(オーストラリア、ニュージーランド、およびインド)を加えた16カ国で構成されるアジア通貨単位ワイド(AMU-wide)とASEAN+3(日中韓)財務大臣会議において合意された通貨スワップ協定であるチェンマイ・イニシアティブの貢献額の割合をバスケットウェイトに採用したAMU-cmimを創出し、その乖離指標と併せてRIETIのウェブサイトに公表、毎日データ更新を行っています。この指標を見ることにより、域内における各国の通貨が、互いにどれだけ乖離しているかを簡単に知ることができます。

清水:今回の論文の目的は、これまでの研究会での成果をまとめるとともに、AMUを用いたサーベイランス(相互監視)がアジア各国の域内金協力に資するだけでなく、国際的な活動をする日本企業にとってもプラスになるという政策提言を示すことです。論文全体では、AMUの他に、インボイス通貨の選択、為替相場のパススルー(pass-through)、東アジアにおける地域通貨協調、人民元問題を主要なテーマとして論じています。

私たちの研究の特徴の一つは、東アジアにおいて望ましい為替制度は何かというテーマに対して、オープンマクロ経済モデルを用いた分析から、実際の企業の活動現場ではどのようなことが必要と感じられているのかというミクロ的な視点を含めて、政策提言を導いたことです。この問題意識が特に生かされたのが、インボイス通貨(輸出入取引の契約と決済に用いられる通貨)の選択というテーマに関する実態調査です。

図表1:名目AMUの乖離指標の加重平均値

――バスケット通貨の利用と、インボイス通貨の選択を結び合わせて考えるという発想は面白いですね。

清水:バスケット通貨の有用性を探るという目的から日本企業のインボイス通貨の選択をリンクさせた研究はこれまでありません。日本企業の視点からバスケット通貨の将来性を検討する研究活動として、RIETIとしての独自性を打ち出せたと思います。為替相場の変動が貿易に与える影響については、2つの視点から考えてみました。まず、為替相場の変化が物価の変化にどの程度影響を与えているかというパススルーの議論です。もう1つは、企業が実際に為替管理や価格設定をどのように行って為替変動に対応しているのか、という視点です。

両方の視点に立った研究を進めることによって、日本企業にとって望ましい為替環境とは何なのかについて具体的なイメージを得ることができました。そこから、アジアにおける域内通貨協調政策がなぜ必要なのか、という私たちの研究テーマが浮き彫りにされます。どのようにアジアの域内通貨協調政策を進めるかについて議論する上では、アジアにおいて影響力の強い通貨の動向が焦点になります。それが人民元です。中国政府は2005年に為替政策を変更し、それまでのドルペッグ政策から通貨バスケットを参照とした管理フロート制度に移行したと宣言していますが、現実にはどうなっているのかをきちんと分析することが必要となります。

このように、一連の研究はすべて相互につながっています。それらを踏まえて、将来アジアにおけるAMUの政策利用を提案してみたいと考えています。

小川:アジア通貨危機で学んだ教訓は、各国通貨がドルに強く連動した為替体制になっていたのが問題だったということです。貿易相手国は多様なのに、決済は主にドルに連動していました。その結果、域内の為替のボラティリティーは大きくなり、不均衡が生じていたわけです。将来的な通貨危機のリスクを小さくするためには、通貨バスケットを参照しながら、変動する為替相場にうまく対応して、その影響をできるだけ小さく制御することが求められるのです。

インボイス通貨選択を例にあげましょう。企業の視点では、ドル建て、円建てなどさまざまな通貨による決済をどう扱うか、というインボイス通貨選択の問題に直面するわけですが、その背景には、為替レートが物価にどのような影響を与えているのかというパススルーの問題も勘案することが欠かせません。さらに、インボイス通貨の選択は、生産国通貨で考えるのか、消費国通貨で考えるのか、によってマクロ経済政策や金融政策などが異なってきます。従って、インボイス通貨選択を考える際にも、マクロ経済の視点からの議論も欠かせなくなり、ミクロとマクロの両方の視点が重要になってくるのです。このように、5つの主要テーマは、相互に深く関連しています。

――日本のインボイス通貨の選択には何か特徴がありますか。

清水:インボイス通貨選択については、一般的に「先進国間の貿易は輸出通貨建て」で、「先進国と途上国の間での貿易は先進国通貨建て」で取引される傾向があります。しかしながら、日本のインボイス通貨選択は、先進国への輸出の場合には相手国通貨建てを、アジア向け輸出においては自国通貨建てではなく、ドル建てが多用されており、先進国の中では特異なケースとされてきました。インボイス通貨に関する海外の先行研究は、これまで数多くありますが、その大部分は国ごとの包括的なデータを用いて分析したものです。最近では、カナダ、フィンランド、スウェーデン、オランダなどを対象としたアンケート調査を伴う研究も行われていますが、日本企業を対象としたものはあまりありません。なぜなら、公表されているのは国全体の包括的なデータのみであり、個別企業のデータは先進国においてもほとんど公表されていないからです。

小川:こうしたデータ上の制約を克服するため、私たちのプロジェクトでは、2007年秋から08年にかけて、自動車、電機、機械、電子部品の4業種に属する主要輸出企業23社の本社の財務担当者に対して、インボイス通貨選択状況と選択方針、さらに為替変動に伴う価格改定や為替リスク管理体制に関するインタビュー調査を行いました。

清水:企業の財務担当者から直接お話をうかがえる機会は多くありませんので、これは私たちにとってとても貴重な経験となりました。学務の合間を縫って、東京だけでなく、他府県に本社がある企業も訪問しました。また、海外の統括拠点でもインタビューに応じていただけたことも非常に有益でした。各インタビューについて、最低3人の研究者が参加できるように日程調整を行いましたが、複数の研究者が幅広い研究視点から共同でインタビューすることにより、多様な情報を収集することができたと考えています。

――アンケートも実施しておられますね。

清水:個別企業へのインタビューで確認した方向性を踏まえ、2009年秋に海外売上を計上している製造業の全上場企業920社を対象にアンケート調査を実施し、調査対象企業の約4分の1から回答を得ることができました。

日本企業のドル建て決済の多用は為替戦略に基づく合理的な判断

――調査結果からどのようなことがわかりましたか。

小川:日本企業のインボイス通貨の選択において円建てのシェアが低いのは、グローバルな生産・販売ネットワークを構築している輸出企業が、明確な為替戦略に基づいて下した合理的な判断の結果であることがわかりました。インボイス通貨を選ぶことは、企業の生産・販売構造や為替リスク管理体制、そして顧客企業との交渉を通じた価格設定行動と密接な関係を持っているのです。

清水:ですから、政策的にドル建てから円建てへと誘導しようとしても、企業の実際のインボイス通貨選択は必ずしもこうした政策と合致しないことになります。企業は利潤最大化に向けて合理的な行動をしているのですから、インボイス通貨選択は企業独自の工夫であるとの認識が必要です。円建てのシェアを上げることが重要なのではなく、むしろ、企業活動の現状を踏まえて、より効率的なビジネスが可能になるように市場環境を整えることが重要なのです。

しかし、アジアに生産拠点を展開する日本企業は、インボイス通貨をドルに統一することにより為替のエクスポージャーを削減する一方で、本社もアジアの現地法人もドル建てによる為替リスクに直面していることになります。その意味において、アジア域内の為替相場安定化に向けた環境づくりとしてAMUを用いたサーベイランスの重要性が認識されることを期待しています。

――インボイス通貨選択の議論は日本と同様に先進国への道を歩いている韓国、中国でも共通するものでしょうか。

小川:一般論としての回答になりますが、スタンフォード大のマッキノン教授は、アジアではドル本位制で、日本が中国と取引する際もドル建てであるのが特徴だと指摘しています。この点は、中国や韓国をはじめとしてアジア域内の貿易に共通しています。アジアでドル本位体制が根付いているなら、韓国企業にとっても中国企業にとっても、日本企業と同じ問題に直面することはありえます。

清水:アジアにおける決済でドル建てのシェアが高い理由の1つは、最終消費地が米国であることです。韓国や中国も同様で、日本とは輸出面で互いに競合していますから、尚更ドル建てを選択せざるを得ないわけです。

しかし、この状況は今後変わる可能性があります。これまでアジアでの域内貿易ではドル建てのシェアが極めて高かったのですが、リーマンショック以降、最終消費地が米国から中国をはじめとする成長著しいアジア諸国に徐々に移ってきています。このように最終消費地としてアジアの割合が高くなってくるのであれば、アジアの貿易建値通貨としてドル建てが本当に妥当かどうかについて議論されることになるでしょう。私たちの実証結果は、日本企業が中国に部品を輸出して加工した後、最終製品を対米輸出するという構図が変わるのであれば、インボイス通貨の選択が将来変わることも示唆しています。

――次に、為替相場のパススルーについて分析の結果をご説明ください。

清水:教科書的には為替が減価すると貿易収支が改善するのですが、その程度はパススルー、つまり、為替相場の変化が物価の変化にどの程度影響を与えるのか、によって異なります。例えば、為替レートの大幅な切り下げの影響が自国で生産する財へと波及した場合、言い換えると、為替レートの切り下げの影響が輸入物価だけでなく国内物価に対してもパススルーされると、貿易収支は改善するどころか悪化することも考えられます。アジア各国の対ドル名目為替相場はアジア通貨危機後に大幅に減価しましたが、パススルーについて見ると、インドネシアだけが為替相場の変動が消費者物価に大きく影響しことが実証されました。このようなインドネシアにおけるパススルー率の高さは、インドネシア中央銀行が危機に対して過度に拡張的な金融政策を行ったためであり、インドネシアは危機からの回復が遅くなってしまったのです。

為替協調に向けてAMUを使ったサーベイランスの実施を

――東アジアにおける地域通貨協調についてのご説明もお願いします。

小川:一言でいうと、現時点ではまだ、アジアでは為替協調ができていません。しかし、地域の為替変動のボラティリティーが上がり、不均衡が発生する中で、FTA(自由貿易協定)が増えているのですから、為替協調に向けた努力をしていかないといけません。では、どうやったらよいのか。私たちの提案は、AMUという指標データを提供し、それによってサーベイランスをしたらどうかというものです。このような目的の下にAMUの乖離指数はRIETIのウェブサイトで公開しています。

清水:AMUについては、先日もフランスの学生から質問があるなど、海外から多くの問い合わせがあります。ASEAN+3のリサーチグループ会議においても、現在、AMUやAMU乖離指標などの具体的なデータを用いた分析結果を示しながら、サーベイランス指標としての有用性を発表しています。

小川:中国の研究者にはAMUのことをよく知っている人が多いように感じますが、RIETIの中国語ウェブサイトを通じてAMUの情報を得ているのではないでしょうか。

図表2:ASEAN5+3諸国における共通通貨導入の可能性

――通貨協調は最適通貨圏に続く道なのでしょうか。

小川:域内協力が実現できるかどうかを考えることは、東アジア最適通貨圏の議論につながります。東アジア地域が最適通貨圏の条件を満たすには、域内貿易や直接投資の活発化などで長期的に地域経済統合の一層の進化が望まれます。たとえ、そこまで行かなくても、短期的にみて、急激な為替相場の変動に対し、域内各国が一致した協調政策を採れば、将来的な域内為替相場の安定化に役立つと思われます。

――域内協力を考える上で、要となる人民元問題については如何でしょうか。

清水:中国政府は2005年に、ドルペッグから通貨バスケット制に移行するという人民元改革を発表しました。しかし、その実態を調べると、人民元は依然としてドルに連動しています。現在の人民元相場は過大評価なのか、過小評価なのかという議論がありますが、為替相場の適正水準を測る一つの尺度として、均衡為替相場という考え方があります。私たちは、近年中国を中心にアジア域内貿易が著しく拡大しているという実体経済面の要因を重視し、最終財と中間財を分けて算出した購買力平価(PPP)として均衡為替相場を求めました。その結果、2000年を基準にすると、人民元は2008年に65%切り上がる必要があること、つまり08年の人民元相場の水準が大幅な過小評価である可能性があることが分かりました。

図表3:人民元の名目均衡為替相場

海外現法の為替リスク管理に関するアンケート調査も実施

――本論文の政策的な含意を一言でまとめてください。

小川:通貨バスケットを参照とした域内の為替協調政策による為替相場の安定化はアジア経済、日本経済、そして日本企業にとっても、最も重要ということです。そうした安定した環境が整えば、インボイス通貨についても最も合理的な選択ができることになります。

――最後に、今後の研究計画などについてお聞かせください。

清水:2009年に引き続き、昨夏に、海外現地法人に対するアンケートを実施しました。海外に生産拠点がある日本企業は増えていますが、海外現地法人にとってもインボイス通貨選択は重要な課題です。企業によっては、日本の本社が集中的に為替リスク管理を行っているケースもありますが、多くの現地法人は、個々に現地通貨の為替リスクに直面し、裁量的にリスク管理を行っているという結果が前回の本社企業に対するアンケートで得られています。そこで、今回は海外現地法人を直接の調査対象としています。

日本企業の海外現地法人が行っているインボイス通貨選択や価格設定、為替リスク管理の実態を解明することにより、世界中に広がる日本企業の視点から見て、望ましい為替相場や市場環境のあり方を考えたいと思っています。

解説者紹介

一橋大学商学部卒業、同大で商学博士号取得。1986-88年一橋大学商学部特別研究助手(ハーバード大学経済学部客員研究員)、カリフォルニア大学バークレイ校経済学部客員研究員、一橋大学商学部助教授などを経て1999年から現職(一橋大学)。2004年よりRIETI FF。主な著作は「国際通貨システムの安定性」(東洋経済新報社、1998)、「中国の台頭と東アジアの金融市場」(共編著、日本評論社、2006)、「東アジア通貨バスケットの経済分析」(共編著、東洋経済新報社、2007)など。


清水 順子顔写真

清水 順子

一橋大学経済学部卒業、同大商学研究科で商学博士号取得。一橋大学商学部助手、明海大学経済学部准教授を経て2008年から現職。主な著作は「東アジア通貨バスケットの経済分析」(共編著、東洋経済新報社、2007)など。